第17話 キウソの旅路①
ギョウコウが中央へ旅立って、二日が経った。今日は三日目。
キウソはカイロウの診療所で、迎えを待っていた。この二日の間で、ソウカさんから色々聞いた。鬼のことや、精霊のこと。精霊魔法と心魂魔法についても教えてもらい、風の精霊魔法も教えてもらった。まだ弱い風を短い時間吹かすことしか出来ないが、ソウカさんはとても褒めてくれた。最近は身体のちょうしもよく、外で動いても問題ない。火傷も治り、痕だけ残った。カイロウによれば、火傷痕だけで済んだのは想定外だったとのこと。
──無意識に『心魂魔法』を使っていたのだ。我も未だに信じがたいが、あの火傷からここまで回復できたのは、それのおかげであろうよ。
ソウカさんはそう言っていた。
──キウソ殿は魔法の才能があるようだな。我は、貴殿の未来が楽しみだ。
ソウカさんは笑った。初めて見たときの冷たい印象など、この時にはすでに消えていた。
そんなソウカさんは、今カイロウと朝食を作っている。なんでも、キチョウさんは朝食を軽く済ませてしまう傾向があるようで、自分がしっかりしたものを作れば食べてくれるのでは、と思ったらしい。もともと簡単なものは作れたみたいなので、すぐに料理を覚えたようだ。昨晩、ソウカさんが作った料理を食べたのだが、今まで食べたきたものと比べ物にならないくらい美味しかった。それを伝えると、今日の朝食も作ると言ってはり切っていた。キウソも手伝おうかと提案したが、楽しみにしていて欲しいから待っていて欲しいとのこと。なので今は朝食待ちだ。
「キウソ殿、朝食が出来たぞ。さあ、ぜひ食べてくれ」
そう言い、ソウカさんが円卓の上に皿を置いた。皿には炒めた肉と青菜、茹でられて柔らかくなっている四等分されたじゃがいもがある。
「調味料は
「醤?」
「うむ。とても美味なのだぞ。ささ、早う食え」
ソウカさんが言う。キウソは箸で肉をつまみ、口へ運ぶ。口の中にブワっと肉汁が広がり、なんとも言えない素晴らしい旨味が口の中を満たす。
「美味しい……」
「であろう? カイロウ殿がより美味しくなるような作り方を教えてくれたのだ」
「そうなんですね。あの、とても美味しい料理ありがとうございます。どうお返ししたら……」
「よいよい。我は、貴殿が成長するのを見ることが出来れば十分だ。色々学んで来ると良い」
「はい、ありがとうございます……」
キウソはそう言い、黙々と朝食を食べた。静かに目を潤ませながら、素晴らし料理を噛み締めながら。
二時間ほど経った時、診療所の戸を叩く音がした。キウソたちは玄関に向かう。戸を開けると、そこには背が高い藍色の髪の女性が立っていた。背に箱を背負っていて、腰には短刀を提げている。
「初めまして。『
女性──レイカが言った。
「僕です」
キウソが言うと、レイカはそちらを向く。
「あ、あなたですね。『薬師』様のところへ行く準備はできていますか?」
「はい。もう出発出来ます」
「わかりました。では、向かいましょう」
「はい」
「キウソ殿、また会おうぞ。より美味になった我の料理を食わせてやるからな」
ソウカさんが言う。
「ありがとうございます。ぜひお願いしますね」
「うむ!」
ソウカさんはニコリと笑み、キウソを送り出してくれた。キウソはレイカに連れられてゲツナン村を出て隣街へ向かい、身分証を発行する。ギョウコウやキウソは知らぬことだが、キチョウがリジンの邸宅を後にした後に手を回してくれていたおかげで、保護者に関する問題はすぐに片付いた。
身分証を発行した後は南部狩人組合があるキョク州へ向かう。ギョウコウはキチョウの空間転移によってすぐに移動できたが、キウソはそうも行かない。キウソもレイカも、空間転移を扱うことが出来ないからだ。
「しばらく歩くことになるけど、大丈夫?」
歩きながら、レイカが訊いてきた。
「はい、大丈夫です」
「宿屋代は私が払うからね」
レイカはそう微笑みながら言った。一見すると冷たそうな印象を受ける顔だが、優しさも感じる。
「ありがとうございます」
キウソは言う。この日は露店で食べ物を買いながら、サク州とキョク州の州境方面へ歩いた。かなりの距離を歩いたが、キウソの体調が大きく崩れることはなかった。近頃、本当に身体の調子が良い。日が暮れてきたとき、キウソたちは宿に入った。決して贅沢な宿ではなかったが、キウソはその綺麗さに驚いた。木材は傷んでいないし、丈夫。そして隙間風が入ることもなくてすごく快適。普通のレベルなのだが、キウソにとっては高級な宿そのものだった。
レイカは二つ部屋を借り、女中に案内してもらう。隣の部屋だ。
「今日はもう休んでくださいね。何かあったら私に言ってね」
レイカが言う。
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
「いいのよ、そんなに畏まらなくて。じゃあ、私は部屋にいるからね」
そう言って、レイカは自分の部屋へ入って行った。キウソも自分の部屋に入る。
寝台に腰を下ろすと、一気に疲れが押し寄せてきた。キウソは耐えられず、静かに眠りについた。
