ご託宣の儀

 ◇


 ボクの意識が戻ったとき、うす明るい畳敷きの大広間に寝かされていた。ここがトトリ神殿の内部なのだろうか、秀吉が暮らした聚楽第とはこんな贅を凝らした造りだったのかもしれない。


 その豪奢な室内にボクとミコさんはいた。ふたりとも全裸だった。

 ただ異なるのはボクが金糸の縫い取りのある寝具の上へあおむけに寝かされていたことと、ミコさんは畳に両ひざをつき、ひざに両手を当てた姿勢で、横からボクの顔をのぞき込んでいたことだ。ボクの眼には否応なく彼女の形の良い乳房が目に飛び込んできた。数多く灯されたロウソクの光に白い肩と胸、なめらかな腹が艶めいている。


 異様な視線を感じて、あたりを見回すとロウソクの明かりの中に、ボクらを取り囲む二十名ほどの信者の姿が浮かび上がった。信者らは漆黒のベールに砂色のローブのいでたち、砂丘の巡礼衣装を身に着けたままだ。


「おお、燭台様がお目覚めになられましたぞ。これよりご託宣の儀を執り行います」

 信者の一人が宣言する。手に手に数珠を提げ小声でなにやらつぶやきながら合掌をしている。顔は漆黒のベールに覆われているため定かではないが、手のシワの深さからみて相当な高齢者と思えた。


「ミコさん、ちょっとこれ……」

 ボクは信者たちを見回し、彼らの圧迫感にたじろいだ。これではなにやらAVの撮影現場のようではないか。


「これ、燭台様の初のおつとめですよ。皆の者、下がりなさい」

 ボクのためらいの理由を察したミコさんが手をパンと打ち鳴らし、信者に命じた。見事な気くばりといえよう。すぐさま数珠を手にした信者たちは音もなく次の間へと下がっていった。その一方でボクは、ミコさんが手を打った際にプルルンと波打った、柔らかな胸の揺れに感動していた。こんな間近で女の子の裸をみたことがないからだ。


 ミコさんは伸びやかな足をヒラリと広げてボクの腹の上にまたがると、顔を見下ろして宣言した。


「そなたは今宵よりトトリ様の燭台となります。覚悟はよろしいか」

「はい」

 ボクは初めての行為を前にして、喉が締め付けられる息苦しい緊張と、美しいミコさんの裸身を目にした歓びとを同時に味わいながら答えた。

 これをもってボクは彼女専属の燭台となるのだ。


 ボクはおずおずとミコさんの太ももに手を這わせてみる。ボクは感動した。女の子って、こんなに柔らかくてすべすべしているものなのか。女性の肌はよくマシュマロに例えられるが、ミコさんの手ざわりはマシュマロ以上だった。白くてなめらかで手のひらを押し返す弾力があって、それでいて肌に密着してくる。ボクは太ももに置いた手を上にすべらせてゆく、理想的な曲線を描く腰のくびれを通過し、両胸へと伸ばしていった。


 ボクの手が目的地、つまり両胸のツンと上を向いた朱鷺とき色の頂点に到達する寸前で、ミコさんは体をクルリとひるがえし後ろを向いてしまった。


 不意のおあずけにがっかりするいとまもなく、ボクはと対面を果たした。


――これがトトリ様……。


 ミコさんのなめらかな背中には虹色に輝く鳩のような鳥が翼を広げていた。

 揺らめくロウソクの光のもとで、それは立体感のある刺青いれずみにも見える。ただし刺青と根本的に異なる点があった。


 それは明らかに生きていたのだ。

 右を向いたまま固定した顔の中で、それの目はまばたきをし、ゆるやかに羽ばたきさえしてみせた。ミコさんの肩甲骨けんこうこつを包むように広げられた羽は虹のような極彩色の燐光を放ち、それはそれは神々しかった。


「トトリ様に触れてはダメ。すべての気を吸われるから」

 ミコさんは後ろ向きのまま、ボクに注意した。彼女に言われるまでもなく、聖鳥に触れるなんて畏れ多くてできやしない。


 ボクは敬虔な気持ちに包まれるとともに、頭の芯からしびれるような快感が奔流のように絞りだされてくるのを感じ、意識が混濁していった。ボクはトトリ様に上から見おろされながら、ミコさんの美しい体で童貞を卒業した。


 結論からいうとボクは燭台としての役目を立派に果たしたし、ミコさんは燈明としての務めを悦び、熱心にまっとうした。


 ご託宣の瞬間、口笛のような取鳥様の鳴き声とともに白磁の背をのけぞらせたミコさんの叫びは、激しく長く尾を引いた。


 ミコさんが叫んだ内容は言葉ではなかった。あの嬌声がどのような予言になるのかボクにはまったく見当がつかなかった。けれど、ご託宣を聞いた信者の誰かがきっとうまい具合に作文するんだろうとも思った。


 ◇


 あれから二年。ボクは今も取鳥にいる。

 愛するミコさんの、いや燈明様の燭台として責務をまっとうしている。


 燭台の務めはいたく体力を消耗した。ボクはまだ二十四だというのに、喫茶店のマスターのようにすっかり白髪になった。その一方でミコさんはいまだに十代の美少女のままだ。いつだって白くて清潔ですべすべしていて、つまりほとんど歳をとらないように見える。あるいは、トトリ様の巫女である間は若さを保ち続けるのかもしれない。燭台ボクの精を吸い上げて。


 ボクにとって彼女が最初で最後の女性になるのだと思う。それでも、後悔はしていない。だってカマキリを見てごらん。カマキリの雄は童貞喪失のその日に命を失うのだから。まだマシってものだろう?


 ボクはミコさんの燭台になれて良かった。

 そして心の安寧に包まれながら、今夜も燭台の務めを果たす。


 完

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取鳥様の巫女と燭台 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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