第53話:炎舞閉幕の光

重なる剣戟。


交わる刃。


競り合う炎。



やはりーー



『踊らないな』



我が友ユウトとは質が違う。


研鑽に研鑽を重ねた彼奴の所作は、自然そのもの。



それは激流を去なす木の葉。


それは森林を駆け抜ける疾風。


それは世界を写す凪の水面。



森羅万象の顕現するが如く舞う剣は、繊細で大胆で…美しい。



それに比べて蜥蜴はどうだ。



中途半端な力の押し付け。


本能と理性の狭間で、ただただ爪を振るうのみ。


この程度の者に、我が心が踊る理由があるだろうか。



『いや…王は違ったな』



平穏とは程遠い、平和で穏和な日々。


思えば随分と濃密な時間を過ごしたものだ。



薙ぎ払われる爪を弾く。先にあった岩壁が砕け散った。



『感傷に浸ろうという時に…』 



無防備な腹に炎剣を見舞う。


砕ける鱗。気化する鮮血。


それでも決定打には程遠い。



ふと、目線が交差した。



見えた炎は慢心、愉悦、万能感。


嫌というほど見てきた色だ。



だがそれは…冥土への扉に他ならない。



『手加減無用だ…我が友よ』






ーーーー






え…?


なんかあたり一面青空なんだけど?



「エアブズ?」



返事がない。ただの独りぼっちなようだ。



周りを見る。



やっぱり青空だけ…いや違う!



空に浮かぶ緑と黄色の魔法陣。


緑と黄色…風と光…



「あ!まさか!」



紫苑を逆手に、刃を腕に。陰翳は背に回す。



足裏に何かが付いた。たぶんエアブズの結界だ。


追加と言わんばかりに下から立ち昇ってくるオーラ。


バフてんこ盛り、ブースターよし!



「ブラストオフ!!」



流れる出る抵抗。


解き放たれた弾丸からだ


跳ね上がった動体視力のせいで、進んでるか正直わからん。



精神一到明鏡止水。



光の情報をシャットアウト。勘の指針を浮かべる。



風を切る音。空気の鋭さ。雲の匂いに氷の硬さ。


感覚が伝えてくるあらゆる情報を、意識の内から疎外していく。



先にあるのは、二つの炎。



片や縛られている緋。


片や堂々と揺れる青。



狙うべきは…青の方!



「ターゲット!ロックオン!」



陰翳を正面に。左腕に添えて。



「我流剣術!ヴェンバレット・ストライク!!」



闇が背後に流れていき、青がどんどん大きくなる。


迷いはない。


一直線に突然突入!



ぬるっとした感覚。


抵抗はないけど、斬り裂いている感覚。


綺麗に斬れたときの心地よさが、確かに手の内に響いていた。






ーーーー





天に、霊山にとぐろを巻く赤黒い光。


舞う岩が、溶岩が、とかげの断末魔をも巻き込み、旋風を巻き起こした。



『さすがは我が友だ』


『照れるわい』


『貴様ではない』



赤白しゃくびゃくの花弁。


陰陽の長剣。


悠然と立つ主演。


美しい幕引きの中心に、我が友ユウトの姿があった。



『良い景色じゃなぁ』


『ああ…』



二つの感嘆が、溶けて消えた。






ところで…だ。



『彼奴…余韻に浸り過ぎではないかのう?』


『ああ…長いな』



しばらく経ったが、動く気配が全くない。それどころか動いてすらない。



『まさかのう…』



エアブズがユウトの隣に現れた。肩を小突いているが、反応がない。



『気絶しているのか?』


『びっくりしたぞい!急に隣りに現れるでない!』


『普通に歩いてきたが?』


『早過ぎるじゃろ』



エアブズはさておき、ユウトの様子を見る。


目は瞑って、表情は満足気。



『いい表情をしておるのう』


『ふっ』



風がユウトを持ち上げた。エアブズの魔法だ。


ダラリと垂れた両手には、しっかりと剣が握られている。



『とりあえず部屋に戻るぞい』


『ああ』



頭上に浮かんだユウトを連れて、残っているかすら不明な部屋を目指す。


とうとう岩壁にぶつかった。部屋は愚か、迷宮すら残っていなさそうだ。



『これは困ったのぅ』



炊事場、浴場、食料諸々全て吹き飛んだ。


我らは問題ないのだが…



『ユウトには厳しいのう』


『そうだな』



放っておくとその辺の魔物を食べそうだ。



『彼奴に一報入れておくかのう』


『頼んだ』



一条の微風が空へと旅立った。







「ん…」



仮説部屋を作ってはや半日。ようやくユウトが目覚めた。



「ここは…?」


『インフェルティオ霊山のどこかじゃのう』


「うーん、ざっくり!」



よく声が張っている。目覚めはなかなかのようだ。



『体に異常はないか?』



軽く跳ね起き、抜剣するユウト。


三、四度と振り抜き、納剣した。



「大丈夫!」


『そうか』



肩の荷が一つ降りた。



『さて、これからのことなのじゃが…』


「魔王城突撃?」


『早過ぎるじゃろ!』


「じょーだんじょーだん」



ケラケラと笑うユウト。


やれと言えば実際に行きそうで不安だ。



『ユウトには悪いが、人の街に一旦戻ってもらうぞい。


そしてわしらの仲間と合流してくれんかのう?』


「はーい」



彼奴と合流出来れば、ユウトの選択肢がかなり広がる。少々性格に難があるが、ユウトならば問題ないだろう。



『其奴の名はハウウィエル。魚人族と呼ばれる魔族じゃ』


「おお!三叉槍持ってるかっこいいの!」


『ま、まあ、その認識で合ってるのう』



三叉槍は奴らの柱といっても過言ではない。何せ生活の至る所で用いるらしいからな。


その生活故に、他の者たちと相入れないことが多々あった。我らも何度争ったことか。



(懐かしいことだ)



思い耽ってる間も話は進んでいたらしい。戻ってきた時には紹介が終わっていた。



『ハウウィエルには既に伝えたぞい。街の近くで声を掛けてくれるはずじゃ』


「りょーかい。じゃあ行ってくる」



ユウトは立ち上がって歩きだした。歩き…?



『待て、ユウト』


「なに?」


『死闘の後だ。一旦休め』



あまりにも自然に動く故、思考が一緒止まった。



「え?平気だよ」



けろっとしたまま飛んで跳ねるユウト。


確かに元気そのものに見えるが、用心は大事だ。



『もう夜じゃし、良いことは寝る時間じゃよ』


「はーい」



エアブズが杖を振れば、立派な寝台が現れた。



「わお!レース付きベッドじゃん!豪華!」


『ほれ、早く寝るのじゃよ』



エアブズに押され、ユウトは寝台の中に消えていった。そしてすぐに寝息が聞こえた。



『さて、わしらは後片付けじゃのう』


『ああ、さっさと終わらせる』



まずは部屋作りだ。

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ファンタジー狂いの元いじめられっ子 @ginkyo

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