第03話 城邑スルト

 ムスペル大公国全城邑十五のうち、城邑七の割譲を要求する。


 敵・使者が市門前で口上を述べた。

 敵である〈海の民〉は、ユグドラ大陸沿岸部の住民が、戦禍、天災、政治的迫害で家や職を失い、困窮、流浪し、群盗化したものだ。

 〈海の民〉の軍勢六千はすでに、大公国城邑のうちの一つを占領、見せしめに、住民三千を串刺しにしていた。

 女大公フレイヤは、国軍を召集し、ムスペル大公国十五城邑じょうゆう武器庫のすべてを開いた。大公国の戸口は、一万戸・五万人前後。常備兵一千。理屈では正規兵・民兵合わせて五千となる理屈だが、各城邑に備えられた武器庫の武器は、平均して兵員三百人分程度しかない。

 〈海の民〉六千の軍勢は占領したムスペルの各城邑で、掠奪の限りを尽くした後、火をかけ、次の城邑に向かった。


               *


 鴻臚館に滞在しているシグルズを、担当のレイベルが訪ねた。

 レイベルによると、ムスペル大公国宮廷では、女大公の御前に招集された重臣達が、大机に拡げた地図を囲んで大論争をしたらしい。

「敵はこちらの諸城を各個撃破していく腹だ」

「落ちたのはまだ一城だ。《海の民》が一城また一城と落としていって、都城にたどり着くまでに糧秣が尽きるというものだ」

「敵は、各城邑に使いを送り、投降すれば生命の安全を保障すると言って回っている。戦わずして落ちる城邑もあろう。〈海の民〉が上陸した北海岸から都城に至る街道沿いの城邑は、二つしかない。――早急に、前線の城邑へ、援軍を送らねばならぬ」

 全臣民に徹底抗戦を呼びかけた女大公のもとに、都城を含めた拠点十三城より駆け付けた援兵は、各城の守備兵を差し引いた、二千だった。


 灰色猫の俺・ヨルムンガンドが、

「行くのかい、坊ちゃん?」

 シグルズは片目をつぶって、

「もちろんだ。――フレイヤ女大公が、味方に倍する〈海の民〉を迎撃することを決断したのは、ただいなごのごとく城邑を食らうだけの敵から、《戦略》というものを見出せないからで、ムスペル大公国は寡兵だが、地の利を知り尽くしている。勝算があると踏んだに違いない」

 女大公が売りを渋る戦象を、輸出可能頭数上限まで調達するには、今、ムスペルに恩を売り、見返りに助力する必要がある。幸い、ヴァナン大公国が自分の大使随員にしたのは精兵百人だ。今が勝機というものだ。

 鴻臚官レイベルが、シグルズの手をとった。

「おお、シグルズ・ヴォルスング卿、ご助力に感謝する!」

「わがヴァナン大公国の手勢参戦と引き換えに戦象十頭売却の確約、さらに勲功に応じ相応の戦象を恩賞として賜りたい。いかがかな?」

 シグルズが、白い歯を見せる。


 シグルズがなぜそんなに戦象にこだわるのかだって?

 戦場における戦象の役割とはコケ脅しだ。

 敵は戦象の突撃に驚き、陣形を乱すことだろう。崩れた敵陣形に味方軍を後詰に出せば、ほぼ間違いないなく勝利出来るというものだ。では、敵味方の兵が数万規模の戦闘のとき、いかほどの戦象が必要か? ここムスペル島に来る船旅で、俺がシグルズに訊くと、やっこさんは、「戦象が十頭もいればよい」と答えている。


               *


 城邑スルト。

 ムスペル大公国の町や集落はだいたい環濠かんごうになっている。環濠とは集落の周囲に穿たれる溝のことだ。溝を掘って出た残土は、楕円形をした囲いの内側に盛って土塁にし、その上は、柵列で並べて防御力を上げる。さらに溝の底には先を尖らせた、逆茂木さかもぎを配し、敵兵が夜襲をかけて越えようとするのなら、そこで串刺しにする仕掛けだ。

 六百戸三千人の城邑スルトも同様に環濠集落だった。


 戦象の輿に、甲冑をまとった女大公フレイヤが乗って自ら差配して出陣した。全兵力の三分の一は各城邑の守備に当て、残り全兵員で城邑スルトへ救援に向かう。その数はニ千――群盗〈海の民〉の兵員の三分の一に過ぎない。

