第3話 出会いと憧憬
AM4:00
いつもよりも3時間ほど早く起きた。寝返りして離れた優香を残して風呂場に立つ。服を脱いで
痣だらけの体ではあるが外傷も多く、シャワーの水が沁みる。体も動かしただけで痛むが、毎日同じ痛みを味わっていれば慣れた方だ。とりあえずシャワーだけで済まして学校に行く支度をし始めた。
朝も昼もご飯代はご丁寧に机に置いてある。俺は優香の登校時間と同じ時間に出るので優香を起こしに行く。
「「行ってきます」」2人でそう言って家を出る。行ってらっしゃいという返事は相変わらずない。
優香と俺の朝ごはんを買いにコンビニに行く。それを2人で公園に行って食べるのがルーティーンだ。
「じゃあ優香、気を付けるんだよ?」
「うん!お兄ちゃんもね!」
そういって別れると、各々学校に向かう。
「おは~ん」「おはよう」
藍沢に挨拶される。
「2人ともおはよう~」
但馬がやってきた。
「今日ほんっと暑すぎる!」
藍沢が服をパタパタさせながら言う。それを見て俺と但馬もパタパタする。
最近さらに大雨が続き、気分が下がる。
そんなふうな毎日を過ごし、土曜日になった。明日は但馬の所属するバスケ部の試合がある。今日は土曜日なので午前授業で終わりだ。但馬以外の皆でコン部に集まり、明日の待ち合わせ時間などの詳細を話し合っている途中。
ピコンッ♪『新着メッセージが届いています』
スマホのロック画面に映ったメッセージ。
_!?
「皆、すごい言いずらいこと言ってもいい?」
口を開いたのは、皇克己。俺だ。
「なになに~まさか明日の試合行けないとでもいうのか?」
「あぁそうだ」
「え、な、え?」
俺が飄々というと藍沢は狼狽え始めてしまった。他の皆もはてな状態。
「なんで?」
冷静に聞いたのは柊だ。
「あぁ、今母親が通院してる病院から連絡があったと兄からメッセージが来たんだ。心肺停止状態だって。すごく危険な状態らしくて…もしかしたら明日行けないかもしれないということだ。」
「そ、そっかぁ。」
神々廻は動揺を隠せないようで狼狽えている。
それもそのはず。ずっと楽しみだとか、もうすぐだねとか、全員でそう話し合っていたのだ。
今突然行けなくなって、うん分かったと簡単には言えまい。
「ごめん皆」
精一杯の反省と罪悪感で包まれた謝罪をする。
「それは仕方ない。それより部活なんて行ってないで親んとこ行ったらどうだ?」
柊が気利かせてそういってくれた。理由も理由だったので承諾したのだろう。
「そうだね。行くよ。ほんとごめん」
「大丈夫!お前抜きで行ってくるけど嫉妬すんなよ~、後埋め合わせは全員になんか奢り!」
「あぁりょーかい、さんきゅ藍沢」
勢いよく部室を飛び出して走った。母親にはひどいことをされた。大嫌いなのかもしれない。一緒に居たくないのかもしれない。でも母親はいい人だ。親父のせいでおかしくなっただけ、幼いころは俺を必死に守ってくれたんだ。
やがて息を切らしながら母のいる病院に着いた。
「母さん!」
病室にはベッドに横たわる母親、横には優香と兄貴がいる。どちらも表情は晴れない。
「ど、どうなってる!?母さんの容体は!」
___
「あありょーかい、さんきゅ藍沢」
そういって皇は部室を飛び出した。楽しみにしてたのにな~。
沈黙が流れる。
………。
「じゃあ俺たちも帰るか。」
「そうしよっか」「そうしよ」
神々廻と氷川が柊に返事をしてその日の部活は終わった。
「じゃあな藍沢~」「またね~」 「うぃ~」
今日も終わった。僕は毎日繕って明るいキャラで生活して、存在しない何かに怯えている。
弱気で臆病で意気地のない僕は、怯えながら今日も過ごした。
「ただいま」「おかえり、嘉月。お腹は空いてる?」
母の優しい声が僕の心を落ち着かせる。
「うん。お腹空いた」
「わかった。ご飯の準備できたら呼ぶから、やること済ませておいてね」
学校の様子とは真逆の態度に近い。俺の母への態度は静かで穏やかだろう。
なんだか最近は気圧も低いし、五月病というのも流行っているからそのせいでか、気分が沈む。取り敢えず今はやることやるか。
風呂に入った後、夕飯を済ませ、ベッドに入る。
この時間で思い出す。苦しかった日々を。
___
ー回想ー
「よぉ、お前さ、なんで生きてんの?」
同じクラスの
「!?なんでって、え?」
「きっしょ。喋んな。」
ドンッ…!ドゴッ!ダンッ…!え、え…!?
