第2話 憔悴と決裂


 放課後、部室に着く。コンピュータ室の空調は既に心地の良いようになっていた。別クラスの柊と、神々廻が先にいたのだ。珍しい。

 「これがこっちで、この向きを変えたらどう?」「あ、いいね。流石蓮樹。」


 2人の様子を見ると文化祭で展示するロボット製作は順調のようだった。コン部では毎年ゲームを作ったり、機械を作ったり、デジタルイラストを描いたりして展示するのが伝統なのだ。


 「すごいな、結構進んでるじゃん」

 

 「蓮樹がほんとにすごいんだよね。何でもできちゃう」

 「神々廻のここがあってこその芸当だろ~、後結構休み時間とかも使ってやってるしね~」と言いながら神々廻の頭をつつく。割と強めに。

 

 2人のやり取りを見ていたら俺もやらなきゃと思い、担当しているゲーム制作に取り掛かった。藍沢と但馬とともに進めている制作だったのだが、不真面目と忙しい奴しかいないので全然進んでいない。

 だがまあ文化祭までにまだ約4か月ある。焦る必要もないのだ。


 「はぁ!涼しいー!」「え、寒ッ」

 提出していなかった課題を出し終えた藍沢と氷川が入ってきた。


 「なあー藍沢、俺たちのゲーム制作全く終わらないけど大丈夫かな」

 「それな~俺たちだけだよな~。てか氷川は終わってんの?」

 といいながら俺の隣に藍沢が着席。


 「僕のイラストはとっくに終わってる」

 氷川は変わらずいつもの端っこの席に着く。

 

 「だよね~」

 あぁほんとにめんどくさい!って叫びたい気分だが頑張って抑える。


 「ね~皇~、ちょっと恋愛相談乗ってくれやー」

 「またかよ。そういうのは俺に聞くもんじゃねぇ」

 「今回の被害者は誰だろーなー?」隣で柊が野次を飛ばす。

 

 「俺が好きになった人を被害者って言うな!いいよな~お前らは顔がいいからそれだけでモテるもんな~。特に柊なんて頭おかしいのに1か月に10回くらい告られるだろ~」

 「そんなモテねえよ。まあコン部で一番モテるのは俺だけど2番目っつったら誰だろな~」

 「否定しろ?2番は皇じゃね?でも但馬もモテるよな~」

 いつも1番近くにいるはずの藍沢が馬鹿なことを言ってる。


 「俺なわけないだろ。但馬はスポーツ万能で優しいんだからモテるのは必然だろう」

 「スポーツずるいな!てかさ、神々廻はなんでモテないん?」

 黙々と作業に集中していた神々廻に視線が集まる。


 「ちょ、え!?いいからいいから、こっちやろ」

 いきなり話を振られておどおどしている。かわいい。


 「神々廻は陰でモテるタイプだろ。まぁ俺たちの姫ポジにいるから、女子たちも関りずらいんだろうね」勝手な俺の推測だ。


 「姫扱いしてるおかげで女たちが寄ってこないのか。じゃあこれからも神々廻は姫だ。」

 おいクズいったん黙れ。

 

 「僕は男だよ。なに!姫って!」

 「男の娘だろ~。姫で合ってるよ。だってさ~、神々廻丈の丈ってお嬢さまの嬢の字だろ~?」

 柊が茶化す。ほんと人のことをいじめるのが好きなようだ。見てる方は楽しいからいいのだが。


 「違うよ!!」

 「よッ!お嬢!」変なノリに乗っかって囃し立てる。

 「お嬢!お嬢!お嬢!……」藍沢も乗っかる。氷川は相変わらずスマホを見ている。

 今日は神々廻に変なあだ名がついた日だった。


 「で、藍沢、誰なん?穂谷?」

 「え、なんで分かったのこわ。恐怖、ホラー」

 藍沢は俺の事を変顔かというレベルの表情で見て身震いする。


 「お前が分かりやすいんだよ、てかお前にしちゃレベル高いけど大丈夫か?」

 「わかってるよ…。でも好きなんだ」

 儚げに言う。ふざけてるのか分かりずらいが、これはふざけてる。

 よくあることだ、だが乗っかってやらない。


 「穂谷さん彼氏いるって聞いたよ」

 ずっと黙って作業をしていた氷川が藍沢を軽くあしらう。


 「え…、まじ?」

 氷川がyesの意味を持って眉をひょいっと上げる。


 「誰か俺を殺してくれ…、」「おっけい」「あ、苦しい苦しい」

 サイコ野郎が机に突っ伏せた藍沢の首を絞めた。


 こうして今日もまたゲーム制作は進まずに部活の時間が過ぎ、下校時間だ。部活の時間があったのに辺りはまだ明るい。特に用がなければいつメンと一緒に帰る。どうせ通勤ラッシュで電車も混んでて、何か話せるわけでもないだろうに。

