第3話

「ああ、そうでした。ちゃんと調理場に伝えておかなければいけませんね。夕食と明日の朝食は抜きだと」

 パタンとドアが閉まった。

「はー。夕食と朝食抜きで済んでよかった……」

 手を見る。

 水仕事で荒れてはいるけれど、骨が突き出すほど痩せてはいない。

 正妻であるお母様が私を産んだことは貴族年間に記載されている。

 浮気相手との間に子供ができて、正妻が亡くなったとたんに再婚したというだけでも印象が悪いのに、私を放り出すなどできなかったのだろう。

 いっそ、放り出してくれたらよかったのに。

 マーサを首にしたときに、お前も出て行けと……。

 ポロリと涙が落ちた。

 世間体を気にして、二人の娘を同じように大切にしていると見せるために、ヴァイオレッタとしてアイリーンが社交界に出るのをお父様は止めなかった。厄介者の縁談を見つけてこいと最近では応援するようになっている。そして、私のフリをしたアイリーンの素行が悪かろうと、悪評が立つのはヴァイオレッタだと気にも留めない。むしろあんな義姉を持ってかわいそうだとアイリーンへの同情の声に満足しているくらいだ。

 子爵家の評判も落ちるというのに……。

 「あいつが浮気して作ったお前にはお似合いの評判だ」と愉快そうに笑っている。お母様への恨みを晴らすことの方が、子爵家の評判よりもよほど大事みたいで……。きっと、どれだけたってもお父様は私のことを娘として愛してはくれないのだろう。実の娘だと本当はとっくに気が付いているのかもしれない。家令の言うように誰が見ても私とアイリーンに血のつながりがあると分かるだろう。……お母様への負い目なのか。自分が悪いわけじゃないと思いたいからなのか……。

 だから、私は、たとえどんな相手だったとしてもこの家を出られるなら結婚したい。評判の悪いヴァイオレッタと結婚しようとする相手なんてろくでもない人間だろう。……それでもかまわない。血のつながりのある人間に嫌われるよりも、赤の他人に嫌われた方がましだ。

 それに……。結婚したら子供ができるだろう。私に、家族ができるのだ。

 お母様との思い出はないけれど。マーサが話してくれたお母様のように。そしてお母様の代わりに愛情を注いでくれたマーサのように。

 生まれた子供を抱きしめて、ありったけの愛情を注いで育てよう。

 白い結婚にならなければ相手は誰でもいい。

 ……って思うと、誰とでも寝ると噂されるヴァイオレッタと結婚しようとするなら、白い結婚を望む相手じゃないわよね?

 むしろアイリーンには感謝しなくちゃ。体目当ての相手なら子供は授かるわよね。

 一人ボッチじゃなくなる未来を想像するだけで、心が温かくなった。

「さぁ、書類を片付けないと」

 子爵家は小さいながらも領地がある。そこの税収と、3代目の子爵が起こした商会からの売り上げが子爵家の収入だ。

 年々商会からの収入は減っている。そのため、私を金持ちの家に嫁がせ、商売上手でできるだけ高位貴族の婿をアイリーンに取らせようとお父様は考えているようだ。

「収入が減っていると言っても、贅沢しなければ十分暮らしていけるのに……」

 お義母様のドレス代、宝石代、王都のタウンハウスで毎月開くお茶会……それを半分に減らすだけでも……。

 それに、アイリーンの使うドレス代も。

 あとは、ヴァイオレッタ名義のドレス代に宝石代。……私はドレス1着持ってないのに。

 屋根裏部屋には十分な明かりはない。昼間は窓から光が差し込むけれど、日が暮れてしまえば許されているのは小さなランプが1つだけ。それも、使う蝋燭の量は限られている。

 日が落ちるまでにできるだけ急いで書類を仕上げていく。日が落ちてからは蝋燭の頼りない明りと窓から差し込む月明りを頼りにしていくも、蝋燭が尽きた。

「残りは、日が昇ってからするしかないかなぁ」

 ペンを置いて伸びをすると、集中して忘れていた空腹感を思い出す。

 きゅるーんと食事を要求するようにお腹が鳴った。

「……せめて、水でお腹を満たそう……」

 調理場へ向かうために、屋根裏部屋から階段を下りて1階へ行くと、玄関がけたたましく叩かれている。

 こんな中途半端な時間に来客?

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