第15話 修行一日目②

 三時間ほど歩いた後、目的地に着く。ショウラが言っていた森林に到着したのだ。リジンの家があった場所と比べて、この辺りは大きな建物や家が少ない。比べると見劣りしてしまうが、ギョウコウからすれば十分栄えている方だ。

 森の入り口で、改めて概要を確認することになった。


「さて、では改めて確認しよう。鬼は悪級で、どうやら人型ではなさそうだね」


 ショウラは言う。ここへ来る道中、ギョウコウたちを見て「鬼を退治しに来たのか」と訊いてきた女性がいた。その時会話して、鬼が人型ではないと分かったのだ。ギョウコウはそれを聞いて、少し安心した。人型だと殺すのを躊躇いそうで仕留められるかどうか不安だったからだ。動物ならば大丈夫そうだ、と思ったのだ。


「鬼の探索はギョウコウさんはまだ出来ないと思うから、ここはメイに任せようと思う。いいね?」


 ショウラがメイの方を見て聞くと、メイは頷く。


「うん、頼んだよ。私はここで待っているから、終わったらここに戻って来てね」

「「「はい、師匠」」」


 三人は返事をする。ギョウコウも二人が返事するのと同じように言ったのだが、いい感じになって満足である。何より、自分の師には敬意を払わないといけないからね。


 三人は森に入る。メイが探知魔法とやらで鬼を探すようだ。聞いてみると、探知魔法は風属性の魔法らしく、空気などから情報を読み取って鬼を探しだすらしい。地属性のものもあるらしいが、そちらは難易度が高いらしい。だから一般的には風属性のを使うようだ。

 メイは立ち止まって目を閉じる。小さく何かを呟いているのだが、おそらく魔法で風から情報を読み取っているのだろう。


「……南西ね。行くわよ、二人とも」


 しばらくしてメイはそう言い、歩き出した。ギョウコウとリョウランも歩きだす。

 メイは歩きながらこまめに探知魔法を発動し、道を間違えないようにしている。リョウラン曰く、最初に立ち止まって集中していたのは広範囲を索敵して目標の位置を割り出すためらしい。歩きながらでも使えるが、それだと索敵範囲が狭くなってしまうのだ。術者の練度にもよるが、歩きながらだと、普通は狭くなってしまうのだそうだ。


 そうしてメイに付いてしばらく歩いていたとき、急に奇妙な気配を感じた。背中がゾワゾワするような、おぞましい感覚がギョウコウを襲う。この奇妙な気配は何なのかをリョウランに訊こうと思った瞬間、強烈な異臭が鼻を突き刺した。


(この匂い……兄弟たちを供養した時にした匂いと同じだ!)


 ギョウコウは、その匂いが鬼のものであると確信した。メイとリョウランも気づいたようで、辺りを警戒していた。


「ギョウコウ、準備は出来てるわよね? 鬼は人間の生気を辿って襲って来るわ。だから絶対に警戒を怠らないようにね!」

「わかった」


 メイにそう言われ、ギョウコウは槍を構える。四方からひしひしと殺意を感じる。鬼が近くまで来ているのだ。さて、いつかかって来るか──

 ギョウコウがそう思ったとき、背中に再び奇妙な感覚が襲う。さっきのと比べて強烈で、しかも殺意もさらに強くなっている。


──後ろ!


 ギョウコウは後ろを向き、槍で突く。ブスリ、と槍がそれに刺さる。黒い毛で、ギョウコウよりも一回り大きい。


(オオカミか!)


 そう、それはオオカミであった。ギョウコウは槍でオオカミの眉間を刺して、頭を貫いていた。

 オオカミは一瞬動きを止めたものの、頭を振ってギョウコウと槍を振り飛ばす。ギョウコウは身を空中に投げ出されるが、華麗に着地する。


(さすが、鬼。これ程度じゃ殺すどころか、動きを封じることも出来ないか。だったら──)

 

 オオカミはギョウコウに突進してくる。ギョウコウは右に避け、オオカミの腹に槍を刺し、そのまま地面に押し倒す。槍はオオカミの腹を貫通する。

 オオカミは暴れるが、腹を貫通した槍を抜くことなど不可能だ。ギョウコウはそんなオオカミの喉元を左足で踏みつけて動きを封じ、腹から尻にかけて槍で裂く。自由になった槍で心臓部を刺し、とどめを指す。


