第44話

「そういえば……リードさんの方は、この世界にいていいの? あっちの世界でもアイ・コピーみたいなのが、いるんじゃ……」


『あちらの世界はまだ生き残ってる人が対処にあたっています』


「え……人いるの!? 生きてるの!?」


『まだ完全に絶滅などしてませんから。絶滅寸前ではありますけど。私が彼らを見つけた時は皆しっかり生きてましたし、AIとも必死に戦ってましたよ』


「……そ………………そうなんだ」


 ちゃんと生きてる、戦ってるんだ。AIと……僕とリードさんみたいに……必死に。


 てか、今のちょっとした会話だけでも情報量がすごい。軽く頭パンクしそう……。


『けれど、私は決して現実世界を見放したわけではありません。それにこの世界に入り込んできたであろうAIは、いずれ全て確保するつもりです。その被害にあわれないよう、まずは介様の安全の確保……でしたが、どうやらその第一フェーズは叶わないと諦めました』


「……すみません」


 我がまま言ってるのは自覚あるので許してください……と、しょんぼりしてると、突如病室の扉がからりと開いた。


「孝子さん……」


 室内からは孝子さんと、後から先生と看護師の方が連なって顔を出す。先生と看護師の方は僕を一瞥すると、静かに礼だけして立ち去っていった。


「孝子さん。楓は? 生きてる?」


「……自分の眼で、確かめてみて」


 にこりと微笑む孝子さんに、僕は病室の中へと促される。


 中は見覚えのある内装で、奥には大きな引き違い窓から燦々と日光が差していた。その陽光が指す先は、楓がいるベッドの方だった。


「楓……」


「あ……お兄ちゃん、いたんだ」


 あっけらかんとしてる楓の瞳と髪色は、あの汚らわしい灰緑色ではなく、いつも見ていた明るい茶色。


 僕の体は引き寄せられるように、楓の元へと駆け寄っていく。


「楓……お、憶えてるか? 何があったか」


「お医者さんからは、記憶喪失って言われたんだけど……。私……お兄ちゃんと買い物の帰りだったよね?」


「……よかった……。ほんと良かった!」


「ちょっ、そんな強く手握んないでよ……」


 感極まって楓の手をぎゅっと握るも、すぐさま振り払われてしまった。


 だとしても、僕は楓がこうして無事に生きてると分かったことが何より嬉しくて、気付いたらもう涙が溢れていた。


「ごめん、ごめんな……。ほんと……お兄ちゃんが、全部悪かった……」


「な、なんでそんな泣いてんの!? 訳わかんないよ……」


「ぞうだよなぁ! ぼぐもよぐわがっでないんだぁ!」


「ちょっ、お兄ちゃん落ち着いて。ここ病院だから……」


「ちょっと介くん。さすがに私も、そのシスコンぷりは引くから……」


 今はもう罵倒されても構わない。楓が僕と普通に話せてる、楓が元に戻ってる、楓があの魔の手から逃れられてる。


 その事実があるだけで、もう僕の胸は一杯一杯だ。


 けれど感情が溢れすぎたせいで、僕は孝子さんにガッチリ両脇の下から腕で固められ、楓から引きがされた。


 しりを向けば、孝子さんの目元にもチラリと涙が光っている。


「だ、だがこさんも……ぢょっど、泣いてるじゃん……」


「そ、そりゃあ、私だって……いきなり行方不明になるから、心配だったし……」


 一昨日。孝子さんがお酒を飲んで帰ってきたのは、楓に対するこの不安な気持ちが爆発したせいじゃないかって、僕は密かに考えてた。


 でもこの涙を見ると、僕の勝手な予感は当たってたのかもしれない。


「でも介くんの泣きっぷり見て、ちょっと涙引っ込んじゃったよ」


『介様。さすがに感情が高ぶりすぎです。もう少し抑えてください』


「……ず、ずびばせん……」


 リードさんにまで注意されてしまった……。でも……だって、嬉しいだもん。


 あんな気持ち悪い表情もしない、声は低くも渋くもない、髪色も薄汚れてない。


 普通の楓がここにいて、普通に僕と喋ってくれることが……すごく嬉しい。


 とにかく……良かった。あの時から記憶がなかったとしても、楓が無事元に戻ってくれたことが、本当に……。


「失礼します」


 コンコンと開いたままの扉を誰かが叩いた。振り向くと、そこには二人の男性が凛々りりしい服装で佇んでいた。


「すみません。警察の者です。愛田介さんは、こちらにいらっしゃいますか?」


「……はい」


 思わぬ来客を前に、僕は垂れた鼻水と涙をすぐさま手で拭って、何事もなかったかのようにびしっと直立する。


 今になって冷静さを取り戻したせいで、あのしゅうたいを少しでも見られたことに恥じらいを覚える。


 けれど、警察の方はなんでもないような冷静な面持ちで切り出した。


「感傷にひたられてるところ申し訳ないのですが……今からお話の方、お聞かせ願えますか」


 そういえば、事情聴取があるのは一昨日の酔ってた孝子さんが話していた。今日って言ってたっけ……。


「……分かりました」


「では署の方まで、ご同行願います」


「……はい」


 まだ止まない感情を努めて抑えながら、僕はこくりと頷いて歩を進め出す。


 この一歩はきっと、再帰への一歩だと僕は信じてる。まだ僕には取り戻さないといけない人達がいる。その道のりがどれだけのものかなんて、今は測れない。


 けれどこの一歩が、この先に続く道でも強く踏みしめられることを願いながら。


「あ……すぐ戻ってくるから」


「いや、絶対無理でしょ。その感じ……」


「大丈夫。楓ちゃんには私がついてるから」


 楓は何のことやらと呆気な顔して首を傾げ、孝子さんは頼もしさ溢れる微笑を浮かべて応える。


 僕はこの日常を守らないといけない。家族の一人として、兄として、大人になる者として。


『上手く説明できるといいですね』


 なぜかリードさんが皮肉たっぷりの言葉を返してきた。別にリードさんには言ってないんだけど……。


 でも僕は、この程度では挫けない……挫けるわけにいかない。


 まだこの世界のこととか自分が置かれてる現状とか、すべて理解することはまだ難しそうだけど……それでも僕は、諦めたりなんかしない。


 僕は絶対、両親を取り戻す──そう堅く、強く、彼女に誓ってみせたのだから。

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