第16話 『夢幻』

 ショウラよ、どうしてなんだ?


「ギョウコウさん、痛みはどう?」


 褐色肌の銀髪の少年がギョウコウの怪我を治癒する。そう、リジンである。

 帰って来た後、ショウラがギョウコウの怪我を治癒できる人を連れてくると言って消えたかと思うと、あろうことか、『白亜の天使』であるリジンを連れて来たのだ。そして、リジンが僕に治癒魔法を施したのである。ショウラは謎の大きな箱を持って帰って来たし、よくわかんない人だ。帰ってからそのまま治癒してもらったので、リョウランとメイも一緒だ。ショウラもリジンも気付いていない様子だったが、二人は羨望と嫉妬の眼差しを僕に向けていたのである。


「ああ、大丈夫です……」


 ギョウコウがそう答えた今も、二人は視線を送ってきている。これにはなんとか耐えるしかない。


「なら良かった。これからシンとサンから魔法を教えてもらうんでしょ?」

「はい。聞きたいことがたくさんあるので、たくさん聞いてみるつもりです」

「そっかそっか。怪我は治ったし、俺はもう行くね。リョウランさんとメイさんも、頑張ってね」


 そうリジンは言って、手を振りながら部屋を出ていった。


「リ、リョウラン、私達、『天使』様に……!」

「お、おう、そうだよな、俺たち、名前を呼ばれたよな!」


 二人は興奮していた。リジンに名前を覚えられていて、しかも呼んでもらえたのだ。二人にとって、それは至上の喜びなのである。


「お前たち、まだ少し時間があるから、部屋で少し休んでいるといいよ」

「いいんですか、師匠?」


 リョウランが言う。まだ興奮で顔が火照っているが、落ち着きは取り戻したようだ。


「ああ。かなりの時間歩いたしね」

「なるほど、わかりました」

「うん。ああ、それと──」


 ショウラは持って来ていた大きな箱をギョウコウに渡す。両腕で抱えなくてはならないほどの大きさで、それなりに重みを感じる。


「あの、これ……」

「これはギョウコウさんの新しい服だよ。『遊子』様からの贈り物だそうだ。普通の着物と、精霊着が何着か入っている」

「精霊着?」

「対鬼用の服で、精霊に反応して身体全体を結界を覆い、強すぎる妖気から身を守ってくれるものなんだ」

「精霊と反応って、どういうことですか?」

「自然界にいる下位精霊はもちろん、身に宿している上位精霊の精霊気に触れることで発動するんだ」

「なるほど……」


 ぶっちゃけ、まだ精霊のことはよくわからない。


「わからない事は、シン殿とサン殿に訊くと良いよ。私は魔法を使えないし、狩人でもないからね」

「え、そうなんですか?」

「あれ、言ってなかったか。私は刀と剣だけを極めているんだよ。『天使』様は、そんな私の腕を買ってくれたのだがね」


 ショウラは言う。


「そうなんですね。後で、シン殿とサン殿に訊いてみることにします」

「うん、それが良い」


 ショウラは笑んで部屋を出て行った。ギョウコウ達も、自分達の部屋へ戻って行ったのだった。




 ギョウコウはリョウランに細かい着方などを教えてもらいながら着替えた。


「これで大丈夫かな」

「ああ、大丈夫だ」


 黒色の上衣と白色の下衣。そして上に上着を着て帯を着けた。膝上まである下衣の下では、黒色の布が脚を覆っている。


「これ初めて見た。これも精霊着?」

「そうだ」


 リョウランがそう教えてくれる。脚全体にピッタリと密着していいて、試しに歩いてみると布が伸縮して動きやすい。


「すごい、これ! こんな風に伸びる布、初めて見た……」


 ギョウコウが感嘆する。


「それは外の国から輸入された布らしいぜ」

「へえ……」


 ギョウコウは外の国の物を見た事がなかったので、とても新鮮だ。


「これ……精霊着って全部黒いの?」

「ああ、そうだぜ。特殊な素材で出来てて、それのせいで黒くなるらしい」

「なるほどね」


 思い返せば、リジンも、キチョウさんとソウカさんもそうだった。上着はみんな色々違ったが、たしかに、中は全部同じだった。


「お前、マジで恵まれてるぜ? それ『遊子』様が選んでくれたやつだろ。ちゃんと使えよな」

「うん」


 ギョウコウは頷いて、寝台に横になった。


「おい、寝んのかよ」

「ちょっとだけ……」


 ギョウコウは目を閉じる。初めての任務で久しぶりに動いたから、疲れてしまったのだ。

 寝台に横たわるギョウコウを見て、リョウランも寝台に寝転ぶ。二時間の間、二人は深い眠りにつくことになる。


 ――


 真っ白な空間。見覚えがある。あの不気味な子供、いや、一人称が“僕”