「──やった、か」


 ギョウコウがそう言った時、オオカミの禍々しい気配は消えた。だが──


(──まだ鬼の気配は消えていない。まだ他にもいるな……)


 ギョウコウは警戒を続ける。気付かなかったが、メイとリョウランは離れて見ていた。まだ鬼が残っていることもわかっているだろう。

 ギョウコウは感覚を研ぎ澄ます。四方から奇妙な気配(これが妖気なのだろう)を感じる。一匹倒してもこれほど妖気があるということは、思っていた以上にたくさんいるということだ。


(思ったよりも多そうだな……うーん、どう対処しよう──)


 ギョウコウがそう思った瞬間、ウォーンというオオカミの鳴き声が聞こえ、より一層妖気が強くなった。


「この、クソ犬が!」


 リョウランが叫んだ。見ると一匹のオオカミがリョウランに襲いかかり、リョウランの剣によって一刀両断にされた。リョウランにとっては、雑魚にすぎないようだ。

 リョウランは難なく倒していたが、メイはそのようにはいかないようだ。メイもオオカミに襲われており、しかも二匹もいる。一匹ならばすぐに倒せるだろうが、二匹だとそうもいかない。メイは魔法が得意なようだし、近接戦闘は苦手なのかもしれない。

 そんなメイは、オオカミ一匹を剣で斬り捨てる。そのオオカミを殺せたのはいいが──隙が出来てしまった。

 メイの背中目がけて、もう一匹が襲いかかる。メイが避けることは出来ない。ギョウコウが「危ない!」と言って助けに行こうとした時、メイが地面に手をつく。

 次の瞬間、オオカミが踏んでいる地面が盛り上がり、土が石となり、石は尖って凶器になった。その凶器はオオカミを貫き、オオカミは数本の凶器に刺さったま止まった。ボタボタと血を流しながら、呻いている。メイはオオカミの頭を切断する。これにて、メイとオオカミの戦いは終わった。

 メイの心配など、杞憂であった。

 リョウランとメイが三匹仕留めたが、まだ妖気はなくならない。どこに残っているのか、と見回すと、前から強大な妖鬼が迫ってくるのを感じた。ギョウコウ達は再び構える。

 強大な妖気はギョウコウ達に迫ってきて、やがてその正体を表す。ギョウコウ達が仕留めたオオカミとは比べて一回り大きく、強烈な威圧を放っている。


(なんだあれ、大きい……!)


 そのオオカミは、悠然とギョウコウたちのもとへと歩み寄る。少しの距離を保って立ち止まったかと思うと、そのオオカミは吠えた。それによって周囲の木々が揺れ、オオカミの妖気が解き放たれる。


(チィッ、さっさと仕留めないと!)


 ギョウコウはオオカミの方へ駆けて、二本の前足を順に貫く。オオカミはギョウコウを振り払おうとするが、上手く躱しながら後ろ足にも槍を刺す。だがオオカミはびくともしない。ギョウコウが後ろの右足を切断すると、オオカミは吠えて体勢を崩した。


(よし、これで首か心臓を狙えれば──)


 そう思った瞬間、ギョウコウは足に痛みを感じる。


(え──)


 見ると、オオカミがギョウコウの左足を噛んでいた。


(まずい、噛みちぎられる──!)


 このままでは足がなくなると感じたギョウコウは、右足を振り上げ、その勢いのまま素早く足を振り下ろす。これによりオオカミの右目が潰れた。そして、ギョウコウは槍を思い切り投げる。投げた槍はオオカミの首に直撃し、キャインと泣いてギョウコウの足から口を離した。


(あ、危なかったぁ……)


 ギョウコウは心から安堵した。実際、ギョウコウは危なかったのだ。普通なら足を噛まれていることに気付かず、そのまま噛みちぎられてしまっていただろうから。今の芸当は、ギョウコウの反応速度と身体能力があって成し遂げられたことだ。オオカミの牙が足に完全に刺さる前に認識して思考し、そしてそれを回避したのだ。ギョウコウ本人は気付いていないが、見ていたメイとリョウランは驚いて固まっていたほどだ。ギョウコウの異常性が知れるだろう。


