第16話 女になった友達と体育
グラウンドにはすでに絶望感漂う表情の男子生徒たちが集まっていた。
一部体育会系のウェイウェイ界隈は元気そうだったが、それは本当にごく限られた精鋭で、一兵卒の奴らはほとんどみんな目が死んでる。
「本当にこっちでよかったのか? せっかくだし女子の方に混ざってくればよかったのに」
あさひは授業前に体育教師に呼ばれて、今日の授業内容について提案されていた。
体育館で女子と一緒に体をほぐすか、外で男子の横でジョギングするかの二択があり、後者を選んだというわけだ。
身体に大きな変化があったばかりなので、しばらくは激しい運動は控えるようにお医者様からも言われているらしい。
「こっちの方が気楽だからいいんだよ。女子の方に行くの、下心あると思われそうで嫌だし」
「それはあるな」
あさひなら大丈夫だとは思うが。
女子人気高めだし。
これがもし俺だったら「なにあいつきしょ」って目で見られて精神に絶大なダメージを負って不登校になる。
「ま、今日は隅っこの方で軽く流しとくかなー。この体で走れるようにならないと」
「転ばないように気をつけろよ」
「だいじょうぶい」
「ほんとかよ……」
最初の頃は歩くだけでふらついていたからな、こいつ。結構心配だ。
などと話していると、タンクトップの体育教師がやってきて、授業が始まる。
「今日はガッツリ走ってもらうぞー。先ずはいつも通り準備運動からなー。飯食った後だからしっかりしとけよー。じゃ、適当にペア作れー」
やる気のなさそうな返事をして、二人一組で散っていくクラスメイトたち。
今年度に入って何回目かの体育だ、組む相手はだいたいみんな固まっている。
もちろん、俺は言わずもがな。
「準備運動は一緒でいいんだよな?」
「えー、しょうがないなあ」
「…………」
なんでちょっと上からなんだよ。
お前も他に組む相手居ないだろ。
「じゃああっちの方でやるか」
「うん」
不自然じゃない程度に他の生徒から距離を取り、俺がグラウンドの内側に入って、準備運動を始める。
普段よりも人目を集めているような気がするのは、たぶん気のせいではないだろう。
うちの学校では体育は男女別かつ、他のクラスと合同で行う。
同クラスの奴らはあさひの症状を知っているけど、他のクラスだとまだ知らない人も居るだろうからな。
なんで女子が男子に混ざっているのか、疑問に思われるのは当然の成り行きだった。
「……オレはもうあんま気にしてないぞ。流石に慣れた」
「朝からみんなの視線独り占めだったもんな」
「そうそう」
まあ本人がそう言っているので、あまり気にしないことにする。
屈伸や伸脚など個人で出来る柔軟をこなして、身体が温まってきてから、ペアストレッチに移る。
先ずは、背中合わせに立って腕を組んで相手を背負うやつからだ。
これで背筋を伸ばしていく。
「持ち上げられるかな、オレ」
「どうだろうな。まあ、上がらなくても伸びるから大丈夫だ。俺から上げるぞ」
「うん」
背中合わせになって腕を組むと、自然と肩甲骨から尾骨にかけてぎゅっと密着する形になる。
ハグの逆バージョンみたいなもんだ。
男だった時とは明らかに違う感触に、どきりとする。
特に腕とかお尻とか。
食べたら鳥のささみとももくらい違うと思う。
単に柔らかいというだけではなく、骨格の変化なのか、ごつごつしている感じがあまりしなかった。俺の背骨が当たって痛くないか、心配になるくらいだ。
余計な感慨を振り払って、俺はあさひに声をかける。
「上げるぞ」
「うん」
「――せーのっ、と」
返事を聞いてから、前に腰を曲げてあさひを持ち上げた。
軽っ。
って思ったけど、元々こんなもんだったな。
質量保存の法則に則って、総重量自体は変わっていないのかもしれない。
男子でも女子でも、育ち盛りの高校生が50キロもいってないのは不健康な気がするけど。
ちゃんと朝昼晩食べてる?
無理なダイエットとかオーバードーズとかしてない?
大丈夫?