「カハッ!…や、止めてよ。痛いよ。僕何かした?…何かしたなら謝るからッ、ガハッ…!」
「お前が何したかわかってねぇなら分かるまでやってやるよ。」
バコッ!ダン!バシッ…!
小学生にして初めて暴力を受けた。僕は何が何だかわからなくて、謝り続けた。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。何度も。でも箕輪くんたちの僕へ向ける軽蔑の目と拳と蹴りと暴言はその日から毎日続いた。
小学5年生に上がる頃、クラス替えとなる。僕は担任の先生に初めて相談をした。
同じクラスの箕輪くんとその周りの子たちが僕に暴力を振っていること。次のクラス替えではクラスを変えてほしいということ。
その頃はいじめられているという自覚がなかった僕は特に誰かに相談をすることがなかった。だから初めて人に言った。
先生はそうだったのか、わかったよ。と一言。よかった、これで箕輪くん達には暴力を振られることはない。
5年生になった、僕のクラスに箕輪くんがいた。先生に問いた。どうして箕輪くんがいるの?
「気が合わない人というのは社会に出ると山ほど出てくる。だから今のうちに練習しておいた方がいいでしょう。大丈夫。箕輪くんの周りの子たちはいないから」
僕はバカだったからそんな魂胆があったんだと先生に感心した。
しかし、箕輪からの暴力は終わることなどなかった。箕輪側の媒体の規模はさらに大きくなり、次第には僕のクラス全員が箕輪の仲間だった。
僕はいじめられている。そう気づいたのは中学1年生の頃だった。
毎日暴力を受けていた僕は仕方のないことだと思い、小学校を過ごしていた。中学に上がるとまた箕輪がいた、同じ中学校になったんだ。奇跡的な偶然だけど、すごくいやな偶然だった。
そしてまた始まる。徐々に媒体も大きくなっていく。最初は止める人も多かった。しかし徹底的にやり返されて、そういう人たちもいなくなった。
小学校よりも激しい暴力が毎日の習慣だった、後の親友が現れるまでは。
「今日は予告していた通り、転校生が来ます。入ってきていいよ~」
この時期に珍しく転校生がやってくる。新鮮で少し好奇心を掻き立てられる。
扉を開いて、気怠そうな顔をした男の子が全員の視線を集める。
「皇克己です。よろしく」
彼の声はとても綺麗で、通る声だった。
「も、もうちょっと何か言ったら、どう?」
「え、あー、朝が苦手です。あと厨二病拗らせてます」
「はいありがとう皇くん。皆拍手~。じゃああそこ座ってね」
皇という男は指定された席に静かに着席した。教室内はざわついた。彼の風貌や声、仕草、話し方、言葉選びが皆を恍惚させていた。いや、言葉選びは大して凄くないだろう。でも凄く感じたのはカリスマ性という奴だろうか。
___
ゴボッ、ガッ!
「はぁはぁ」
今日もまた暴力を受けていた。
誰かが来た気配があって、箕輪たちは去っていく。
うつ伏せで四つん這いになっている僕はどうにも体を動かす気力がない。
「なにしてんだ?お前」
その声はあの転校生の子の声だった。力を振り絞って顔を上げる。
ポケットに手を突っ込み、
目の奥の瞳は深い漆黒で、でも惹かれるような綺麗な
「いじめられてるのか。」
「いじめられ…、違うよ。小学生の頃に僕が何か酷い事をしてしまったらしいんだ。僕はそれを覚えてないから、思い出すまで…って。」
「あぁ?お前バカだろ。そんなの、いじめるための口実に決まってるだろ。」
「…。」
驚いた、そんなわけないだろと思ったが、確かに何もしていないんだ。
「立てるか?」
彼はしゃがんで僕に手を差し出した。その手を取ろうにもうまく動けない。
「こりゃあ酷くやられてんな。誰なんだ?お前にそんなことする奴」
言いながら僕を軽く持ち上げ、おんぶした。一つ一つの動きは丁寧とは言えないにも関わらず、痛みなど感じなかった。僕の体を気遣ってくれたのかもしれない。
「あ、えっと、箕輪っていう。短髪で色黒の人」
「おっけ任せろ。ちな俺皇克己」
「あ、僕、藍沢嘉月。ありがとう。克己くん」
「気にすんな。痛いもんな。…ひでぇ痣…」
「ご、ごめん、見苦しいよね」
「いや大丈夫だ」
その日はずっと克己くんと過ごした。その間は誰も僕に近寄る人はいなかった。けど克己くんに寄って来る人は沢山いた。転校生という存在に美しい風貌やカリスマ性があったからいろいろな人が声を掛けたり、見惚れていた。僕もそうだった。
サイコロカソウ 惰眠野郎 @damin_yarou
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