甘いファーストキス

 かねてより彼女を作るチャンスをうかがい続けてきたけど、大学を卒業しても就職しても一向にその機会は訪れてこない。夏休みになっても暇を持て余す。仕方なく”女殺し”のアウディでドライブを続けてきたけど、それがようやくここで花開いて実を結びますか?


「でも仕事中にデートのお誘いって、マズいんじゃないの?」期待どおりの展開が嬉しかったが、それ以上にボクは臆病でもあった。「マスターも見ないフリしながら神経はこちらに集中しているようだし、このままじゃミコさんクビになっちゃう」


「平気よ、あたしがここのオーナーだもん」

 女子高生がオーナー? じゃあ、あの白髪のマスターは雇われ人なのか。

「子どもの頃からの夢だから。おつとめを果たす代償として、おつとめの時間以外は好きなことをして生きたいじゃない。喫茶店の雰囲気って好きなんだぁ、コーヒーの香ばしい香りに、紅茶の甘い芳香」


 はぁ、そういうもんですか。とボクは思った。よくわからん。ミコさんの家は裕福なのだろうか。でも、学校で勉強しないわけにはいかないだろう。

「高校は」

「高校?」ミコさんはキョトンとした。大きな眼をぱちくりさせてから吹き出した。「そんなに若く見える? ありがとう」


――ピー


 またどこかで、かすかな口笛の音がした。


 空耳ではない、間違いなく音がした。その証拠にミコさんとマスターが顔色を変えて、視線を交わした。二人の間に無言の会話があったかのように、あるいはあらかじめ段取りが決められていたかのように、同時に店の片づけを始めた。ボクは二人のテキパキとした、あまりにプロフェッショナルな手際にただならぬ気配を感じた。


「どうかした?」

 彼らの様子にボクは不安になった。

「トトリ様が催促なさっている。あなたは選ばれたのよ、光栄なことだわ」

 ミコさんは手を止めず、説明を続けた。

燭台しょくだい様の担当はトトリ様がお選びになるの。あなたはその燭台となるべき男性。お告げの儀式には、男の子のエッセンスが必要だから」


「それどういうこと?」whyだ。

「鈍いわね、この童貞男は! あなたの精をトトリ様が欲しているわけ」

「ど、どうやって」how。

 ボクはキョドった。


 ミコさんは、あきれたように天を仰ぐと頭の後ろに両手をやり、無言でヘアクリップを外した。彼女が軽く頭を左右に振ると、ポニーテールにしていた艶やかな黒髪が滝のように背に流れる。なんとしなやかでハリのある髪だろうか。

「いつ、どこで」when、where。

「今夜トトリ様の神殿で、私があなたから精をいただくの」

 ああ、who、whatまでそろってしまった。


 5W1Hを完成させたミコさんは、ボクの手を取り立ちあがらせると、ほっそりした両手をボクの首の後ろに回して唇を寄せてきた。ああ受動態と思いつつ、ボクは受け入れる。


 初めてのキス、しかも年下の美少女に奪われたファーストキス。ミコさんの桜色の唇は信じられないくらいに柔らかく、長い黒髪から女の子のいい匂いがした。彼女の舌がボクの口内に忍び込み、舌同士を軽く絡めあうと彼女は甘い唾液を流し込んできて、ようやく唇を離した。ボクは大胆なキスの余韻を味わいながら、彼女の言葉に耳を傾けた。


「一度しか言わないからよく聞いて。私はトトリ様のお告げを伝える巫女。信者たちからは燈明様とうみょうさまと呼ばれているわ。そして、あなたはその燈明を支える燭台。ローソクと燭台の関係はわかるでしょう?」

「ローソクのお尻の穴に燭台の尖ったすいを差し込んで支えると」

「そう。それを人間に置き換えて考えればいいわけ」

「つまりミコさんのお尻にボクのアレを?」

「ちがーう!」

 ミコさんは顔を真っ赤にして怒鳴った。美少女のキレ顔も素敵とボクは見とれる。


「とにかくあなたはトトリ様に選ばれたの。今夜から燭台様としての務めを果たしてもらうしかない」

 ボクは急展開する出来事にとまどいと眩暈めまいを覚えていた。いかん、どうにも頭がクラクラする。立っているのがツラかった。


「クルマはもういらないわね」

 ミコさんは手にしたハンドバッグからスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけた。

「うん、そう。駐車場に止めてあるから処分しちゃって、もういらないから。車種は赤のアウディ。ナンバーは品川の……」

「よせ、ボクのクルマをどうする気だ……まだローンが」

 たっぷり残っているのにという言葉は闇の中に吸い込まれ、ボクは意識を失った。


 先ほどの甘いファーストキスで、口移しに睡眠薬を飲まされたのだ。

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