第11話 リジン

 リジンはそう言い、軽く頭を下げる。


 (いや待って、この人が『天使』!? 四星は普通、自分の名前を名乗らないんじゃ……)


 そうギョウコウが思っていると、リジンが口を開く。


「ああ、俺は誰にでも名乗るわけじゃないよ。必要だから、名乗ったんだ。俺は君と同じくらいしか生きていないし、大きな序列など必要ない。時には、ただ邪魔になるだけだからね。それに、キチョウ様がわざわざ連れてくるということは、相当な実力を持っているんだろう? 俺はそういう者は大歓迎だ。だからね、どうか四星だからって臆さずに、気軽に接して欲しい」


 リジンは、そうギョウコウに言った。言われた本人は戸惑いしかない。何せ、皇帝直属である『四星』の一人が、自分にお願いをしているのだから。


「あの、『天使』様……」

「リジンでいい」

「リジン……さま。なんで僕にそんなに良くしてくれるんですか? 僕には大した実力はないし……」


 そうギョウコウが言うと、リジンは驚いたような顔をする。


「実力がないだって? まさか。キチョウ様が無能を連れて来るわけがない。キチョウ様が連れて来たというだけで、君の力が推し量れるというものさ」


 リジンはそう言うが、ギョウコウはますます困ってしまう。なんだか過剰に期待されているような気がして……。


「ふふ、リジンちゃんの言う通りだよ。ギョウコウちゃんは自分を卑下しすぎ。たしかに技術はないけど、力はあるでしょう? 私たちは、それを含めて実力と言っているんだ」


 キチョウさんが言う。


「だから何も心配することはない。どうか、俺を信用して欲しい」


 リジンが言う。


「それは、僕を優遇するということですか?」


 ギョウコウはリジンに聞く。自分よりも先にリジンの傘下に入った人たちがいるのに、その人たちよりも優遇されることに抵抗があるのだ。おそらく、キチョウさんにここへ連れてきてもらっている時点で、かなり目を付けられているはず。それからさらに優遇されるとなると、居心地がもっと悪くなってしまうのではないかと……。

 すでに、ここに馴染めるかどうか不安になってきている。


「いいや、君を特別視しているのは事実だが、優遇するつもりはない。他の子たちと同じように過ごしてもらうつもりだよ。さっきも言ったように、君に名前を教えたのは教える必要があると思ったからだ。そのこと以外、君を特別扱いするつもりはない。全員、ここへ来たとき必ず俺と話をしているし、シンとサンにも会わせている。だから安心するといいよ」


 リジンが優しく言う。その言葉にひどく安心させられた。だが、一つ気になることがある。シンとサンのことだ。『白亜の天使』であるリジンと同等に接しているし、なんならキチョウさんに対しては、シンとサンの方が気軽に接しているように見えるのだ。


「あの、リジンさまは二人とはどのような関係なのですか」


 僕がそう聞くと、予想外の質問だったのか、リジンは目を丸くしている。


「ほう、この二人について質問してくる子は初めてだな。それと、『さま』を付けるのはやめてくれるかい? 苦手なんだよ」


 リジンは言う。


「わかりました。それで……」

「うん。いろいろ事情はあるんだけど、一応この二人は部下という扱いになっている」

「そ。ボクらはリジンの部下、そして『八人鬼はちじんき』の二人だよ!」


 リジンの側に座っていたサンが言う。『八人鬼』、初めて聞いた名だ。


「八人鬼?」

「八人鬼というのは、四星の部下の中の手練れの上位二人のことだ。俺にはシンとサンが、キチョウ様にはソウカさんがいる」


 シンがソウカさんと親しそうだったのは、こういう繋がりがあったからなのか。

 ん? 待てよ……。

 

「ソウカさんだけ? 二人いるんじゃ?」


 僕がそう疑問を口にすると、キチョウさんがその問いに答える。


「ふふ、私のもう一人の部下はすでに死んでいるんだ。だけど私には他に部下がいないから、未だに八人鬼の一人として数えられているんだよ」


 キチョウさんが言う。カイロウも部下の一人だと言っていたが、そもそも狩人ではなくただの医者なのかもしれない。となると、その死んだ部下というのがどんな人なのか気になるが、聞いても教えてくれなさそうなので聞かないでおく。


「そうなんですか。じゃあ、『八人鬼』という名前の由来は? 人鬼ってなんですか」

「人鬼とはただの比喩で、妖鬼のように強い人間のことを言うんだ」


 答えたのはリジンだ。


「『四星』は星を守れる強者、という意味だ。数十年前、鬼が大量に発生したことをきっかけに狩人組合が設立され、その頂点に据えられたのが四星だ。星、つまりレイネイ皇国を守る狩人の四人の長、というわけだ」


 リジンは補足で、四星の名前についても教えてくれた。


「妖鬼は人間には扱えない『妖術』というものを使うから、それに対抗するための技術を扱える者を育成する目的もある。キチョウ様以外の、歴代の四星たちは全員弟子を取っていたんだ。ギョウコウさんも、その一人というわけ」


 リジンは言う。


「妖術って、どういうものなんですか?」

「妖術というのは、五つの力、火・水・風・土・空に属さない魔法のこと。魔法は下位精霊を使役して行使するけど、妖術は鬼が発する妖気を用いて発動させるんだ」

「五つの力に属さない魔法?」

「うん。例えば、精神攻撃。これを司る属性はないから、普通の魔法では発動させることは不可能だ」

 

 精神攻撃……催眠とかだろうか? 確かに、五つの力では使えなさそうだ。


「あとは、俺が会ったことがあるのは欠損した身体の部位を再生させるというもの。治癒魔法に近いが、四肢や目などの部位が欠損した場合、治癒魔法ではもとに戻すことは出来ない」

「再生……治癒魔法……いろいろあるんですね」

「うん。今はまだ難しいと思うから、ゆっくり学んでいけばいい。『魂の力』を顕現させているようだし、魔法を学ぶのにちょうどいいしね」

「『魂の力』……リジンさんも顕現させているんですか?」

「うん、教えないけどね。ギョウコウさんは『火』だと聞いたよ、珍しいものだ」

「珍しい?」

「俺の知る限り、火は一番少ない。だからこそ、誰にも教えてはいけないよ」


 リジンは真剣な顔で言う。


「え、でも、キチョウさんやリジンさん達は知ってるじゃないですか……」

「いろいろ理由はあるけど、ここへギョウコウちゃんへ連れて来る理由が欲しかったっていうのが大きいね」


 キチョウさんが言った。


「私の立場なら無理矢理でも出来るんだけど、流石に信用を失いかねないからね。そのおかげでキウソくんも『薬師』の下へ行かせることが出来たんだし」


 そうか、キウソも『魂の力』を顕現させてたんだった。たしかに、そう考えると仕方ないのか……


「ギョウコウさんの兄弟?」


 リジンが僕に聞いてきた。どうやら、キウソのことは知らないらしい。


「はい、兄です」

「へぇー、すごいね二人して。そっか、『薬師』様のところなんだ、いいね」


 リジンは驚いた顔をする。


「リジン、そろそろギョウコウさんをどこのチームに入れるか考えないと」


 今まで静かに聞いてたシンが言った。


「ああ、そうだね。実は、もう決めてあるんだ。キチョウ様から剣術をやりたいと聞いていたから、師を選んでおいた」


 リジンは言い、立ち上がる。


「さて、その師と会おうか。着いてきて」


 リジンはそう言い部屋を出ていく。僕も慌てて立ち上がり、着いて行った。


  

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