#5 だから僕は、彼女と征く

第44話

 愛田楓様。その札が記された病室扉の横の長椅子で、僕は前屈みに座していた。


 部屋の中では急いで駆けつけてきた孝子さんが保護者として医者の方と一緒に楓の側にいる。


『お疲れであれば、眼を瞑るくらいはしてもいいのではないでしょうか』


 ずっと左斜め前でこちらを見つめる彼女が、ふとそんなことを口にした。


「別に眠たいからぼーっとてしてたわけじゃないよ。ただ……本当に、楓を取り返せたのか、疑問で……」


 思い返せば、今回の幕切れは呆気なかった。病院の時の苦労を思えば、もっとこの戦いが長引くのだと覚悟してた。


 けれど結果は、リードさんの新しいコマンドで相手の力を封じ込め、コマンドとシンクロで無理やりゴリ押して……最後は、リードさんの咄嗟の動きが明暗を分けた。


『呆気ない終わりでも、劇的な終わりでも、目的を果たせたことに変わりはありません』


 それじゃあ、今までの銃撃戦は何だったのか……と、自分でも意味不明な不満を抱く。


「というか……なにあのコマンド。知らないのが出てきて、急に形成が逆転というか……」


 まあ、あれがなければ何十体という分体を相手にしなくちゃいけない状況になってたけど……。


『あれは私が備えてきたもう一つのコマンドです。自分の周りにドーム状のシールドを』


「いや、それはもう見たから分かるよ。言ってくれたら良かったのにって」


『それだと情報過多で理解できないと思いまして』


「だとしても、使える場面が他にも」


『あれを使うには、ある程度開けた場所でないとダメなんです。病院内などの屋内では到底使えないコマンドです。そして最初の襲撃時も、家や柵が邪魔で展開できませんでした。ある意味シビアな条件のコマンドです。けれど今回は、公園の大広場での戦闘。そこには草原の中に大樹が一本だけ。だからこそ使えたコマンドなんです』


「……そういうこと」


 確かにあのコマンド能力を見てその説明は理解できる。あれだけ大きなものをその場で展開するにはあの大広場は最適だった。


 道幅の狭かった公道、屋内で窮屈な病院内と比べれば、その理屈に得心がいく。


『前にも言いましたが、我々AIには制約が設けられています。少しでも条件を満たさない場合は、例え透視の力であっても、発動した直後にオーバーヒートを起こします。フィジカルブーストで、そのことは身をもって味わってると思います』


「じゃあ……あのシールドのコマンドは、僕の筋力とかは関係あるの?」


 訊くと、リードさんは静かに頭を振った。


『あれは介様の身体面の条件ではなく、環境に対する条件を必要とするので。今回は辛うじて満たしていることを測った上での判断です』


 あの人の輪の中にぎりぎり展開できるって測ってたことなのか。やっぱ人間じゃないや、リードさんって……。


 ていうか、リードさんは人間じゃねぇって思うのも何度目だろう。いい加減分かっていることなのに、つい感嘆の息が出てしまう。


『介様が言ったのですから。みんな無事に生きて帰れるようにしたい、と』


 その言葉通り、みんな生きていた。あの女の子も、その子の妹も。


 ただ、その子の母親や、支配されていた人達のじょうはまだ知れないが、とりあえず救急車に運ばれてこの日朝病院に運ばれてきてる。


 支配されていた人達は今、どうしてるのだろう……。無事にその眼を覚ましてくれてたのだろうか。


「……ありがとう。リードさん」


 まだ楓が目を醒ましてるところを僕は見てない。でも呼吸はちゃんとしていた。救急車が来るまでずっと息してた。ひとまずは大丈夫……だと、信じたい。


『とりあえず、この件で介様は妹さんを救い出すという目的を無事に果たされた訳なのですが……』


 彼女はいやに慎重にそう切り出すと、僕の視界中央に半透明のウインドウ画面がポンっと現れる。



【被験者 00000005番の試験運用を終了してもよろしいですか?】



 リードさんと出会ったのは、記憶が確かであれば先週の水曜日。


 このウインドウ画面を最後に見たのはいつだったか覚えてないが、体感的にはかなり前だった気がしてならない。


 なぜだかこれを見て、ふと懐かしいなと思う自分がいる。


『お戻りに……なっていただけますか?』


 楓を救い出すという僕の目的は達成された。リードさんの超人的な力がなかったら、これは絶対に成し得なかった。


 リードさんがいなかったらこの一週間足らずで起きた暇も与えない相手の襲撃に太刀打ちできなかった。


 リードさんには感謝してる。でも……


「ごめん、それはまだ……。むしろもう少し……リードさんの力を、借りたいんだ」


『それはなぜでしょうか』


「……お母さんと、お父さんだよ」


 病院で戦った時に、あの二人の姿があった。絶対にあれは見間違いじゃない。生きてた……二人は生きてた。


 ずっと行方不明だった両親がちゃんと生きてるんだって分かった。


「あの時、病院で戦った時にいたあの二人を探したい。公園で戦った時はいなかったから、もしかしたら……まだどこか、近くにいるのかもしれない。その二人を探し出すまで、もう少し……お願い、リードさん。力……貸して欲しい」


 自分の頭の中にいる彼女に、僕が深々と頭を下げてるところなんて見えてないかもしれない。


 それでも今ここで、せめてもの誠意を示さずにはいられなかった。彼女には言葉で表し切れないほどの感謝があるから。


 何度も僕の体を優先してくれて、僕の言葉に耳を傾けてくれて、そして僕の目的も達成させてくれた。


 それに対する思いを体現したところで彼女には見えないかもしれない。


 リードさんはしばらく黙り込んだ後、徐に応える。


『まあ、私は……介様の意見を尊重すると言いましたから。それにアイ・コピーを捕まえた今、二人の支配は無くなってると思います。ただ……最後に言った、アイ・コピーの言葉が気になりますし、仲間がいるという発言も気になっているところです』


 あー……、遠方にいるとか言ってた……仲間の力を借りて、とかも言ってたような気がする。


『もしかしたらこの世界にその仲間が来ている可能性がありますし……協力は、します……』


「あっ! ……ありがとう、リードさん」


 一瞬ここが病院だということを忘れて、つい感情と一緒に声も張り上げそうになったのを堪えた。


 僕は努めて小声で感謝の言葉を述べるや、自分の心を落ち着けて一息吐く。


 すると、視界の中のウインドウ画面が不意にポンッと消えた。


『ただ、私が応えられる介様の要望として、それが最後だということを肝に銘じておいてください』


「……うん」


 もうこれ以上の高望みはしない、できない。そう自分の心に刻み込んで、僕はこの感謝を忘れないよう、リードさんのその言葉に深く頷いて見せる。

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