第54話:久々の下山

『ユウトや。気をつけて行くんじゃぞ』



うーん。エアブズがすごく不安そう。



「大丈夫だって。陰翳も紫苑もいるんだから」


『武器は扱えてこそ。頼るべきは己が腕だ』



それはそう。そうなんだけどーー



(ーー結局本気のカークスには手も足も出なかったしなぁ)



ずっと負けっぱなしアンド負け越し。まあいいけど。



「じゃあ行ってくるね」


『ああ、いつでも戻ってこい』


『歓迎するぞい!』



…なんだろう、これ。


ドロっとしてる熱…?



「うん、ありがとう」



よくわからない。


だけどちょっとだけ、降ってきた雪が溶けた気がした。







しばらく歩いた。


どこまで行っても雪、雪、雪。



(綺麗だけど…飽きたなぁ)



安全なのはいいけど、刺激が無くて正直暇。


音も単調だし、視界も単色だし、気温も一定。


レサルシオン王国の制服のままだけど、全く寒くない。エアブズの魔法のおかげだ。



(なーんかないかなぁ)



あくびが出た。暇すぎて。



あ、なんかの気配。



(誰かいる…?)



周りを見ても白一色。


敵意はないんだけど…なんかねっとりしてる。



「案内してくれるの?ハウウィエル」


『ええ!お任せあれ!』



雪が歪んだ。


ゆらゆら揺れて、人影が現れる。



(てきとーに言ったんだけど、合ってたのかなぁ)



姿を見せたのは、鱗を纏った執事だった。


青緑に輝く鱗は、丁寧に華麗に一礼をした。



背には緑が蟠を巻くトライデント。


先端は赤。持ち手には黒い宝石。


長さはショートスピアくらいなんだけど、なんでかもっと長く感じる。



『初めまして…でよろしいですかな?』


「えー、ずっと見てたくせに?」



エアブズに会うまでずっと感じてた視線。それと同じ雰囲気がする。



『流石でございます』



ハウウィエルは嬉しそうに笑った。その感覚は間違って無かったらしい。



『改めまして、自己紹介を』



小さく咳払いし、居住まいを正したハウウィエル。仰々しく片手を上げ、弧を描きながらお辞儀した。



『王の補佐をしております。ハウウィエルでございます』


「それ、貴族の女性を誘うときの礼じゃない?」


『大切な御人でありますから』



にこにこ笑うハウウィエルの手を取り、エスコートじゃなくて握手を交わした。



『では、ご案内致します』


「よろしく!」



二つに増えた足音を鳴らして、街を目指す。


気のせいか知らんけど速い。進みが速い。



「加護でも使ってるの?」


『よくお気づきで!


私奴わたくしめの魔法にございます。少々刻の方に干渉させて頂きました』



時間に干渉…だと…?



足元をみれば、跳ねた雪が落ちるのが遅い。


それが意味するのは、加速しているのが俺らだけということ。


つまり今の状況は…



「最強最速の時間加速!!このまま加速し続けたら過去に行ける!?」


『ええ、可能でございます』


「おお!!まじか!!」



ぶんぶん手を振り回してみれば、あの独特の二十四フレーム感が見えた気がした。



(まんまクロックアップじゃん!テンションあっがるぅ!)



残念ながら試し斬りする藁はないけど、まあそれはそれ。



『到着致しました』



気付けば門があった。いや速すぎでしょ。



『では私奴は姿を隠します故、ここで失礼致します』


「え?なんで?」



どうせ付いてくるんだし隠れる意味が…あ、そっか。



(今は人類対魔族の戦争中だったね)



「わかった。気をつけてね」


『ご心配なさらず。御用があるときは、いつでもお呼びください』



少し湿気が増えた。同時にハウウィエルの姿が消えた。


まあ、気配はそこにあるんだけど。



「さて、行きますか」



久々の人の街。特に思うことはないけど。




太陽の高さ的に、今はお昼頃。


相変わらず戦争中と思えない活気。



(人いっぱいるなぁ…平和だ…)



ぼけーっと歩いていたら、チャリンって音がした。お金が擦れるときのそれだ。



ポッケが膨らんでた。手を突っ込んだらジャラジャラ音がする。


試しに一個出してみたら、金色に光ってた。



(ええ…?)



