第4話 来訪者

 まだ明るい内に寝てしまったからか、次に目が覚めると、まだ夜明け前だった。

ぼんやりと、目覚めたら前の日常に戻っているのではと思い、あたりを見回すが、そんなことはなかった。これは現実リアルである。


部屋には、照明は一切ないが、小屋の隙間から入る月明りと、暗闇の中、座して瞑想するサヤタから発せられるほたるの様な薄緑の光の粒が、小屋の中をぼんやりと照らしていた。


サヤタは目をつむって、寝ているのか起きているのかわからない。

呼吸は死んだように聞こえない。

もしかして、自分が寝具を使っているからサヤタは横になれないのではないか。

それとも、いつもこのスタイルで夜を過ごしているのだろうか。


なんだか申し訳なくなってきた。また寝る気にもなれなかったので、すこしここら辺を歩こうか。

異世界にやってきて早々したことと言えば、水を飲み、飯を食い、寝たことぐらいなので、すこしは動かないとまずい。

こういうところでなにかの機を逃す場合もある。


起き上がり、サヤタの背中に、そっと自分の使っていた掛布を掛ける。

すこし冷えるので、心配になった。


サヤタは銅像のように動かない。どうやら眠っているらしい。


あまり他人の顔を盗み見るのは好きではないが、しかしなんというご尊顔。

透き通るような美しさと、自然の素朴な優しさを併せ持つ。

淡く緑に発光する御身におもわず手を合わせ、少しの間祈りを捧げたあと、小屋から出た。


日中覆っていた雲は消え去り、夜空から降りる月明りが木々を透過して足元もよく見えた。とても歩きやすい。


月明りに潤う樹海。

静かで、空気も澄んでいる。

野生生物を警戒したほうがいいのかもしれないが、この森が与える安らぐ雰囲気が、あまりそれを感じさせなかった。


とりあえず、あまり遠くへ行くのも帰ってこられなくなったらまずいので、はじめサヤタと出会った沢へ向かって歩く。

この辺りの地理を把握はあくしておこう。いざというとき役立つかもしれない。


こちらの世界に来て一日ほどか。

先ほどから故あって膀胱が破裂しそうなのだが。生理現象には抗えない。

果たして自分の老廃物でこの神聖な森を汚してよいのだろうか。


だが、背に腹は代えられない。

どこか木陰でことをすますしかあるまい。


すこし歩いた先に丁度いい岩陰を発見。ここならば地雷となる可能性も低いだろう。

昔だが、ひと月ほど理由あって山で生活していたことがある。大地をトイレにすることには慣れている。


前だけではなく後ろのほうも予感を感じるので、しゃがみ込むスタイルに変更。

月明りの届かない岩陰で、緊張、不安。その他もろもろをおごそかに開放する。


と、近くに気配。


急いでいたとはいえ、気が付かなかった。


こんな近くに、自分と同じように開放している者がいた。

相手は、自分と目があって、驚きと、抗えぬ便意の狭間はざまで複雑な表情を作っている。


構わず続けた。どちらにせよ、一度いでたものを止めることは何人たりとも出来ないのだ。


澄んだ夜空にふたりの発する不協和音がとどろいた。ハーモニーは奏でない。

ひとりではないというのは、なんだか安心する。それはきっと相手も同じだろう。


どれくらいそうしていただろうか。

ことをすまし、ふたりは同時に立ち上がった。特別な時間を共有した二人の間に不思議な連帯感を感じる。


『グレンだ。貴公の名は?』

月明りに晒された、白髪の壮年の騎士。風格の感じる甲冑姿だ。明らかに只者ではない。

グレン。文脈に固有名詞の様な響きがひとつあった。名乗っているに違いない。


「栗田です」


『クリタデス…。変わっているが、良い名だ』


============


グレンと一緒に少しの間森を歩いた。自分が言葉が分からないことに気付くと、自分を迷子の者だと思ったのだろう。

身振り手振りで、ついてこいといわれたので、のこのことついていく。

