第18話 キウソの旅路②
キウソは眠っていた。布団の中でうずくまって、顔を横にして寝ている。
だが、キウソは眠りながら、異様な気配を感じていた。
背中がゾワゾワするような、身の毛がよだつような──
「見つけた」
突然、声が聞こえた。キウソは気配が一気に強まったのを感じ、思わず飛び起きる。
目の前には赤い髪の、顔の上半分を隠した男が立っていた。戸が開いているので、そこから入って来たのだろう。明らかに怪しい男を前に、キウソは警戒する姿勢をとる。
「怖がらないで。俺はあなたを迎えに来たんだ」
「……なんだって?」
キウソはさらに警戒を強める。言ってることがあまりにも荒唐無稽すぎるのだ。それに──
「あなた、鬼でしょう?」
キウソは問う。この男が放っている異様な気配は、妖気で間違いないのだ。子供達を供養したあの日、鬼となったナガルと同じ気配なのだから間違いない。
「さて、どうだろうね」
男は口元に笑みを浮かべて言った。肯定もしないし、否定もしない。キウソからしたら、鬼以外ありえないのだが。
「それにあなた、
キウソは尋ねる。
「……ふうん、どうして?」
「だって、あなたは妖気を纏っていますし、理性を保てています。僕を殺すことなど、造作もないことですよね」
「へえ、驚いた。これほど俺の力を見抜くなんて、本当に才能があるようだ」
男は喜色の声で言う。
「……やはり、連れて行かないといけませんね」
男がそう言った瞬間、キウソの身体がふわっと浮き、そのまま男に抱えられた。男はキウソを抱えて部屋を飛び出し、そのまま階段を降りようとする。
「……降ろしてください」
キウソは抱えられながら言う。
「それは無理な相談だな」
「まあ、そうですよね」
キウソは言う。本当は大声を出してレイカを起こしたいのだが、そうしてしまうと一般の客も巻き込んでしまう。だから、迂闊にそのような行動は出来ない。どうにかしてレイカが気付いてくれれば良いのだが……
「言っておくが、俺は三体の鬼を使役できる。助けを呼ぼうなどと、考えぬことだ」
男はそう言い、出口の方へ駆けていく。
(鬼がさらに三体……レイカさんでも荷が重すぎるんじゃ。この男の強さはわからないが、弱いわけがないし、他にもいるなら尚更危険だ。死ななくても、重症を負ってしまうに違いないし、最悪の場合、宿の人たちも巻き込んでしまうだろうな。だったら……僕は大人しく連れ去られるしかない。それで後からレイカさんが僕について『
キウソはそう結論付け、レイカを信じることにした。レイカと一緒にいた時間はかなり少ないが、それでも彼女が情に篤い人だと分かる。キウソは静かに抱えられ、宿の外の通りに出た。男はそこでキウソを降ろした。
「ここから州境へ行って空間転移をする」
「どうしてここじゃないんですか?」
「誰かに気取られてしまってはいけないからね。向かう途中、俺はあなたを抱えては行かないけど、逃げようなどと考えないように」
「……はい」
キウソがそう言う。男が歩き出し、キウソも着いて行こうとした、その時──
「そこのあなた! 待ちなさい!」
宿の入り口で誰かが叫んでいた。驚いてそちらを見ると、レイカだった。
「狩人か。お前たち、始末しなさい」
男がそう言うと、男の足元から三体の獣が現れた。猿、鳥、犬だ。獣たちはレイカに襲いかかるが、レイカは一瞬のうちにその三体を斬り捨ててしまった。見ると、短刀を手に持っていた。
「なるほど、強いな。ここで俺が始末してもいいが──」
(俺の手下共を一刀両断するとなると、どこかの四星の弟子か何かか? 一般の狩人だったら多少は手こずるはず。見られてしまっては上に報告されてしまうだろうし、口封じのために殺してしまうのも手だ。だが、それはそれで勿体ない……)
男はキウソの方を見る。
「あの女はお前の知り合いか?」
男がキウソに問う。
「そうです」
キウソが答えると、男は「そうか」と言って、地面に手をかざす。すると先ほどレイカが倒したはずの獣が地面から飛び出して来た。
「えっ!?」
「どうして!?」
キウソとレイカが同時に驚きの声を上げる。男は何も言わず、レイカの方へ歩む。鬼たちはキウソの周りを囲み、逃げられないようにする。
「お前、あの子を守りたいか」
男がレイカに訊く。
「もちろんよ。こちらも任務なので」
「そうか。あの子を守りたいなら、お前も俺に着いて来るがいい」
「は? とぼけないでちょうだい。あなたは、私に今から祓われるのよ、邪鬼め!」
レイカは男に斬りかかる。が、その前に男はレイカの背後に回っていた。
「え……」
レイカがそう呟くと同時に、男の手が首に直撃する。レイカは気を失って倒れた。
「レイカさん!」
「大丈夫、気絶しただけ。この女もお前と一緒に連れて行く。逃げ出したくなったら、その女を通じて四星に報告すればいいさ」
「……!」
(僕たちが四星と繋がっていることがバレている……? マズイな、もしかしたらギョウコウのことも知られているかもしれないし、下手に動くとみんなに被害が出る可能性も……。しばらく、大人しく従った方がいいかも)