 でも、こいつらといると心が浄化されたような、気が晴れたような気分になる。普段生きた心地がしない生活を送っている俺にとって、何よりも価値が高い時間だ。


 「じゃあなー」「「またな~」」

 最寄りに着く。ここから自転車で10分ほどが自宅だ。帰りたくない……。だが帰るしかない。一息ついて自転車にまたがる。

 ___


 「ただいま。」

 そう言っても「おかえり」という言葉が返ってくることはない。


 足早に自分の部屋へと逃げるようにして入る。ネクタイを緩めながらベッドに倒れた。特にやることもないからぼぉーっとする。部屋着のズボンに、胸元がよれよれのTシャツに着替える。

 こうして逃げている時間も無駄だしらちが明かない。夕飯の時間だし、行くか。


 「なに。帰ってたの?」

 母の冷たい声は俺に向いているのだろうが目線はスマホにあるまま。


 「うんただいま。夕飯は?」

 「自分で勝手にして」

 机には1000円札が2枚置いてあった。今日も。


 「|優香(ゆうか)はもう食べたの?」

 「…。」

 食べていないようだ。1000円札2枚を持って、優香のいる部屋に行った。

 

 「優香、ただいま」

 すると…、

 「おかえり!お兄ちゃん遅いよ~寂しかった。」

 げっそりとしてやつれていたであろう俺の顔を晴らした。俺の中で、優香の存在が家の中で唯一の癒しだ。

 

 「ごめんね。一緒に夕飯買いに行くか!」

 優香と同じ視線になるよう、かがんで話す。

 「うん!」そう言いながら俺の胸に飛び込んでハグをした。あぁ。幸せだな。


 うちの家は貧乏ではないのだが、両親と兄が人として終わっている。恐らく俺も。だから家庭が崩壊しているのだろう。

 妹の優香はまだ小学校低学年だ。優香が生まれる前までは、俺を容赦なく殴り蹴りしていた兄貴と親父。それを止めようと必死になってくれた母。妹が生まれてからたがが外れたのか、母はそれを無視をするようになった。

 「どうして暴力を振るうの?」そう聞いても、日常の腹いせだ。と返ってくるので俺が何かしたわけでもない。だからそのうち妹にも手を出すだろう。


 その時は俺がちゃんと守ってやる。そう心に決めている。

 

 妹との夕飯の時間が終わった。今日も食べる量は少なめにした。吐いてしまうから。けどその分お金が溜まる。一石二鳥じゃね?←違う


 「おい」

 兄貴に声を掛けられる。くっそ。

 ともにいる優香に、「部屋に戻ってて」となるべく優しく、笑顔で言う。妹は部屋に入っていった。行かないでくれ。

 

 ドゴッ…ドンッ!ガッ、

 「グホッ…ガッ!ゲホッ、カハッ!」

 俺の肉体を殴る拳の音は鈍い音を出し、恐怖に怯える俺の荒い息はずっと頭の中を反芻はんすうする。

 殴られている時はいつも友達や妹の笑顔が脳裏を埋め尽くす。きっとそれだけが救いだ。良くも悪くもこんな時にこれでもかという笑顔が見えるなんて。


 胸ぐらをつかまれて持ち上げられたら、大体次は顔面だ。


 「どけ」

 大嫌いな重低音の声が俺の鼓膜を揺らした。強張っていた身体は震えが止まらなくなっていた。

 

 「親父、」

 兄貴でさえも親父の存在は脅威だった。もとより親父が兄貴を虐待し、腹いせに俺が殴られている。成長した兄貴は親父に対して反抗するようになったため、暴力の対象は反抗してこない俺に動いたのだ。

 兄貴は親父に辟易へきえきすると、爪を噛んで汗でしっとりしている髪を搔きむしり、自分の部屋へと戻った。

 ___

 

 目が覚めると傍には俺に抱き着いたまま寝ている優香がいた。気絶していた俺をベッドまで運んでくれたのか。心配かけてすまない。全身が軋むように痛む。顔などの露出しなければならない所は当たらないよう粘っているから怪我が目立たない。


 気絶するのは珍しくないが今日はいつもより長い時間気絶していたようだ。全身は汗でびっしょりだったが、優香を起こさないためにも風呂にも入らずそのまま眠った

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