第12話 せんせい
ギョウコウたちはリジンに続いて、さらに奥へ向かう。奥には縁側があり、大きな庭園が広がっていた。
あまりの広さに、ギョウコウは思わず口をあんぐり開ける。
「ひ、ひろい……」
「だろ、だろ!? リジンはすごいからね、こんなに土地を頂けたんだよ!」
サンが誇らしそうに言う。
「リジン、ここに呼んで来ますか?」
シンがリジンに訊いた。
「うん、お願い」
リジンは頷いて言う。それを聞き、シンは縁側から庭園へ降りた。庭園はほぼ訓練場のようになっており、奥の方でリョウが木刀を振るっているのが見える。あまりよく見えないが、嫌々やっているような……
僕がそんなことを思っていると、シンが後ろに誰かを連れて帰ってきた。長身の男性で、たくましい髭をたくわえている。パッと見は五十代くらいに見えるが……さて、実際は何歳なのやら。
シンと男性は縁側の前までやってくる。
「『天使』様、私がショウラでございます」
男性はそう言うと、深くお辞儀する。男性──ショウラが頭を上げた時、リジンが話始める。
「うん、知っているよ。君のことは皆からよく聞くし、とても慕われているようだね」
「いやいや、私など。『天使』様の足元にも及びませぬ」
「謙虚なのはいいことだ。さて、そんな優秀な君に、新しい弟子をつけたいと思う」
リジンが言う。それを聞いたショウラは驚いた顔をする。
「なんと、新たに弟子が……てっきり、もう来ないかと」
「俺も受け入れるつもりはなかったんだが、『遊子』様が預かってほしいと直々に言ってきたものでね。それならば、受け入れるしかないと思ってな」
リジンがそう言うと、ショウラはさらに驚いた顔をする。
「『遊子』様が……!? それは、ありがたいことです」
「うん。でね、その新しい弟子というのが、このギョウコウさんだ」
リジンはギョウコウを指し示して言う。ギョウコウを見たショウラは、嬉しそうに笑んだ。
「おお、若い子ですな。『遊子』様が連れて来たということは、さぞ能力が高いとお見受けするが。私なんかで大丈夫なのでしょうか」
「心配するな。ギョウコウさんには剣術を教えてほしいんだよ。魔法の扱いは、シンとサンに任せるつもりだ」
リジンはそうあっさりと言ったが、聞き捨てならないことを言っていたように思う。
(魔法は、シンとサンに任せる……? え?)
ギョウコウが戸惑っている最中、リジンとショウラの会話は進んでいく。
「なるほど、そういうことでしたか。剣術であれば、お任せください。それで一つ提案なのですが、その……」
「どうした? なんでも言うが良い」
「はい、ただいま私が預かっている弟子たちも、シン殿とサン殿に魔法を教えてもらえないかと、愚考しておりました」
ショウラは緊張気味に言う。
(僕はキチョウさんがいたからリジンさんと普通に話せたからなんとも思わなかったけど、そうか、リジンさんもキチョウさんも四星なんだった……。おまけに、シンとサンは
そういうことなら緊張しても仕方がない……のだろう。
(それよりも、魔法の指導はシンとサンが担当することになっているのはどうしてだろう? 二人とも偉いし、僕みたいな初心者に構ってる暇なんてないと思うんだけど……)
「シン、サン、構わないよね?」
リジンはショウラの言ったことに対する返答を、シンとサンに求める。
「構いませんよ」
「ボクも大丈夫!」
シンとサンは同時に言う。
「うん。ということでショウラ、君の弟子たちもシンとサンに魔法を教えてもらえる。ギョウコウさんも加わるから、ちゃんと伝えておいてね」
「はい、もちろんです」
ショウラは深々と頭を下げる。
「それじゃあギョウコウさん、ショウラに部屋へ案内してもらってね」
「え、今からですか!?」
「そうだよ。ダメかい?」
リジンは首をカクンと傾げる。
「い、いや、大丈夫です」
「うん。じゃあショウラ、頼むよ」