次の日、キウソとレイカは早々に宿を後にした。今日頑張って歩いて州境に着くかどうか、という具合だ。もしかしたら、今日もサク州で宿を借りるかもしれないらしい。キウソとしては、歩きながら色んな場所を見るのが楽しいので、何日歩いても構わないと思っている。だが、レイカは早くキウソを『薬師』のところへ連れて行きたいらしい。
「だって、キウソさんは才能があるみたいだし、本格的に魔法を学んだら、めっちゃすごくなると思うんです! それに仲間達もいい人ばっかで、早く紹介したいんですよ!」
歩きながらレイカは言う。
「どのくらいの人がいるんですか?」
「うーん、そうだねぇ……二百人くらいかな! まあ、半分くらいは医学生で、もう半分が狩人って感じなんだけど」
「二百人……多いんですね」
「そうねー、でも『聖女』のとこにはもっといるんだよ。学校があるからね」
「学校……」
「そう。だから多分……千人は超えるかな。行ったことないからわからないけど、友達の話を聞いた感じそのくらいだと思う」
「たくさんいるんですね……。あ、レイカさんは狩人ですよね」
「そうよー」
「あなたも見習いなんですか?」
「そうそう! 結構長い間『薬師』様のところにいるから、結構出来る方だと思う! 君を守れるくらいには、実力があると思ってるよ」
「レイカさんは護衛も兼ねていたんですね」
「もちろんだよー。中央に行くまでかなり日がかかるし、もし鬼が現れたら大変だからね」
「そうですね、ありがとうございます」
「あはは、いいのよいいのよー」
レイカはそう言いながら、顔を赤らめる。照れているのだ。
しばらく歩いて日が暮れて来たころ、レイカが口を開いた。
「今日は州境は越えられなさそうだねー。州境までは行けるけど、越えた後に宿を探し始めるのは時間がかかるからね。今日はこの辺で、宿を探そうか」
キウソ達は現在、賑やかな繁華街にいた。もう日がくれていているというのに、人が多い。州境が近くということもあって、賑わっているのだろう。店がたくさんあるし、屋台もある。妓楼が立ち並んでいる通りもあったが、レイカがさっさと抜けてしまった。決して、興味があるわけではないんだけどね。その通りを抜けると、今度は宿の通りになった。高級な宿から低級な宿まで様々だが、どの宿も客はそれなりにいるようだ。キウソ達は、昨晩泊まった宿と同じくらいのレベルの宿に入って行った。昨日のように部屋を借りて、別々の部屋で寝泊まりする。キウソは部屋に入ると少し寝台に横になった後、桶を取り出して身体を洗った。身体を洗うだけで垢が取り除かれるのを感じて、心地よくなる。
身体を拭いたら、今度こそ寝る。寝台に横になって、布団を被る。キウソはすやすやと寝てしまった。
──キョク州とサク州の州境。門を守っていた一人の兵士は、その賊を見てしまった。
賊は仮面のようなもので顔の半分を隠しており、素顔はわからない。禍々しい赤色の髪は、まるで鮮血のようだ。そしてそいつは、たった今仲間の兵士達を全員殺した。言うまでもなく、化け物だ。しかも、仲間の数人は賊にやられたのではなく、獣に襲われたのだ。チラッと見て分かったのは、その獣は猿と鳥、そして犬だった。
兵士は先ほど、仲間達が襲われているのを尻目に、なんとかその場から逃げ出すことが出来た。仲間を盾にするようで気が引けたが、死ぬよりはマシだと思ったのだ。兵士は走り、街の方へ向かった。街へ向かえば人も建物も多いし、あの化け物共を撒けると考えたのだ。しかし、そう簡単にはいかず。
兵士が数分走ったあと、賊が追いかけて来たのだ。賊が近づくにつれ、鼻の奥を突き刺すような異臭が強くなる。兵士は仲間から、このような匂いは鬼が発するものだと教えてもらったことがある。
(あれは、あれは鬼──!)
兵士は仲間を襲っていた三頭の獣も鬼なのでは──と思い至るのと同時に、絶望感が押し寄せて来た。
(鬼が四体も……しかも、あの賊が三頭を使役しているとしか思えない。とすると、まさか──)
賊は逃げる兵士に追いつき、兵士の首を掴む。そして、兵士の身体を地面に押し付けた。
「ウッ……!」
兵士は顔を地面に押し付けられ、うめき声を上げた。賊は首を持っていた手を離し、代わりに兵士の背中を左足で踏んだ。
「うふふ、まさか逃げ切れるとでも?」
賊は左足で兵士を踏みつけながら、口元をニヤリと歪ませて言った。
「……お前は、
「んふふ、どうだろうねぇ」
賊は不気味な笑みを浮かべて答える。
「さて、兵士さん。あなたには少しの間寝てもらう。夜が明けたら目覚めるから、安心するがいいさ」
そういい、賊は兵士の顔に手をかざす。
「ま、待て! 他の者たちは殺したのだろう? なぜ俺だけ──」
「ん? ああ、見事に術に嵌ってくれたようだね。あれは幻。ほんとは眠らせてるだけだから、安心しな。恐怖させるためにわざわざ幻術をかけただけだからね。だから、そろそろお前は寝な。俺は用事があるからね」
賊がそう言うと、兵士は気を失った。眠ったのだ。
賊は立ち上がると、街の方を見る。
「さて、仕事を始めようか」
そう言って、賊は歩き始めた。三頭の獣も主人についていく。
夜闇に、一人の赤髪の男と三頭の獣が静かに歩いている。
──これから何が起こるか、キウソは知る由もなかったのである。
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