 海岸の城邑を落としたとき、〈海の民〉は掠奪に明け暮れていたため、スルトの城邑への侵攻が遅れたのが不幸中の幸いだ。そのため、敵よりも先に、城邑に着くことが出来た。


 白き象グルトブに乗ったシグルズが、横にいる俺・ヨルムンガンドに、

「敵は街道の北からやって来るしかない。だからこちら側ムスペルの兵二千は、友軍三百が立て籠る城邑スルトの後背・南側に隠しておき、襲い掛かってきたところで、横槍を入れる。――それから想定される敵の進路の横合いに伏兵を置く布陣だった。――女大公フレイヤの策はやぶさかではない」

 そういう俺達、ヴァナン大公国勢百人は、森に潜んで、街道を行く敵〈海の民〉をやり過ごし、奴らが城邑に食らいつくのを待った。


 上浅黒く肥った、半身を裸にして筋肉を誇示する蛮族総大将が、取り巻きの将達に、

「ムスペル大公国なんぞ、ひとひねりだ。――女大公は、俺様の愛妾に加えて、あんなことやこんなことをして、たっぷり子供を産ませてやる。もっとも、生まれてきた悪童がきどもは皆、奴隷だがな。――野郎ども、金目の物、女、スルトの町もぶんどり放題だ!」

 麾下の賊兵どもが気勢を上げる。

 〈海の民〉六千は縦列から横列陣形となり、さらに城邑スルトを半包囲した。

 濠を穿って残土を土塁とし、土塁の上を柵列とする環濠の城邑防御力に必要な兵数を一とすると、攻城側に必要な兵数は四だ。つまり城邑スルトの兵員は三百ばかりだが、敵兵千二百に匹敵する防御力がある。

 褐色の偉丈夫が、

 「レイベル殿、《海の民》どもが、城邑正面に引っ掛かって、ぐずぐずしている間に、城邑の裏側に隠れていた、友軍本隊二千が、二手に分かれて敵の左右両翼へ回ったようだな」

 ムスペル大公国軍が、城邑を半包囲している《海の民》の両側から、横槍を入れる。

 この機をとらえたかのように、城邑の物見櫓から角笛が鳴るのが聞こえた。


「血祭りにしてやる――」

 シグルズは、腰ベルトのポシェットから、ウオトカの小瓶を取り出して口に含むと、手にした青銅の長剣ロングソードに酒飛沫をかけた。

 ジャラジャラとけたたましい音がした。

 城邑の非戦闘員三千のうち二千が、待ち伏せしていた俺達ヴァナン大公国戦士百名につけられている。――何をするかといえば、軍旗をはためかせ、鳴り物を打ち鳴らす役割だ。――森の中から白き象グルトブに乗ったシグルズと百人隊が、蛮族〈海の民〉の背後を衝き、戦斧で革鎧を叩き斬って陣形を崩す。


 灰色猫の俺・ヨルムンガンドは、ほとんどの鳥獣を眷属にできる。――いわゆるスキルってやつだ。

 俺の咆哮に応じたのは、十頭からなる剣歯虎サーベル・タイガーの群れだった。突撃を始めたシグルズ勢に合流し、パニックに陥った敵に斬り込む。

 敵の三割が戦闘不能状態になる。

 そこでまた城邑の望楼から角笛が鳴る。

 褐色の偉丈夫が、

「包囲殲滅陣形の合図だ!」

 城邑スルトと、左右に展開した大公国軍で、〈海の民〉を半包囲し、さらに背後に回っていたシグルズ率いる伏兵が蓋をした。――これで敵は文字通り、袋の鼠になった。


 体高二百四十ソル(六百センチ)前後、黄金の小札鎧で飾った一頭の白き象が、あたかも大岩が転がるかのように、土埃を上げて爆走しだす。戦象の後首に乗ったシグルズは、いつもの柔和な表情ではなく、邪神のような顔立ちで、騎乗の賊将達を長弓の矢で打ち取っていく。

「こ、こんなことがあるはずがない。我が六千の兵が、二千の敵に瓦解させられるだと? 認めぬ、断じて認めぬ!」

 哀れ賊将たるや、シグルズの白刃を犯すことさえも許されず、ただただ戦象に踏み潰されてゆく。もはや戦闘と呼べるようなものではなく、蹂躙されるがままだ。

 将領のいない軍勢は隊伍の維持もままならず、シグルズ麾下の戦士や、俺が操る剣歯虎の好餌となった。



王国志:設定書(人物・地図)

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049


主要登場人物イラスト;集合図

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966


図解:戦象

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093076134073592

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る