嘘つきな二人

多賀 夢(元・みきてぃ)

嘘つきな二人

「あの、サインお願いします――って、聞こえてます?」

「……」

 今日は、コミケである。

 大ファンの作家さんが新刊を発売するというのをSNSで知り、自分も会場に飛んできた。ネットでさんざん告知していたせいか、意外とお客さんが多い。自分以外にもこの人のファンが多いと知って、とても嬉しかった。

 しかし。


「でっでで、デス・デビル本人様ですよね?!」

「あちゃ、マスクしてないのにバレましたか」

「いえ、あの、勝手に技名パクってすみませんでした!」

「いや、それはよくて……あの、目立つので。それは自分も困るんで」

 大袈裟に頭を下げられて、こちらも慌てる。この辺の客層はかわいらしい女性がメイン、先生もうら若き女性。自分みたいな武骨なオッサンは、ただでさえ肩身が狭いのに。

「自分らは先生を応援してます、気にせず面白い作品を書いてください」

 半ば強引に冊子を押し付けると、先生は我に返ってくれた。そして表紙にサインを書こうとして手を止めた。

「二冊、ですか?」

「はい。実は、ここに来られない奴がいまして」

 微笑んで答えると、先生は少し考える仕草をして、納得したようにペンを走らせた。




 数日後。自分は事務所の男子トイレで、大男と対峙していた。

「……おい、持ってきたのか」

 容姿は端麗。仕立ての良いスーツに包まれた体は筋骨隆々。マフィア映画に出てきた主役俳優か、はたまた格ゲーのメインキャラのような非現実的外観だ。

 こんなイケメンが深刻な顔すると、ヒールよりもオーラが黒いな。

 自分は、肩からかけたトートバッグからブツを取り出した。

「ほらよ」

 先日のコミケで買った冊子を差し出すと、奴はぱっと顔を輝かせた。

「ありがとー! 俺の代わりにゴメンな!」

 表情が一変し、人懐っこいワンコになる。つくづく憎めない男である。

「いいよ別に。てか、サイン見てみろよ」

 促すと、奴は表紙をまじまじと見て顔色を青くした。

『SAKATA選手へ』

「なんで!?俺の名前出したの!?」

「いや、なぜか察してくれた」

「えっ、嬉しいけど、ええ……」

 奴ことSAKATAは、本当に困った様子だった。

「自分の事も一発でバレてさ。……まあ、ああいう人だからさ。一般大衆よりも、洞察力が半端ないんだろうな」

「そっか、それなら嬉しいなあ!」


 自分とSAKATAは、某プロレス団体の同期だ。早くに芽が出たのは自分の方だったのだが、外見がパッとしなかった。なので事務所からマスクマンになるよう言われ、ついでにヒールに転向するよう指示された。

 対してSAKATAは、成長がやや遅かった。しかし努力の末に素晴らしい肉体と俊敏性を手に入れ、そのうえぱっとしなかった顔つきも年々精悍さが増していった。事務所からは時代を担うスターと発表され、以来ずっと正統派ヒーローの道をひた走っている。


 ヒールとヒーロー。リングの上では敵対する存在だが、プライベートでは仲がいい。しかし、プロレスというショーとしての設定があるので、人前でも、念の為に他のレスラーにすらも、徹底してこの関係は隠している。


 だけど、それを看破する人間はいるらしい。

 ファンレターでもたまに書かれるし、SAKATAに渡した同人小説を書いている女性作家もそうだ。

 ただ、それで幻滅する人もしない人もいるようだ。女性作家さんの作品は、明らかに自分とSAKATAをモデルにしながらも、これでもかと仲良く青春している話を書いてくれる。二人して諦めた自由な生活を、好意的に書いてくれている。

 裏側を暴かれるのは困るが、自分たちの隠された関係を肯定してくれる存在は救いだ。


「今回は、自分ら2人して遊園地行ってた」

 軽くネタバレしてやると、SAKATAは慌てて自分の口をがっつり塞いだ。

「言うなよっ、楽しみが減る!」

 その子供っぽい慌てように、腹から出る笑いが止まらない。


「なあ田宮」

 SAKATAは、自分の本名を呼んだ。

「たとえば俺がアメリカとかに移った後なら、仲良くしてもいいのかな」

 SAKATA――いや坂田に、自分は首を振った。

「無理だろな。うちは、あっちの団体とも積極的に交流してる。それにプロレスファンはプロレスが好きなんだ、この団体のファンじゃない」

「そうか」

 悲しそうな坂田の顔は、まるで親に仲を引き裂かれたジュリエットだ。外見は筋骨隆々だけど、少々センチなこいつは先生の中でもヒロイン格で書かれている。……本当に、ファンというのはこちらをよく見ているというか、分かっているというか。


「今度、社長が変わるだろ。そしたら、強引な組み分けとかも減るかもな。自分らみたいに善悪で分けるんじゃない、別の組み分けが生まれるかも知れない」

「あの人、そこまで頭回るかな」

「分からん、期待しない方が楽ではあるけど」


 ショーという夢の世界で働くということは、受け入れがたい役を演じるという事でもある。自分はヒールになって、自分には真っ当な試合の依頼は来なくなった。坂田はヒーローであるがゆえに、ヒールの汚い攻撃を一通り受けなくてはならない。毎回毎回、挫折と復活を見せ続けなくてはならない。


 それでも自分は、こいつはリングに立ち続けている。ただただ好きな仕事だから。憧れた人がいるから。裏切りたくないファンがいるから。

 ふと時計を確認すると、そろそろジムに行く時間だ。

「引退したら、マジで遊園地行こうぜ」

「おう。それまでなんとか生きとくわ」

「お前もだぞ、でかい故障すんじゃねえぞ」

 軽く笑い合って廊下に出て、自分はすぐに険しさを顔に張り付ける。自分たちを見ているのは、ファンだけではないのだ。ヒールの頭目として、絶対的ヒーローとして、所属事務所の人間も見ている、練習生達も見ている。

 ――引退するまで、本当の自分はお預けか。

 上を見上げたら、蛍光灯が向こうまでまっすぐ並んでいた。まがい物の光に沿って歩いているようで、自分は余計にしかめっ面になった。

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嘘つきな二人 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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