 槍はオオカミに刺さり、ギョウコウは今は武器を持っていない。丸裸である。


(うーん、槍は投げちゃったし、どうしよう。殴る……のは流石に危険か? こういう状況で魔法が使えたらいいんだけど、僕は使えないし──)


 そう思った時、ギョウコウは思い出した。自分が炎の魔法を使えることを。だが、これは当てにならないと、結論を下した。


(僕はあれを制御できないし、自分の意思で使えないからナシだ。あの炎なら、もしかしたらオオカミを倒せるかもしれないけど──)


 ギョウコウがそう考えた時、身体が熱くなった気がした。気のせいかと思ったが、右腕がどんどん熱くなる。見ると、指先から二の腕にかけて、炎を纏っていた。


(はぁ!? どうして──)


 そう思った瞬間、腕を纏っていた炎はオオカミの方に飛んで行き、オオカミを炎で包み込んだ。


「キャアアアァァィイン──!」


 オオカミは炎の牢獄の中で悲鳴を上げた。炎は周りの木々を避けて、消えることなくオオカミを焼き続ける。

 オオカミの悲鳴すら聞こえなくなっても、炎は消えない。もう大丈夫だと思ったのだが、ギョウコウはこの火の消し方を知らないことに思い当たる。


(ま、待って、もういいから! もういいから!)


 ギョウコウが慌ててそう思った時、炎はシュンと消えた。残ったのは、オオカミの焼死体だけだ。妖気は感じない。


「……死んだ?」


 ギョウコウがそう呟くと、様子を見に来たメイが答える。


「死んでるね」


 メイがそう言うと、リョウランもこっちへ来た。


「おいおい、なんなんだよ今のはよぉ。お前、魔法は使えないんじゃなかのかよぉ!?」


 リョウランがそう言ってギョウコウに詰め寄る。ギョウコウは苦笑しながら「ま、まあ、ね……」と返事をした。


「んだよ、その返事は。お前、上位精霊を宿してたのかよ?」

「上位……?」

「まさか、知らねぇの!? おいおい、そりゃないぜ。じゃあよ、お前の身体に何かが宿った覚えはねぇか?」


 リョウランが訊く。


(宿った? 僕の身体に……?)


 そんな覚えはない、と言おうとしたとき、一つそれっぽいのを思い出した。


「──あるかも」

「だろぉ? 多分それは上位精霊だ。自覚なかったとか、恐ろしぃぜ。お前もそう思うだろ? メイ」


 リョウランはメイに訊く。


「うん、私もそう思うわ。あんな威力の火属性魔法、滅多に見られないから驚いたけど……精霊を宿してるなら、納得ね。理不尽にも感じるけど」


 メイはそう言う。


「ま、鬼は退治できたし、師匠のところに戻りましょう。その足も治さないとだし」


 メイにそう言われ、ギョウコウは自分の足をみる。オオカミに噛まれたところから血が出ていた。倒すのに夢中で、忘れていた。


「あ、そういえば……」

「まさか忘れてたワケ? もう、危なっかしいわね! さ、悪化する前に行きましょ!」


 そう言うメイに腕を引っ張られて、三人はショウラのもとへ戻った。




「──あれ、槍は?」


 ショウラのところへ戻って、最初に言われたのがこれだ。ギョウコウは、オオカミに刺した槍をそのまま一緒に燃やしてしまったことを思い出した。


「あの、燃やしてしまって……」


 そこまで言うと、ショウラは大声で笑った。


「あっはっは、まさか火属性魔法を使ったのかい? お見事だ。話を聞く限り、怪我もその程度で済んで良かったよ」


ショウラは嬉しそうに言う。


「メイとリョウランも、お疲れ様。今日は帰ったら昼食を食べて、午後からまた再開しよう。今日はシン殿とサン殿が魔法を指導してくれる予定だ」

「シン殿とサン殿が!?」

「師匠、それは本当なのかよ?」


 メイとリョウランが驚いて言う。ギョウコウはあらかじめ聞かされていたので驚きはしなかったが、二人はまだ知らなかったようだ。


「ああ、そうだよ。暇だと言っていたので、大丈夫でしょう。さ、早く帰ろうね」


 ショウラが言って、歩き出す。ギョウコウ達にもショウラに続く。

 ギョウコウは後で、シンとサンに上位精霊について訊いてみようと思った。


 “白い雀”についてなにかわかるかもしれない。

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