だったから少年だろう。そいつがいた場所だ。ナガルもいた。

 見渡すが、特に何もない。前回は空気のように実体がなかったが、今回はちゃんと身体がある。


「やあ、こんにちは」


 唐突に、後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこにはあの少年がいた。


「……誰なの」

「んふふ、僕が何者か知りたいようだね? いいよ、教えてあげる」


 少年はギョウコウの方に来て、顔を近づける。


「僕はキミを守護する者だ。ここは僕が創った『夢幻』で、キミを守っているんだ。友達の頼みでね」


 少年はニヒルな笑みを浮かべる。


「友達?」

「そうさ。あー名前なんだっけ、金髪のヤツだよ。キミ、会ったことあるでしょ?」

「……キチョウさん?」

「そーソイツ! アイツが僕にキミを守って欲しいって言ってきたんだよ。アイツの方が僕より強いから、従う他なくてね」

「守るって……何から?」

「おや、気付いてないのかい? キミにはね“精神支配”の使い手が追手として放たれているんだよ」

「追手!?」

「キミは特異だからね。身の安全は『天使』や『両翼』がいるから安心だけど、精神攻撃には対処しきれない。そこで僕の出番ってワケ」


『両翼』──シンとサンのことだろうか。『天使』の『両翼』ってことか、カッコいいな。

 そう思っていると、少年はギョウコウから少し離れて、手を広げる。


「この『夢幻』の空間は、キミが眠っている時のみ発動する。だけど、起きているときも僕はキミを気にかけてるから、何かあったら声をかけるといい。すぐ反応してキミを守ってあげるから」

「うーん、いまいちよくわかんないんですけど、リジンさんはあなたの存在を知ってるんですか?」

「いや、知らないね。キミが危機に陥ったら、あの少年はキミを助けるはずだ。だから、身の安全だけは確実って話」

「なるほど。でも……僕だけ守られてても、キウソにも追手を放たれていたら危ないんじゃ……」


 ギョウコウがそう呟くと、少年は笑顔になる。

 

「心配ないよ、そっちにも手は回してあるからね。残念ながら、僕はキウソくんの夢に入ることはできないんだけど、僕よりも強いヤツが付いてくれる予定さ! だから安心していいよ」

「そうですか」


 それなら大丈夫だと、ギョウコウは安心する。この少年を寄越したのはキチョウさんだと言うし、きっとキウソを守ってくれる人も信用できるだろう。


「そそ。じゃあ僕はそろそろ行くからね。また後で顔見せようかなー」

「あ、待って。あの、名前を教えてくれませんか?」

「ん? 名前ー?」


 少年は不思議そうにギョウコウを見る。なぜそんな目で見られなければいけないのかわからない。ギョウコウとしては、呼び方を決めるために訊いただけなのだが──


「あんま名前は教えないんだけど、まあいっか。僕はシア。キミはギョウコウだよね?」

「うん。えっと、シアは何歳?」

「あー、十五。同じ?」

「うん、同じ」

「ふうん。なんか、良いな。他に用はない?」

「うん、ない」

「そっか。じゃあ僕は行くね。また後で」

「うん、また後で──」


 ギョウコウがそう言うと、視界が暗転して意識が消えた。シアの『夢幻』から解放されて、深い眠りについたのだった──


 ――


「ったく、お前さぁ! すぐ起きろよぉ!?」

「ご、ごめん」

「寝るのは良いことだけどよぉ、寝過ごしちゃダメだぜ」

「うん、気を付けるよ」


 そう言って、ギョウコウは起き上がる。


(またリョウランの手を煩わせてしまった……。ほんと、気を付けないと)


