第14話 修行一日目①

 目が覚めてしまった。

 リョウランは寝台で寝ているし、外が暗いからまだ深夜なのは間違いない。ギョウコウは身を起こして、寝台を降りる。身体を伸ばして窓の外を見る。ギョウコウは窓というものを初めて見た時は心底驚いたのを覚えている。なんせ、ギョウコウは今まで見たことがなかったのだから。街を歩いているときに見て、「なんだ、この透明な板は!?」と言ってキチョウさんに笑われたものだ。

 そんな窓の外を見ると、普通なら誰もいないはずだが、そこには金髪の人物がいた。


(キチョウさんだ!)


 ギョウコウがそう気づいた時、キチョウさんがこちらを向いた。キチョウさんもギョウコウに気づいたようだ。キチョウさんは微笑みながら、ギョウコウを手招きする。

 ギョウコウは部屋を出て、キチョウさんのところへ向かう。キチョウさんと行動を共にしたのは二日しかないものの、とても安心感を感じるようになっていた。

 キチョウさんは出かける時の服装をしていた。まだ夜なので笠は被っていないが、赤茶色の羽織を着ていた。


「やあ、ギョウコウちゃん。起きるの早いね、どうしたの?」


 僕がキチョウさんの元へ行くと、最初にそう尋ねてきた。


「何かあったわけではなくて、なんか起きちゃったんです」


 僕がそう答えると、キチョウさんは笑った。


「あっはは、緊張かい?」

「はい、多分……」


 正直緊張かどうかもわからないが、そう答えておく。


「ふうん、まあ、睡眠はしっかりとるようにしなよ? 身体を成長させるには、寝るのが一番だからね」

「そうですね」


 僕がそう言うと、キチョウさんは空を見上げた。今日は綺麗な三日月だ。

 しばらく月を眺めていた後、キチョウさんがつぶやく。


「……良い月だ。そうだ、私は『三日月の遊子』で、キチョウで……。ギョウコウちゃん、私は君を見つけることができて嬉しいよ。リジンちゃんの下でしっかり技術を身につけて、私を超えて……」


 そこまで言うと、キチョウさんは僕の方を向いた。真っ直ぐな目で、ギョウコウを見ている。


「……同じ悲劇を繰り返さないために、私を手伝ってくれないか?」


 キチョウさんは言う。ギョウコウはキチョウさんのその言葉を脳内で反芻する。同じ悲劇、というのが何かはわからないが……聞いても答えてくれそうな雰囲気じゃないし、手伝うことがあるのならばぜひ手を貸したい。だから──


「はい、僕、頑張ります」


 そう返事をした。僕が言うと、キチョウさんはふっと微笑んだ。


「頼もしいな。私はまた君のもとへ戻ってくる。それまでに、ソウカと互角に勝負できるくらいにはなっていて欲しいな」


 キチョウさんは言う。


「僕がソウカさんと互角だなんて、全然無理ですよ」

「おや、そうでもないと思うけど? 私が見込んだ子なのだから、間違いない。それに──」


 キチョウさんが真顔になって言う。


「──『朱雀』を倒したいのなら、ソウカを圧倒できるほどではないと」

「……知っていたんですか」


 ギョウコウは密かに『朱雀』を倒したいと思っていた。隠してはいなかったが、まさかこうも断言されるとは思わなかったのだ。


「知っていたも何も、分かるものなんだよ。身内を殺されたんだから、恨まない方が不自然というものさ。君はお姉さんが亡くなったのも自分のせいにしようとしていたが、それと同時に、『朱雀』に一泡吹かせてやりたいと思っていた。違うかい?」


 キチョウさんは言う。


「──その通りです」

「でしょう? ならば、やってみれば良いじゃない。私は『朱雀』が悔しがる姿を見てみたいから、ぜひやり遂げて欲しいものだね」


 キチョウさんはニコッとする。


「いや、あんま期待しないでくださいね……」

「ふふ、ま、全てギョウコウちゃん次第だよ。また会う時、私を喜ばせることができたら君はよく頑張ったってことだ。これを覚えておくといい。それじゃあ、私はそろそろ行くからね」

「え、もう行くんですか?」

「ああ。リョウに絡まれるのも嫌だし、どうやら、私の顔を見るために私を探し回っていたような輩もいたようだからね。面倒だから、さっさと行くことにしたのさ。リジンちゃんは知ってるから、私がいなくなって混乱することはないだろうさ」


 キチョウさんを探し回っていた、というのは──ショウラでは?


