第4話
真夜中だ。
アイリーンが私のフリをして舞踏会に出ているのだとしたら、帰ってくるのは明け方になるはずだし。お父様もお義母様もすでに就寝しているため、使用人たちも休んでいる。
勝手に対応して後で怒られやしないかと思ったけれど、あまりに必死にドアを叩き続けるものだから、無視もできない。
「はい、どちら様でしょうか?」
ドアの向こうに声をかけると、男の人の焦った声が聞こえる。
「ヴァイオレッタが気分が悪くなったと言って、倒れたのだ。私は、頼まれて送り届けただけで、あとは知らない」
え?
どさりと、何かを置く音。それから慌てた足音と馬車が走り去る音が立て続けに聞こえる。
「あのー」
もう一度ドアの向こうに声をかけるけれど、返事はなかった。
恐る恐る鍵を開け、ドアを開くと、ドアの前に私のフリをしたアイリーンが倒れていた。
「アイリーンっ!大丈夫なの?」
意識を失っているようだ。
一体何があったのか!気分が悪くて倒れたって……。
送り届けた人は誰なの?
慌てて馬車が走り去る音がした方に視線を向けるけれど、すでに見当たらない。頼まれたというけれど、誰に頼まれたの?
いや、今はそれよりも……。
「誰か、誰か来てくださいっ!」
アイリーンをまずは引きずるように家の中に入れて鍵を閉める。
それから声を張り上げるけれど、私の声に誰も駆けつけてはくれない。使用人の皆が私を無視することを日常にしているからだ。
仕方がない。
階段を駆け上がりお父様の寝室を叩く。
「お父様、お義母様起きてください!大変です。アイリーンが」
不機嫌な様子で寝室をまず出てきたのはお義母様だ。すぐに頬を叩かれた。
「だれが呼び捨てにいいと?アイリーン様と呼びなさい」
「アイリーン様が、舞踏会から戻ってきました」
「あら?早いわね。だったら、いつものように風呂の準備やドレスの手入れなどあなたがすればいいでしょう。いちいち起こさないで頂戴っ」
「お義母様、アイリーン様は、倒れたと言って、送られてきたのです。意識がありません」
「なんですって?それを早く言いなさい!医者を呼んでちょうだい!それから他の者たちを起こして!早く!」
お義母様が顔色を変えて、1階に下りて行った。
「ああ、アイリーン、どうしたの、大丈夫なの!アイリーン、早く医者を!アイリーン、返事をしてちょうだい!」
悲鳴のような声が聞きながら、お医者様を呼びに屋敷を出た。
……うらやましい。
アイリーンがうらやましい。綺麗なドレスも豪華な食事もうらやましいなんて思ったことはないのに。親に心配してもらえる……それだけは、うらやましい。
涙を袖口でぬぐい、医者のドアを叩く。
「すいません、急患なんです、お願いしますっ!」
アイリーンの診察を終えた医者が、お父様とお義母様の待つ部屋に入ってきた。
この後アイリーンの世話をすることになるだろう私も一緒に注意事項を聞くために部屋に残っている。他には誰もいない。
「先生、アイリーンは、アイリーンは大丈夫なんですか?」
お義母様が小刻みに震えながらお医者様に尋ねる。お父様がそんなお義母様の肩を支えていた。
「ああ、命に別状はないよ。お腹の子も大丈夫だろう」
お医者様の言葉に、部屋にいた全員が言葉を失った。
「お……腹の……子?」
あぜんとするお義母様にお医者様が言葉を続ける。
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