第27話

 2


「答える。答えるよ。アル、悪気はなかったんだが……、うっかり君の鞄を見てしまった」

「それだけ? それなら、普通だろ? 何もないはずだけど?」

 予想外の答えに、アルはレニーに詰め寄るのをやめて再び首を傾げる。

 そんな所に自分の秘密など、何処にもない。あの鞄は、家にあった古く汚れた誰も使わない鞄なのだから。

「あの鞄は、アルフレット・スチュワート氏の物だろ?」

「え? あ、うん」

 そう。アルが唯一持っている鞄は、正真正銘アルフレット・スチュワート本人の鞄だ。

「オリバーの部屋に、似た鞄があった。とても良く君の鞄に似ていて、違うのは表に加工されたブランドのマークがあるかないかだ。ブランド名はティーニア。この国のセレブ御用達のハイブランドだ」

「知ってるよ、流石に」

「ティーニアはこの国中枢に位置する富豪一族から出ているブランドで、その鞄は三年前に発売されている」

「へぇ。知らなかった。でも、この鞄は少なくとも六十年以上前のものだよ」

「そうだよ。見ればわかる。皮は汚れて傷もある。どう見ても年代物だ」

「鞄なんて、どれも似たり寄ったりだ。そんな偶然も有るとは思うけど、それで何?」

「君は、それで切り抜けられると思っているみたいだけど、この情報社会はそうではない。調べればすぐに答えを教えてくれる便利な機械があるんだよ」

 まるで原始人に現代の常識を説く様な口調に、思わずアルはムッとした顔を作るが、彼の前に差し出されたレニーの携帯の画面に映し出された文字を読むと、その顔も段々と青くなる。

「……何でっ!?」

「アル、君、本当に馬鹿なのかい? 君の家のブランドだろ? 把握ぐらいしろよ。しかも、あの部屋の目立つ所に置いてあった鞄だぜ? 僕はてっきり、君が気付いて何が何でも部屋を解消すると言い出すかと思っていたのに」

「嘘だろ? そんなもの、見てるわけないだろ! 人の腕探してるのに!」

 携帯の画面に映し出された文字には、ボレアナ財閥創始者、故アルフレット・ボレアナ氏が愛用していた鞄がついにボレアナ氏の愛孫、天才デザイナーのミカエラ・ボレアナ氏の手によって現代に蘇ると書かれてあった。

「あ、ウィキも読む?」

「読まないよ。家族の情報、ウィキで読みたい奴いないだろ?」

「そう? そこで、アルフレット・ボレアナ氏の旧姓がスチュワートだって、書いてあるのに。あと、彼の長男であり、現当主である君の父親の、その三男が一年前からピタリと表舞台から消えたことも。名前は……」

 レニーの言葉が終わらないうちに、アルはレニーの顔に携帯を押し付ける。

「もう、いい。はぁ。こんな事って、あるわけ? 信じられない。今回の事件よりも締まらない! 君も、こんな事で知って、どんな気持ちだよ!」

「マフィアの息子じゃなくて良かったと思うけど?」

 携帯を退けながら、レニーは首を傾げる。

 別にマフィアの息子でも構わないが、違うなら違うに越したことは無い。それだけだ。

「君が君なら、僕はどうでもいいよ。君の家が金持ちだろうが、貧乏だろうが、僕が親友だと認める君の価値には一ミリも関係ない。逆に、君が何故そこまで隠すのか不思議なぐらいだ」

 何の他意もないレニーの言葉に、アルは毒気を抜かれてふらふらと自分の席に戻った。

 興味がない。そういえば、彼はずっと同じことを言っていたな。

「……家出同然に家から出てきたら、家族に見つかったら困る。純粋にそれが隠す理由だけど……、そうだね。少なからず、僕はここで憧れであり、敬愛する彼の様に、アルフレット・スチュワートとして生きていきたい。ボレアナの名前は、聞きたくない。あの家、嫌いなんだ。息が詰まるし、生きづらい。僕に向いてない」

「成程」

「君はすごい奴だけど、たまに嘘を平気で吐く。本当に、僕の正体なんて気にしないと言ってもそれが本当か僕にはまだわからない。この部屋に来る前は、賞金が出ている家族に連絡されることを怯えていたけど、今は純粋にボレアナの名前に振り回される僕を君に見て欲しくない。だから、知られたくなかったけど……、いや、違うな。早い話しが、僕も君との会話楽しんでる。それを無粋なボレアナの名前で台無しにしたく無かったんだよ」

「それは、杞憂だな。僕は、目の前の君と話すのが好きなんだ。君の思考に、脳みそに興味がある。それ以外はただの付属品だよ」

 そこには、嘘もなく、ただ笑うレニーの笑顔があった。

 随分な言い方だが、アルの心は熱くなる。

 けど……。

 嘘かどうかはわからない。害がなければいい。それでも、嘘なら悲しいし、寂しい。先程自分が言った言葉を、アルは呑み込んでレニーに手を差し出した。

「じゃあ、改めて。僕はアルフレット・スチュワート。昨日からこの部屋にお世話になるよ。よろしく、レニー」

「僕はレオナルド・モーガン。君の親友だ。よろしく、アル」

 アルからレニーへ。

 差し出された手を握り、お互いが友達として共に過ごす初めの夜は、騒がしくも穏やかに過ぎて行った。



おわり


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L to A 富升針清 @crlss

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