「そうですか」

 

 ショウラの顔が頭をよぎったが、気にせず返事をする。


「うん。じゃあ、ね。また会う日まで」


 キチョウさんはそう言って手を振った。どうやら、本当に行ってしまうようだ。


「はい、また今度──」

「ああ、そうだ。夢の内容を軽視することがないようにね。それじゃ」

「え──」


 キチョウさんは出口の方へ歩いて行ってしまった。ギョウコウは一人取り残され、月の光を一身に浴びる。

 ギョウコウは、戦慄した。


(夢……? まさか、あの子供のこと? なんでキチョウさんが……)


そう思ったまま、ギョウコウは一人で部屋へ戻る。キチョウという人物について考えながら。思えば、不思議なことを結構言っていた気がする。キチョウさんの言葉を思い出しながら、意味を考える。だが、ギョウコウが考えても何かがわかるはずなどない。


なぜなら、キチョウという男は一人の人間が語り尽くせるような、そんな生ぬるい存在ではないからだ。




朝日が顔を出し、眠っていた者達は目を覚ました。ギョウコウと同室のリョウランも目を覚ました。ギョウコウはあの後もう一度寝たが、満足のいくような睡眠はできなかった。だから眠りは浅く、早めに目覚めてしまったのだ。

リョウランは背筋を伸ばして、ギョウコウの方を見る。


「よぉ。お前、起きるの早いな。何かあったのか?」


 リョウランは眠そうな目をしてギョウコウに訊く。


「あ、いや、何も。いつも早起きだったから、そのせいだよ」

「ふぅん、そうか。朝メシ食ったらよ、鍛錬が始まるからな。覚えておけよ」


 リョウランが言う。


「あ、うん。ありがとう」

「ふん」


 そう言って、リョウランは髪を結んだ。リョウランの髪は黒いがところどころ青くて、とても綺麗だ。肩に付くくらいの長さの髪を二つに縛る。ギョウコウがその作業を見ていると、リョウランが睨んできた。


「んだよ」

「いや、べつに……」


 ギョウコウは慌てて違う方を向く。「チッ」と舌打ちが聞こえたが、まあ、仕方ない。


(根は優しいんだろうけど、やっぱりちょっと怖いな……早く仲良くなりたいな)


 そう、ギョウコウは思ったのだった。




 昨日の夜ご飯の時と同じように、列に並んで厨師さんに料理を入れてもらう。昨日と違うのは、今日はリョウランと一緒に並んでいることだろう。昨日はメイと一緒に並んだ。メイはまだ身支度が済んでいないのか、まだ来ていないようだ。なので、リョウランと二人だ。まあ、何か会話したりはしないのだけれど。

 そんな感じで食事を済ませ、部屋に戻る。僕はまだもらっていないのだが、リョウランが木刀を取りに行くためである。

 木刀を取りに行ったら、庭へ向かう。昨日見た大きな庭だ。そこでショウラが待っているようなので、リョウランと一緒に向かう。

 庭へ行くと、ギョウコウ達以外にも人が数人いた。先生であろう人と、子供達が数名。その中に、ショウラがいた。ショウラのところへ向かうと、「おはよう、二人とも」と言ってくれた。


「おはようございます」

「おはようございます、師匠」


 僕とリョウランが言う。


「うむ。あとはメイだけだが──」


 そうショウラが行った時、メイがこちらへ駆けてくるのが見えた。着くと、メイも「おはようございます」と挨拶した。


「うむ、おはよう。さて、早速だが今日やることを説明する」

「いつもとは違うんすか?」


 リョウランが訊く。


「そうだ。新しくギョウコウさんが加わったので、今日はいつもとは違うことをやる」

「何をやるんですか?」


 今度はメイが訊いた。


「今日は、鬼討伐をする」

「それは依頼ですか?」

「そうだ。君たちだけで達成できる依頼だ。普通ならば三人で協力してやってもらうのだが、今日はギョウコウさんだけでやってもらう」

「え……」


 ショウラの言葉に、ギョウコウは驚く。いきなり一人で鬼を討伐しろ、と言われたのだ。驚いてしまうのも仕方がないと言えよう。


「ちょ、師匠。じゃあ俺たちは何をすりゃ良いんだよ!?」


 リョウランが声を荒くしてそう訊く。


「君たち二人は、ギョウコウさんが危なくなった時に手助けをして欲しいんだ。不満だろうが、少しの息抜きだと思ってくれたらいい。どうかな?」

「私は大丈夫よ」

「……まあ、いいぜ」


 メイとリョウランが言う。


「ギョウコウさんも、それでいいかな」


 ショウラがギョウコウに訊く。他に提案できることもないので、ギョウコウは「はい」と言った。


「よし。それじゃあ依頼の詳細を話すね。まずは鬼の等級だけど、この依頼は“悪級”だ」


 ショウラによると、鬼には等級があって、危険度によって分けられるらしい。全部で五つに分けられ、下から、怪・悪・凶・災・極だそうだ。

怪・悪の鬼はいわゆる雑魚鬼が分類されるようで、自我が希薄で行動原理は感情任せだから、攻撃が単調で仕留めやすいのだとか。怪級の鬼は小動物や子供の鬼が多くて、一般人でも仕留められるくらい弱いらしい。悪級は人型や犬や猫、鹿などの獣が多いようだ。それなりに強くて、ただの一般人に対処は難しいらしい。

 凶・災・極の鬼は妖鬼ファントムで、人型がほとんどのようだ。妖鬼ファントムだと、まず一般人には対処不可で狩人が討伐・捕獲する形になる。災級になると八人鬼はちじんきや四星が赴かないといけないほどの強さになり、文字通り災害レベルのようだ。極級はほとんど現れることはなく、もし現れてしまったら国家が転覆するほどの脅威だそうだ。数百年は現れていないそうなので、心配する必要はないとのことだ。

 狩人組合に依頼されるほとんどは悪級か凶級の鬼で、今回は妖鬼ファントムではない悪級の鬼を討伐、ということらしい。


「さすがに初めてなのに妖鬼ファントムを相手にさせるのは流石に酷いから、今回は悪級さ。場所は、この中央西部の果てにある森林だ。早速向かおうと思うのだけど、いいかな?」


 ショウラが三人に訊く。ギョウコウ、メイ、リョウランの三人は揃って頷く。


「よし。ギョウコウさんには武器を貸そうと思っているんだけど、刀で大丈夫かい? 剣や槍なんかもあるけど……」

「そうですね……あ、槍、にしようかな」


 槍にした理由は単純で、今までの狩りで使っていたため慣れているからである。刀や剣をちゃんと指導してもらう前に変な癖がついたら嫌だ、というのも理由の一つだ。


「そうかい、わかった。では私は槍を取ってくるから、君たちは玄関前で待っていてくれ」


 ギョウコウ達は返事をする。ショウラはそれを聞いてから、武器庫がある方へ向かって行った。ギョウコウ達は言われた通り、玄関の方へ向かう。



 玄関の方へ向かうと、サンがいた。玄関前を箒で掃いている。ギョウコウ達に気づくと、声をかけてきた。


「おーいお前達、おはよう! どこへ行くんだ?」


 サンの問いに、メイが答える。


「おはようございます。私たちは、これから鬼を討伐しに行くんです」

「へぇ、そうなのか! ギョウコウが主体となって討伐するんだな?」

「はい」

「そうかそうか! ギョウコウなら問題ないと思うけど、くれぐれも気をつけるんだぞ!」

「はい、ありがとうございます」


 メイがそう言った時、ちょうどショウラが来た。


「おや、これはこれはサン殿。何かご用で?」

「いや、話していただけだ! お前も、気をつけて行けよな!」

「はい、わざわざありがとうございます」

「おう。行ってらっしゃい!」


 サンはそう言い、他の場所を掃きに行ってしまった。


「わざわざ声をかけてくれるとは、ありがたいことだ。さ、これを」


 ショウラはギョウコウに槍を渡す。ギョウコウの身長よりも少し長いくらいの槍だ。


「ありがとうございます。あの、どうしてサン殿は外を掃除していたんですか?」


 八人鬼であるサンがするような仕事ではないと思ったので、ショウラに聞いてみた。


「はは、彼らは暇だからという理由で、よく雑用をしているんだよ」


 彼ら、と言ったのでサンだけじゃなくてシンもなのだろう。


「なるほど、そうでしたか」

「うん。じゃあ、そろそろ行くけど、準備はいいな?」


 三人揃って「はい」と返事をする。


「よし。それじゃあ出発するぞ」


 そう言い、ショウラは外へ歩き出す。それに続いて、ギョウコウ達も外に出たのだった。

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