 ギョウコウとリョウランは部屋を出て、庭園へ行く。既にメイがいて、横にはシンとサンがいた。


「よー、お前ら! やっと来たなあ」


 サンが叫ぶ。横では、シンがニコニコしていた。


「今日は魔法を教えるということで、ギョウコウさんには基礎を、リョウランさんとメイさんには少し難易度の高いものをやってもらおう思ってます」


 シンが言う。そのシンの言葉にくらい付いたのが、リョウランだ。


「おいおい、二人と戦えるんじゃねぇのかよ!? 俺楽しみにしてたんだぜ?」

「はっ、リョウラン、ボクらとやり合いたいの?」


 サンが質問し返す。


「おうよ! やってやろうじゃ──」


 そう言い返す前に、リョウランを核として氷が発生し、一秒経たぬ間にリョウランは氷漬けにされてしまった。


「ふん! ボクらに勝とうとか、百年早いんだよ!」


 サンはそんなありきたりな言葉を、ふんっ、と鼻を鳴らしながら言った。


「ねえ、サン。やめてあげて?」


 シンが言う。


「えー」

「リョウランさんが凍ってしまうよ」

「うー、まあ、いいか。じゃあさ、シン、やって?」

「はいはい」


 そう言ってシンは凍ったリョウランの方へ行き、氷に触れる。すると、リョウランを覆っていた氷は一瞬にして消えた。解放されたリョウランは寒そうにうずくまった。


「ちょ、凍らすのはヤバいって……」


 リョウランはそう情けなく言う。そんなリョウランにシンは「喧嘩する相手は選ばないといけませんね」と笑みを浮かべて言う。


「さ、さっさと始めよう。オレはギョウコウさんに付くから、サンはその二人ね」

「わかった!」


 サンはそう言って、リョウランとメイを連れて行ってしまった。


「さて、と。ギョウコウさん、早速、オレに炎を放ってみてよ」


 シンが言う。


「え!? でも、そしたらシンが危ない──」

「大丈夫。オレ、炎を無効化できるから」

「そう、なの?」

「うん。もしオレが怪我を負っても、君の責任にはしないから。だからさ、さっさと放っちゃって」

「う、うん」


 ギョウコウはオオカミに炎を放った時のことを思い出す。


(あの時は、なんとなく出来ちゃったんだよな。でも今回は自分で出さないと。だから……)


 ギョウコウは集中する。右腕に炎を纏うのを頭でイメージしながら、右腕に力を込める。すると、身体が熱くなり、右腕を炎が覆った。


(あ、出来た! 後はシンに当てるだけ──)


 ギョウコウがそう念じると、炎はシンの方へ放たれる。ギョウコウの腕を纏っていた炎は手の平に収縮され、弾丸のようにシンの方へ放たれたのだ。

 炎の弾丸はシンに直撃するが、その瞬間にシュンっと消失した。


「すごいね、ギョウコウさん。今放ったそれは『魂の力』を利用したもの。『魂の力』の属性の魔法は、何もなくても自由に発動できるんだ」

「じゃあ『魂の力』以外の属性の魔法を使うにはどうしたら良いんですか?」

「精霊を使うのさ。精霊には種類があって、下から下位精霊、上位精霊、大精霊だ。下位精霊と上位精霊は自然に存在している。下位精霊と上位精霊の違いは、実体があるかないか、そして“本体”から離れられるかどうかなんだ」

「本体?」

「例えば土。土の精霊の本体はこの地面。下位精霊はこの土から動くことは出来ない。だけど、上位精霊は離れられるんだ。ここで魔法の話だけど、練習を重ねれば、あらゆる自然の物質を操ったりして利用できるようになる。こんなふうに」


 シンが言うと、急に地面が盛り上がった。


「これは土の下位精霊を操作したんだ。では、次は上位精霊だ。上位精霊を身体に宿すことで、下位精霊、つまり自然にない物質でも利用することができる」


 シンはそう言って、手の平を出して上に向ける。すると、手の平から水が溢れてきた。


「わ、すごい」

「でしょう? このように精霊を利用して発動するのが『精霊魔法』だ」

「精霊魔法……」

「逆に、さっきギョウコウさんが放った炎のように、『魂の力』によって精霊を介さずとも使えるのを『心魂魔法』という。だけど一般的には精霊魔法を使うんだ」

「みんな『魂の力』はあるのに、心魂魔法は使えないんですか?」

「まず『魂の力』を発現させて自分がどの属性なのかを知らなくちゃいけない。その発現させるまで時間がかかるし、下手をすれば一生発現することはない。普通は、たまたま『魂の力』が発現すればラッキー、という認識なんだ。心魂魔法を練習して『魂の力』がバレてしまうより、最初から精霊魔法を使ったほうが良いっていうのが常識なんだよ」

「じゃあ『心魂魔法』を使うだけで、ある程度の実力を測れてしまうんですね」

「そういうこと。だからなるべく切り札として残しておくか、精霊魔法に偽装する必要がある」

「偽装……その、心魂魔法と精霊魔法って見分けられるんですか?」

「精霊魔法は精霊だけが放つ精霊気を伴うけど、心魂魔法は伴わない。精霊気の有無で見分けられるんだ。精霊気を意図的に纏わせて偽装もできるけど……難易度が高いね」

「なるほど……」

「だからギョウコウさんは心魂魔法である炎はなるべく使わないようにした方がいいね。もし火の魔法を使いたかったら、精霊魔法の火属性魔法を使うのをオススメするよ」

「わかったりました」

「じゃあ早速精霊魔法をやってみようか。精霊魔法は精霊を“使役”するから、その方法を教えよう。まずは下位精霊を使役できるようになろうか」

「はい、お願いします」


 ギョウコウとシンは魔法の練習を始める。ギョウコウはすっかり“白い雀”について訊くのを忘れてしまっていた。

 そんな感じで二日目を終え、眠りにつく。


 シアは現れなかった。

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