「はい、お任せください。ではギョウコウさん、行きましょう」
ショウラはそう言って縁側へ上がって来た。近くで見ると、余計に背が高く見える。性格は温厚そうだが、この人が本気で戦ったら、相当恐ろしいんだろうな──と思った。
「宿舎へ向かいます。二人一部屋になっていて、もう一人と一緒に生活することになるけど、問題ないかい?」
ショウラはギョウコウに訊く。
「はい、大丈夫です」
ギョウコウがそう答えると、ショウラは歩き始める。
「よし。宿舎はこの建物の奥にある、もう一つの建物です」
ショウラは、移動しながら話す。
「僕以外の弟子たちって、どのくらいいるんですか?」
ギョウコウはショウラに問う。
「十一人で、女子四人、男子七人だ。君で、十二人だね。中には他の四星の所属の子もいるけど、しばらくは『天使』様が預かることになってる」
ショウラが言う。リョウがその一人だろう。確か、『
それにしても、十二人か。思ったよりも少ないな。学校のようなものとは随分と違うようだ。
「それに加え、私含めて剣術を教える者が三名と魔法を教える者が二名。シン殿とサン殿が教えてくださるときもあるね」
「僕に魔法を教えてくれるのはシンとサンなんですよね」
「そうだよ」
「お二人は、八人鬼なんですよね? 僕のような初心者に、構っている暇なんてあるのでしょうか……」
ギョウコウはショウラに訊く。ショウラは笑顔で、答える。
「『天使』様がお育てになった狩人たちは皆優秀で、お二人が出るまでもないんだよ。それに、あの方達は面倒を見るのが好きなようなので、問題ないのでしょう」
ショウラがそう言うと、ギョウコウはとても安堵した。自分は邪魔な存在ではないんだ──と。
「そうですか、よかった──」
「ところでギョウコウさん」
ギョウコウが胸を撫で下ろしたとき、ショウラが問うてきた。
「なんでしょうか」
「あなたは『遊子』様に連れて来られたそうですが……お顔を拝見したということですよね?」
ショウラは真剣な顔でギョウコウに訊く。その凄みのある顔で、ギョウコウを凝視しながら。
少し怖いが、はい、と答えた。
「さぞ美しいお方だとお聞きしましてな。先ほどシン殿に呼ばれたとき、もしかしたらお顔を見れるのでは、と思ったのですが。私が来た途端にサッと奥へ消えてしまわれて、とても残念に思っていたのですよ」
ショウラは、さぞ悲しそうに言う。思い返せば、ショウラが顔を見せた後、キチョウさんは一言も話していなかった。あれは黙っていたのではなくて、すでにいなかったということなのか……。気付かなかった。やはり四星というのはすごいようだ。
「金色の髪が揺れるのを見ることしか出来ませんでした……。絶世な美女とお聞きしていたのですが、実際はどうだったのですか? 美しかったですか」
ん? とギョウコウは思った。だって、キチョウさんは男性なのに、ショウラは美女だと言った。確かに綺麗な人だけど、性別を見紛うことはないと思うのだ。背は高いし、声も明らかに男性の声だし。
そう指摘しようと思ったのだが──
「ああ、やっぱり次お顔を拝見できる時の楽しみをとっておきたいので、何も言わないでください。自分の目でご尊顔を崇めたいのでね」
──と言ったのだ。
さすがにここまで言われると指摘するのも面倒だし、なんだか可哀想だから言うのは諦める。
ギョウコウは呆れ顔で「そうですか……」とだけ言い残す。
ショウラはウキウキしながら進んで行く。何を妄想しているのかは知らないが、楽しそうで何よりだ。ショウラは誠実そうだから変なマネはしないだろうし、大丈夫だろう。
ギョウコウはそう思いながら、ショウラに着いて行ったのだ。
ギョウコウはこの時、大きな学びを得た。それは──
ショウラが面食いのオッサンである、ということだ。
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