なら良かった。
ところで。
「んっ、んんっ。ん〜〜、んんん〜〜〜」
頭のすぐ後ろから、気持ち良さそうな声が聞こえてくる。
体が伸びてほぐれて、自然と漏れてしまう声なのだろうが、我慢してくれねえかな。
脳に響く。
俺はそれをかき消すように、い〜ち、に〜いと大きめの声で数字を数え上げる。
どうにか十まで数え終えて、あさひの身体を地に下ろした。
「じゃあ次こっちの番」
「無理しない程度でいいぞ。今まで通りとはいかないだろうし」
「うん。いくぞー」
んぐぐぐぐ、と気張って俺を持ち上げようとするあさひ。
だが、あいにく俺の足は地面から離れない。
俺とあさひの身長は10cm以上違うし、女になって力も男の時より下がっているのだろう。仕方ない。
それに持ち上がってはいなくとも、俺が頑張って爪先立ちをすることで筋はちゃんと伸びているので問題はない。
荒く息を吐きながら、あさひが上体を起こす。
「……ぜんぜん上がんなかった……割とショックなんだけど……」
「気にすんな。元からあんま上がってなかったから」
「なんですと?」
「よし、次行くぞ」
「おい」
追求は無視して、さて。
背面に伸びをしたら、次は前面に伸ばすストレッチ。
前屈だ。
足をまっすぐ伸ばして、上半身を前に倒す。
自力だと膝の少し下あたりまでしか指が届かない。勢いをつけても脛あたりが限界。
あまりにも雑魚すぎる。
ざぁーこざぁーこ♡(突然のセルフ罵倒)
「押してくれー」
「はいはい……」
あさひの手のひらが腰椎のあたりをぐいと押して、もう片方の手で支えるように下腹に触れてくる。
何故か反射的に腰が引けた。
「うお」
「? どした?」
「いや、なんでもないです……」
いやあの、別に、普段通りなんだけど、なんか、ちょっと……うん……。
「うわ、すご……。なにこれガチガチじゃん。いつもだけど、なんでこんな硬いの?」
「……しょうがないだろ、体質なんだから」
ガチガチのバッキバキだった。腰がね。
普段から運動しない、部活にも入っていない高校生なんて、こんなもんである。
将来が不安すぎる。
ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅ〜っと、痛くないぎりぎりのところまで押してくれて――それでも手は地面にかすりもしなかったが――脚と背中が伸びるのを感じた。
「っと、もう十分。さんきゅー」
「まだ全然硬いままだけどな。風呂上がりとかちゃんと柔軟した方がいいぞ。絶対そのうち怪我するから」
「やろうとはね、思うんだけどね……」
思うだけだよね。
やっても三日坊主で、坊主が短髪になるまで続いたことすら一度もない。三日坊主ってそういう意味じゃねえな。
今度は俺があさひの背中を押す番だ。
といっても、あさひは体が柔らかい方で、前屈をすると俺が力を貸すまでもなく容易に手が地面に届く。羨ましい限り。
申し訳程度に腰とお腹に手をやって、触るか触らないかくらいのところで、なんとなく補助している風の素振りをする俺である。
「んん……あの、くすぐったいんだけど」
「あ、悪い」
むずがる声。
いつもと同じ感じにしていたのだが。
もしかしたらその辺の感覚も、男と女で違うのかもしれない。
なんかちょっとえっちだな……。
「ふぃー、おしまい」
そうして一つずつ丁寧に、ペアストレッチをこなした。
終わる頃には俺は何故かヘトヘトになっていた。
走ってもないのにマラソンを終えたかのような疲労感。
原因は一つだ。
ストレッチ中のあさひ、無防備すぎるんだよな……。
あさひからしたら他意はないというか、以前と同じように自然にやっているだけなのだろう。
遠慮なく俺に体を預けてくるし、ボディタッチにも躊躇がない。
その一つ一つが致命的な一撃として、多幸感と引き換えに俺の
「……やっぱお前、女子の方に混ざったほうが良い気がして来た」
「は? なんで?」
「なんか不健全だわ」
「? ?? ???」
まあ、あさひは何も悪くない。
全部俺が悪いよ。
「よーし、終わったら全員集合! ちゃんと準備運動はしたか? した? ならばよし。ここからは終業のチャイムが鳴るまで、ノンストップで走ってもらうからな!」
そして、絶望が始まる。
グラウンドを八周しても終わらないエンドレスエイト、地獄の無限マラソン編の開幕だ。
俺は死んだ。
男友達が女になっただけの話 すばる良 @1116
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。男友達が女になっただけの話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます