第13話 新しい仲間

 ギョウコウとショウラは、宿舎に着いた。部屋と風呂は男女で分かれていて、食堂は共同で使うようだ。

 ショウラはギョウコウを部屋へ案内する。男性用宿舎の奥の方へ案内される。ショウラは部屋の戸の前でギョウコウに言う。


「ここが部屋です。同室の子は私の弟子の一人なのですが、今は鍛錬をしているところなので帰ってくるまでに時間がかかります。ギョウコウさんの修行は明日からにしようと思っているので、今日はゆっくり休んでください」


 ショウラはそう笑顔で言う。このおっさんは自分に助平な一面を見せているのに関わらず、変わらず接してくるとは、図太いな。もしかしたら誰にでもこんな感じなのかな──としょうもない事を考えているうちに、ショウラは戻って行ってしまった。いなくなってしまっては仕方がないので、部屋に入る。

 中は寝台が二つ置いてあって、戸から見て部屋の右と左端にある。左側の寝台とその周りには物が乱雑に置いてあって、こっちの寝台が同室の子のものだと分かる。

 ギョウコウは右側の寝台の方へ行き、腰を下ろす。そしてそのまま横になった。


(すごいことに、なってしまったな……)


 ギョウコウはため息を吐く。三日前まで貧しい村で兄弟たちと楽しく暮らしていたのに、今は中央で四星の元にいる……。色々なことがありすぎて、ドッと疲れが押し寄せて来た。ギョウコウは目を瞑る。


(死んでしまった兄弟たちのためにも、頑張らないと。そうだな、『朱雀』を倒せるくらいには──)


 この時、ギョウコウの目標が決まった。


(そうだ、『朱雀』。ナガルを射た張本人。なんで殺そうとしたのか、問い詰める必要があるな──)


 明日ショウラに、『朱雀』や四神について聞いてみよう。そしていつか一矢報いることができればいいな、と、そうギョウコウは思ったのだった。




──薄紫色の髪の、ギョウコウに良く似た少女がいる。いや、少年だろうか。見た目では判断がつかない容姿である。頭の左右で髪を丸く結っていて、結び目からは長い髪が少し垂れている。紺色の上着を乱雑に羽織っていて、布の面積が狭い服からは、綺麗な肌が覗いていた。その子供のとなりにはナガルが。子供はナガルと会話していて、とても楽しそうだ。

 ギョウコウはそちらの方へ手を伸ばす。しかし、届かない。それもそのはずで、最初から真っ白な空間の中には子供とナガルしかいなかったのだから。ギョウコウは空間内に空気の一粒に過ぎず、手を伸ばしたと思ったのも、そうしたと思ったからで。二人からすればギョウコウは存在などしていないのだ。


──夢か。


 ギョウコウは唐突に、そう認識した。しかし、認識したは良いものの、どうすることも出来ない。ギョウコウは引き続きナガルと子供の方を見た。会話内容は聞こえないが、やはり話は弾んでいるようだ。

 しばらくすると、二人は前方へ歩きだした。相変わらず楽しそうに話していて、ギョウコウは少し羨ましく思った。


 (誰かは知らないけど、楽しそうで羨ましいよ。僕は存在すらしていないというのに)


 そう愚痴を吐いた瞬間、子供がギョウコウの方を向いた。ギョウコウは背筋が凍ったかと思った。何せ、子供は身も凍えるような冷たい目をしていたからだ。子供は緑色の目で、ギョウコウを注視した。ギョウコウはこの空間内では空気であるが、背中を汗が伝ったような気がする。

 数分見つめられたあと、子供は急に、ニッと笑んで、言った。


「僕はここにいるよ」


 そう、男か女か判断のつかない声で言った。ギョウコウは心底驚き、身体が熱くなるのを感じた。子供はギョウコウにそう告げたあと、何事もなかったかのようにナガルと歩き出した。


──待って!


 そう言おうとしたが、声が出るはずもなく。視界は暗転し、何も見えなくなる。

 今度は暗闇で、一人ぼっちだ。だが、何も怖くない。なんせ、あの不気味な子供がいないのだから。そう安心したのだが、身体が揺さぶられるような感覚に陥った。


──起きろ!


 そうどこからともなく聞こえて来る声と共に、揺さぶられる感覚も強くなる。ギョウコウがその嫌な感覚を振り解こうともがいたとき、声ははっきりと聞こえた。


「起きろって!」


 ギョウコウは覚醒した。目の前には見知らぬ黒髪の少年がいて、自分の身体を揺さぶっていた。

 あの揺さぶられるような感覚の正体はこれだったのか、と思い至ったと同時に、一気に恥ずかしさが湧いて来て、ギョウコウはバッと身を起こす。身体は熱っていて、顔は真っ赤になっている。


「あ、あの……」

「チッ、やっと起きたか。ショウラ先生にご飯の時間だから起こせって言われたんだよ。お前だろ? 新しく来た奴ってのは。起きたならさっさと行くぞ」

「あ、ありがとう……」

「そんなこと言ってる暇あるんなら、さっさと寝台から降りろよ」

「あ、うん……」


 ギョウコウは寝台から降りる。起きたばかりなので少し眩暈がしたが、耐える。


「あの、あなたは……」

「俺はリョウラン。お前と同室で、ショウラ先生の弟子だよ。お前、名前は?」

「ギョウコウ」

「ギョウコウ、ね。言っておくけど、『遊子』様に連れてこられたといって、調子に乗るなよ。俺はまだお前を認めてなんかいねぇんだからな」

「あ、うん……」

「チッ、なよなよしやがって。ほら、さっさと行くぞ、俺の手を煩わせるなよな」


 そう言って、リョウランは部屋を出て行った。ギョウコウも続いて出ていく。

 リョウランはギョウコウを気にすることなく、どんどんと先へ進んで行く。リョウランの歩く速度は速く、普通なら着いていけないだろう。しかし、ギョウコウならば全く問題ない。何食わぬ顔でリョウランに着いて行く。ギョウコウの方をチラッと見たリョウランは軽く舌打ちをし、そのまま食堂へ向かう。


 食堂には、十数人の大人や子供がいて、既に長机で食事をしている人もいれば、料理人であろう人から料理を貰っている人もいる。長机は二つあって、机の両端に座って向かい合って食べられるようになっている。

 リョウランは食堂の奥の方へ向かう。そこには、ショウラとオレンジ色の髪の少女がいた。リョウランとギョウコウは、その二人のところへ向かう。


「ギョウコウさん、よく来たね。ゆっくり休めたかい?」


 ショウラがギョウコウに訊いた。


「ええ、ちゃんと休めました」

「それはよかった。食事の前に、君にこの子を紹介しよう。この子は私の弟子であるメイだ」


 ショウラは腕で少女を指して言う。


「初めまして、メイです」


 メイが軽く会釈する。


「そしてこれが──」

「リョウランだ。ったく、新しい弟子なんて聞いてねぇよ、先生。俺はメイだけで十分だって言ってたのに」


 リョウランは不機嫌そうに言う。普通本人の前でそんなこと言わなくね──と思ったが、仕方がない。こういう性格なんだと覚えておく。


「ちょっとリョウラン! ギョウコウさんに失礼だよ。それにね、新しく仲間が出来るのは良いことじゃない。何がそんなに不満なのよ?」


 ショウラの横にいたメイがリョウランに言う。


「だってさ、コイツは初心者だぜ? 足手まといになる予感しかしねぇじゃん。『天使』様が受け入れたのには文句はないが、コイツが俺たちの中に入るのは納得できねぇな」

「ちょっとあんた、もっと言葉に気をつけなさいよ」

「うっせぇな! お前はもっとお淑やかにしてろよ、女なんだからよぉ!?」

「なにそれ、今は関係ないじゃん! だいたいあんたもねぇ、人としてどうかと思うわ。初対面の子にそんな酷いこと言うとか」

「あぁ!? なんだと!」


 そう言った瞬間、リョウランはメイに殴りかかる。メイは一瞬驚きの表情を浮かべたが、その拳を華麗に避けてリョウランの首目がけて蹴りをいれる。リョウランはしゃがんでそれを回避し、蹴りをしてない方の脚首を足で払う。メイは体勢を崩して仰向けに倒れ、リョウランはすかさずメイの両手首を押さえて馬乗りになる。