川に沿ってすこし行ったところの、グレンの野営所に招いてくれた。

そこには、グレンのほか、3人の騎士が焚火を囲んでいた。

3人とも金髪の西洋人の風貌。ひとり女性がいる。

グレンが3人になにか声をかけている。グレンがここのリーダーなのだろう。

全員堅苦しそうな甲冑姿だが、アットホームな雰囲気で会話している。


サヤタ以外に初めて見る人なので、とても緊張する。


『隊長、この子は?』


『近くを歩ているところを保護した。マナの言葉が通じない不思議な者だ。クリタデスというらしい』


すこし離れてもじもじしていたが、グレンに手招きされたので、焚火近くの倒木に腰掛けた。


『おれはバインス。不思議なやつだなあ、とりあえず肉食え』

近くに座っていた巨漢の騎士が焚火に掛けてあった肉を差し出してくれた。とりあえず受け取る。


『言葉が分からないんでしょう?名乗ってもわかりやしませんよ』

向かいに座る細目の騎士が巨漢の騎士に向かって言った。


『サイル、ちゃんと名乗らないとだめだよ、騎士なんだから。あ、わたしはマクネ、         よろしくね。怖がらなくて大丈夫だよ。私たちのところにいれば安全だからね。』

いつの間にかとなりに座る、女性の騎士が優しく話しかけてきた。

頭をなでられそうになるが、やんわりと断る。子供ではない。


不思議そうに見られているが、とりあえず、みな歓迎してくれているらしい。

こちらに来てはじめて複数人に囲まれてどうしていいか分からないが、友好の証として微笑んでみせた。


『マクネ、ずいぶん童顔の種族だが、彼は立派な大人の男だ』


『そっかそっか、ごめんねえ。というか、隊長が立派と認めるなんて、なにかあったのですか』


『ああ、見たからな、彼の大人のモノを』


『?、見たってなんですか』


『はっ、いや、なんでもない。それにしても、一体どこからやってきたのだろうな』


『魔女様と関係があるかもしれませんね』細目の騎士がこちらを見る。まだ彼だけは自分を警戒しているような眼差しだ。


『ああ、いずれにせよ、明日、魔女様にクリタデスを連れて行こう。なにかご存じかもしれん』


話がひと段落したのか、場が静かになる。手に持っていたこんがり焼けた骨付き肉を見る。なんの肉だろうか。食べてもいいんだよな。

肉をくれた巨漢の騎士を見ると、彼は静かにうなずいた。


「いただきます」

丸々とした肉にかぶりつく。


う、うまい。香ばしく、わずかに獣臭の残るワイルドな食感。内に眠る肉食動物の本能が刺激される味わいだった。


それにしても、この世界に来てからというものの、まだ多くの人に出会っているわけではないが、会う人すべてにやさしくしてもらっている。


なぜだろう。涙が止まらなかった。


「ひぐっ、、、えっぐ、、、」


情けなく涙をすすりながら、肉を頬張る。


いままでどれだけの人の助けを無下にし、知らず知らずのうちにやさしさをスルーしてきたのだろう。

帰ったら、知り合い全員にありがとうを言いたい。


『大変だったね、、、。よしよし、、、』

背中をさすられて、余計に涙が出る。


『クリタデスよ、なにがあったのかは分からないが、きっと光は近い』


『泣くほどうまいだろ!ガルガスの肉は!』


ぼろぼろの風貌ふうぼうもあいまって勘違いされたのか、皆が自分を慰めてくれる。細目の騎士も、心中を察するようにこちらを見守っていた。


違うのだ。決してひどい目にあったとかで泣いているわけではない。

どうか勘違いしないでほしい。


============


少しして、夜が明けて空が白んできた。彼らは、4人交代で小一時間ほど眠っただけで、もう出発の支度を始めていた。


彼らの旅路に、自分もつれていくつもりのようだが、果たしてこのままここを離れても良いのだろうか。命を助けてくれたサヤタに何も言わずに小屋を出て行ってしまったし、まだなにも返せていない。