キウソはそう思いながら、男を見る。男は獣たちに指示を出したのか、犬がレイカさんを背に乗せ、猿がそれを支えている。鳥はキウソの周りを飛んでいる。おそらく監視用だろう。
「さあ、そろそろ行こう。主様がお待ちだ」
男がそう言い、キウソたちは歩き出し、州境の方へ向かった。
州境へ着くと、キウソとレイカは唖然とした。なぜなた、州境を守護する兵士たちが全員倒れているからだ。
「なにこれ……」
キウソが呟く。
「眠らせているだけだ。見られると都合が悪いからね」
男が言う。
「あの、空間転移してどこに行くんですか」
「東だ。かなり距離があってかなりの負担を負ってしまうかもしれないが、我慢してくれ」
「……わかりました」
「では、俺の手を握って」
「はい」
キウソが男の手を握ると、地面が青く光り、身体が少し浮いたような感覚に陥る。そして一瞬にして目の前の景色が変わり、一回瞬きしたときには周りの景色が変わっていた。周りには木がたくさんあり、おそらく深林の中に転移したんだろう。
「手を離して大丈夫だ。調子は大丈夫か?」
キウソは握っていた手を離す。
「大丈夫です」
「……そうか、よかった」
男はそう言い、一歩進む。そして手を前に突き出し、何かを唱え出した。数十秒経った頃、男は唱えるのをやめ、後ろに下がる。すると目の前の景色が歪み、空間に一本の線が縦に入る。そしてその線は段々と膨らみ、最終的に大きな楕円になる。人が数人入れるような穴が出来たのだ。
「ここに入る」
男がそう言うと、その穴の中に入って行った。続けて三頭の獣がその中に入り、キウソも入った。
入ると、そこは幻想世界だった。
満月を反射している川には真っ赤な橋が架かっており、川の向こう側にかすかに青い花が見える。岸辺一面に広がっていて、きっと近くで見たらすごく美しいだろう。広い青い花畑の遥か向こうには切り立った高い山があり、その中腹には真っ黒い宮殿がある。
「あそこへ向かう」
男はそう言うと橋を渡り始めた。キウソはあの宮殿へ向かうと言われ、気が遠くなった。が、ここまで来て抵抗するのも愚かだから大人しく着いて行く。
橋に足をかけ、数歩歩いたとき、急に景色が変わった。見ると、あの花畑の果てにあった山の中腹にあった宮殿が、目の前に立ちはだかっていた。目の前には門がある。橋がどうなっているのかと思って後ろを見たが、橋はなかった。代わりに、山を下るための階段が下に続いていた。
(空間転移……?)
キウソは今の感覚は空間転移に似ていると思った。だが何かが違う。あの浮遊した感じがなかったと言うか……
「ソソ様! モモが帰りました」
男が目の前の門に向かって言った。すると、どこからか声が聞こえてきた。
『おかえり、モモ。ちゃんと連れて来たみたいだね』
「当たり前でございます。貴方様のご命令を完璧に遂行してこその、俺ですから」
『うん、ありがとうね。さて、そこの君。私の創った幻想郷へようこそ。顔を早く見たいから、あなたたたちを転移するよ。いいかな?』
謎の声が言う。
「……一つ教えてください。ここはなんですか? 自分で創ったって言っていましたけど」
『ここは亜空間『
「お気に入りの一つ? まさか、こういう空間が他にもあるんですか」
『そう。このくらいの大きさのはあと三個ある。『
「そうなんですか……」
(おそらく空間魔法だと思うけど、ソウカさんから聞いた話だとこんな大規模なものは常人には作れない。ましてやそれを維持しているのが、三つもあるなんて。まさか、この声の主は
キウソがそう考えていると、また謎の声が聞こえてきた。
『どうやら君は私に怯えているようだね。じゃあこうしよう。私が君たちを“ここ”に空間転移する。そして君たちは私の話を聞く。それを聞いてもなおここから出たいのであれば、引き留めることはしない』
「……本当ですか」
『もちろんだよ。勝手に連れて来てしまったのはこちらだし、無理に引き留めてもいいことはないからね。どうだい?』
声は言った。キウソは少しばかり思案したが、すでに結論は出ていた。
「……わかりました。僕たちを入れてください」
『よし、では空間転移をするよ』
声がそう言うと、少し浮遊し、景色が変わった。
キウソたちは大広間のような場所に転移した。部屋の真ん中には絨毯が敷いてあって、その先には玉座のような椅子があって──
「ようこそ。私の宮殿へ」
その豪華な椅子には薄い、青と緑の中間のような髪色の、金の飾りを付けた身体つきの良い男が座っていた。その隣りには茶髪の女性が立っている。
「私の名前はソソ。そして、君たちを案内してくれたのがモモだ」
男──ソソが言う。
「あの、あなたたちは何者なんですか?
「ふうん、私たちの危険性を見抜いたんだね、さすがだ。モモは君の言う通り、
「じゃあ──」
「私の正体についてはまだ明かせない。だけど、一つだけ、教えよう」
「……なんですか?」
「ふ、それはね──」
ソソは立ち上がり、声を高らかにして宣言する。
「──私はソソ。四神の一人、『青龍』だ」
孤独な雀は涙をこぼす @muya_3726
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