「はん! 俺の勝ちだな。俺の方が正しいって、認めろよ」

「嫌だね。今の勝負とさっきの話は関係ないし、私の言葉にキレて殴ってくるとか、あんたの方がよっぽど未熟」

「はあぁ? ふざけんなよな、俺がお前より下とか、ありえねぇから。もう一回勝負して、お前が勝ったら考えてやってもいいぜ」

「ふっ、臨むところね」


 そうメイが言って第二戦目が始まろうとしていたとき、ショウラが仲裁に入った。


「はいはい、そこまでね。ここは食堂だから、喧嘩するなら庭でやってくれ。それより今は晩御飯を食べないといけないよ。食べないと、身体は作られないからね」


 ショウラがそう言うと、リョウランはメイを解放した。


「うむ。さ、ギョウコウさんに食事の仕方を教えてやってくれ」

「先生は食べたの?」


 メイが訊いた。


「いや、後で食べるつもりだよ。少しやることが残っていてね、それを済ませるつもりさ」

「ふーん、そうなんだ。ま、ギョウコウさんには私が教えるわ。リョウランじゃ、ちゃんとやってくれなさそうだし」

「んだと!?」

「それにギョウコウさんが可哀想。こんな短気なヤツじゃいやだもんね」


 メイがギョウコウを見て言う。ギョウコウは自分が質問されてることに気づき、「え、あ、まあ……」とパッとしない返事をした。


「ほらね、ギョウコウさんもこう言ってるし。ここは私に任せなさいよ」

「……わかったよ」


 リョウランはそう言うと、ふてくされながら食事を取りに行った。


「まったく。ごめんね、あんなヤツで。嫌な思いさせちゃったよね」

「まあ、はい。でも気持ちはわかるし、仕方がないかなって」

「ふーん、優しいんだね。そうだ、私のことメイって呼んでね。その代わり、私はギョウコウって呼ぶから」


 メイは笑顔で言う。これは、受け入れられたってことでいいのかな。


「わかった」

「よし。これからよろしくね、ギョウコウ」

「うん、よろしく、メイ」


 二人は笑顔で見つめ合う。ギョウコウはとても嬉しかった。

 その後、メイに食事の仕方を教わり、二人で食べた。リョウランは二人と口を聞くことはなく、さっさと食べて部屋へ戻ってしまった。



 部屋へ戻ると、リョウランは書物を読んでいた。ギョウコウが入ってきたのをチラッと確認した後、また読み始める。

 ギョウコウは少し気まずさを感じながらも、寝台に腰を下ろす。特にすることもないので横になろうとしたとき、リョウランが声をかけてきた。


「……お前さ、ここでちゃんとやる気あんの?」


 リョウランがギョウコウに問う。急に訊かれて戸惑ったが、ギョウコウは答える。


「もちろんだよ」

 

 少しの沈黙のあと、リョウランが口を開く。


「……そうかよ。だったらよ、もっとシャキッとしろよな。今のお前、自分を主張してなさすぎて気持ちわりぃ。気概が見えねぇんだよ、気概が。何があったのか知らねぇが、気持ち切り替えないとすぐダメになるぜ? 男ってのはな、突っ走ってナンボなんだよ」


 リョウランはそう言った。最後のは人によって考え方が異なる部分だが、自分を主張してなさすぎ、というのはもっともな指摘だ。思い返せば、ギョウコウはキチョウさんの言うがままにしてきたし、それが間違いというわけではないが、主張が足りなかったのは事実だろう。それにリョウランが言ってるのは、きっとメイと言い合ってたときにギョウコウがただ傍観していただけのことだ。


「メイと言い合ってたとき、お前はただ俺たちを見てただけだった。お前のことについて言い合っていたのに、だ。喧嘩に加われというわけではないが、その……なんだ、どうかと思ったんだよ。話題だったお前がただただ見ているなんて」


 と、いうことらしい。

 あの喧嘩に加わるというのが正しいというわけではないが、リョウランはまだなにかやれただろ、と、そうギョウコウに言いたいのだ。


「うん、そうだね。言ってくれてありがとう、おかげで僕の悪いところがわかった」


 ギョウコウはお礼を言う。もちろん本音だ。


「お、おう、どういたしまして……? あ、勘違いしてほしくねぇんだけど、別にお前のために言ってるだけじゃねぇからな。俺がお前を不快に思いたくないから言っただけだし」


 リョウランはそう言うが、これはギョウコウのために言ってくれたことに違いない、とギョウコウは思った。

 ギョウコウの考えでは、リョウランは素直に思ったことを言えないタイプなのだと思う。これは間違っていないと自信を持って言える。食堂での喧嘩だって、あれは恐らくただのじゃれ合いに過ぎないのだろう。


「うん、でもありがとう」


 ギョウコウはそう言って横になって、目を瞑る。

 横になってるギョウコウの耳に、ゴソゴソっという布の音が聞こえた。リョウランが布団に潜り込んだのだろう。

 新しい仲間は、結構良いヤツかもしれない。ギョウコウはそう思った。

そして、ギョウコウはひとつ学んだ。


──リョウランは、いわゆるツンデレ、というやつだということを。

 

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