まあ、返せるものはいまのところなにもないのだが。


日はみるみるうちに東の空を登りだし、一行が歩き出した。4人の一列の真ん中に入れられ、自分も歩く。

ここの森は平坦な場所が多いが、馬などを連れてはいないようだ。甲冑を着込んで山を歩き続けるのは大変なことではないか。


自分は彼らに連れられてその先どうなるのだろうか。彼らは親切にしてくれているが、自分は怪しい者であることにはかわりはないし、投獄とかはされなければ良いが。

危険を感じたら逃げるしかあるまい。


まず、この騎士たちはなんの目的でこの森にやってきたのだろうか。


そんなこんな考えているうちに、一行は自分が昨夜やってきた道をさか戻って歩いていることに気付いた。

もしかして、サヤタの家を目指して歩いているのだろうか。

かれらはサヤタの知り合いか。


林のなか、苔むした土を踏み歩き、すこしすると、サヤタの家が見えてきた。


一行は小屋の5メートルほど手前で止まった。まだ早朝だが、サヤタは起きているのだろうか。


『ごめんくださーい』

先頭にいたグレンが小屋に向かって叫ぶ。

すこしすると、サヤタが入口のすだれのすきまからのそっと顔をだしてきた。

まるで巣から顔を出す寝起きの小動物のようである。


『おまえたちか』

朝早くからの来客だからか、サヤタは不機嫌そうにみえる。

彼らに対して馴染み深い態度をしているようなので、見知った仲のようである。


『ご無沙汰しております』

グレン一同がサヤタに頭を下げた。


『お前たちにしてみれば久しぶりかもな』

だるそうに視線を動かすサヤタだったが、自分のところで、はっと止まった。


『クリター、どうしておまえがそこにいる』


『ああ、彼とお知り合いでしたか。昨夜、川のあたりを歩いていたので、保護しました』

グレンが応える。


『そうか、喉がかわいていたのかな』


『魔女様、彼は一体何者なのでしょうか。マナの言葉が通じない者は初めて見ました』

グレンが自分の方を振り返る。自分について話し合っているようだ。


『ああ、私もだ』


『!、魔女様でもこういった者ははじめてなのですか?』


『私はただ長生きしているだけだ。世界について多くを知っているわけではない』


『ご謙遜を』


他の三人を見てみると、全員が自分に注目して、サヤタとグレンの会話を聞いていた。

自分にどのような処分を下すのか、話し合っているのかもしれない。穏やかな世間話ではなさそうである。


『彼をはじめどこで見つけたのですか』


『ずっと下流の方にある沼地にひっくり返った状態で埋まっておった。そこを、助けて拾った。』


『⁉、よく生きていましたね』


『奇跡的にな』


『一体、なにがあったのでしょうね』


『まあ、こいつから直接聞けばわかる』


サヤタは小屋から出ると、こちらへつかつかと歩いてきた。


『帰るぞ』

自分の腕をつかむと、小屋のほうへと連れていかれる。


『言葉を教えるのですか?』


『ああ、魔術もな』


『人間嫌いのあなたが?それに、弟子は取らないとおっしゃってませんでしたか?』


『こいつにはおもしろみがある。教え甲斐がいがありそうだ』


『はあ』


『ま、そういうわけだから。定期巡回ご苦労、こいつのこと以外はとくに変わりはない。気を付けて帰りなさい』


=============


そのあとすこしの言葉を交わすと、4人の騎士たちは小屋を立ち去っていった。

彼らはいったい何だったのだろうか。肉のお礼が結局言えなかったなとすこし悔やまれる。


いろいろあったが、サヤタの家にもどってきた。相変わらずサヤタは床に座して瞑想をしている。しかしなにかを考え込んでいる様子である。


しばらくのあいだここで世話になることになるかもしれない。

これからどうなることやらわからないが、とにかく流れに身をまかせるしかないと思った。






                                つづく
























































































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クリターの冒険 二山 粥 @futayama-kayu3

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