ポケットいっぱいの金貨。大金にも程がある。


ハウウィエルの気配がする方を見れば、あったかーい雰囲気だけが返ってきた。



お金のことはさておき、まずは魔王城への行き方を調べよう。



(こういうのはギルドって相場が決まってるよね!)



そんなわけで早速ーー



「ユウトくん!!」


「ふげっ!」



く、苦しい…



「無事で良かった…本当に…」


「ヴァ、ヴァレン。一ヶ月ぶりかな?」



やばい…痛い…


でもここで抜け出すのはちょっと…



「心配したよ!どこに行ってたんだい…!?」


「ちょっと…う…」



朝ごはん出そう…



「怪我はしてないかい!?病気は!?」


(もう無理!脱出する!)



前後の空白を使ってスポンと脱出。隙があって良かった。



「ご、ごめんね。苦しかったね」


「だ、だいじょぶだいじょぶ」



喉まで来てた虹色も、なんとか引き下がってくれた。


代わりに人が集まってきたけど。



「いろいろ聞きたいことはあるけど…場所を変えよっか」


「はーい」



周囲を気まずそうに見るヴァレンに続いて、何処かに向かって出発した。




着いたのはまたもや高級宿屋だった。


看板には‘雪夜の灯籠’と書かれている。かっこいいね。



「今はここを拠点にしてるんだ」


「ほえー」



心無しかヴァレンの表情が暗い。なんかあったのかな?



ドアを潜れば心地良い耳触り。軽く厳かに響く鈴が、入店の知らせを響かせた。


グイグイ進むヴァレン。受付の人に会釈して、後に続く。



部屋に着いたのか、ノータイムでドアオープン。違ってたらどうするんだろう?



「ユウトくんが生きてたよ!」


「なっ!?」



幸いにも、ライヒの声が響いた。


ヴァレンの後ろから覗いてみれば、驚愕の彫刻と化したライヒがいた。



「む!ようやく戻ったか!」



ひょっこり顔を出したヴェラが、ニカっと笑った。目の下にはちょっと隈がある。



(あんまり寝れてない…?)



そういえば、部屋の雰囲気もジメジメしてる。



「まるで生きていることを疑っていないような口振りだな」


「む!大魔導師リディマギアの魔導具だからな!」


「それもそうだね」



キュルケーのご先祖さまは随分と凄い人だったってことかな。よく知らんけど。



(転移魔導、すごく凄かったもんなぁ)



鮮明に焼き付けられた記憶に浸ってたら、背中を軽く押された。



「とりあえず中に入って」



部屋に入った瞬間、むわっとした空気に変わった。



(なんていうか…悲しい気分?)



漂ってるのが悲壮感にすごく似てる。てかもうそれにしか感じない。



促されるまま椅子に座った。ふわふわが心地いい。



「ユウトくん…その…まずは生きててくれて良かった」



言い淀んだ。何か言い難いことでもあるのかな?ていうかーー



「ーー俺死んでることになってたの?」


「一ヶ月もいなかったんだよ!?」


「うっ…ごめん」



確かに…いきなり音信不通だと困るもんね。



「いや、ユウトくんが悪いわけじゃないんだ。ただ…その…」



湿気に重みが加わって、口の上にのっ掛かる。


一言すら許さない空気の中で、口を動かしたのはライヒだった。



「ユウト。最悪の知らせが二つある」


「…」



どっちも悪いじゃんか。


たったそれだけの言葉すら出てこない。



「悪い知らせは…セシリアとティオナが行方不明になったことだ」


「っ!?」



二人が行方不明!?



「場所は!?時間は!?向かってた方向は!?」


「落ち着け、順に話す」


「むう…」



淡々と語られるこの一ヶ月。



伝説の魔物に負けたこと。


塞ぎ込んだキュルケーのこと。


ラフィの家を襲った魔族と戦ったこと。



「そして、これがもう一つの最悪の知らせだ」



最悪の知らせ。二人の行方不明に並ぶほどの…



誰かの喉が鳴った。


拳を握りしめる音がした。


ゆっくりと動く口が、じっとりとした空気を出した。



「ラフィ・テラトゥリィが亡くなった」

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