第10話 『白亜の天使』
キチョウさんは家の前に立つ。
すると、家の戸が開き、一人の少年が出て来た。
「あ、キチョウさん。お待ちしていましたよ」
少年はそう、恭しく言う。真っ白な肌に真っ白な髪、美しい碧眼。そして、右頬に大きな傷がある。真っ白で、青の差し色が入って衣服を着ていて、かなり上質なものに見える。胸の前で揺れている金の飾りが、光を反射していてとても美しい。
少年は小柄で、ギョウコウよりも年下なのは間違いない。
そう考えていた最中、キチョウさんとその少年の会話は進んでいた。
「久しぶりだね、シン」
「ええ、お久しぶりです。ソウカはいないのですか?」
少年は、シンという名前らしい。
「ソウカは、所用があってね」
「そうですか、残念。また今度話すことにします。そちらがギョウコウさんですね?」
シンはギョウコウを見て言う。
「そうだよ」
「初めまして、ギョウコウさん。『天使』さまの部下のシンでございます。なにとぞ、よろしくお願いします」
シンはそう言い、ギョウコウに頭を下げる。急に頭を下げられて、ギョウコウはびっくりする。傍らで、クスッと笑う声が聞こえた。
(う……キチョウさんに笑われてる……)
ギョウコウは恥ずかしさに赤面する。
そんな様子のギョウコウを気にせず、シンは頭を上げた。
「では、中へ。リ、あ、『天使』さまが中で待ってます。さ、どうぞ」
シンはそう言って、中へ僕らを促す。
キチョウさんと親しいように見えるが、シンとキチョウさんは一体どういう関係なんだろう。
「ふふ、ありがとう。ギョウコウちゃん、入ろうか」
「キチョウ様、ワタシには何も言ってくれないのですか?」
リョウが頬をプクゥと膨らませて言う。キチョウさんが声をかけてくれなかったのが不満なのだろう。
「あ、リョウさんは鍛錬に戻れと、『天使』さまが言っていましたよ。昨日教えたことを実践するように、だそうです」
シンが言う。
「えー、もうちょっとキチョウ様といたい……」
「リョウさん?」
シンは笑みを浮かべる。だが、それは笑みというには冷たく、思わず背筋が凍ってしまいそうだ。
そんなシンにリョウは気圧されたのか、終いには「わかったよ……」と諦めた。
「ええ、それでいいです。決して邪魔をしないように。お願いしますね」
シンはそう言い、中へ入って行く。僕とキチョウさんも、シンに続く。視界の端で、リョウが項垂れながら別の方向へ向かって行くのが見えた。まあ、仕方のないことだ。
広い玄関の左右には下駄箱があり、靴が並んでいる。玄関より先は一段高くなっていて、シンに履き物を脱ぐように言われた。そう言うシンは裸足なのだが、気にしてはいけない。靴は玄関に置いたままで良いと言われたので、そのまま置いて行く。
「ハァ、お疲れ様、シン。アイツの相手は疲れるでしょう」
歩きながらキチョウさんが言う。それに対し、シンは苦笑しながら言う。
「ええ、まあ。あの子はキチョウさんに執着していますから、連れてきてしまったら話の妨げになってしまうので。『天使』さまも嫌がっていましたし。それに……」
シンは真顔になる。
「聞かれては、いけませんから」
その言葉以降、シンは何かを言うことはなかった。
シンはとある部屋の前で止まった。
「こちらです」
そう言って、襖を開けて「どうぞ」とギョウコウ達に入るように促した。僕たちは中へ入る。
中には座布団が二枚敷いてあり、その奥に二人の人物がいた。一人は、シンに良く似た少年。兄弟だろうか。そしてもう一人は、褐色の肌に銀髪の少年だ。褐色肌の少年はシン似の少年の髪を櫛でとかしている。
ギョウコウ達が入ってきたのに気づいたのか、シン似の少年がこちらを見て笑顔になった。
「キチョウ! 久しぶり!」
少年は心底嬉しそうに言う。それを見て、僕の後ろにいるシンがため息を吐く。
「サン、また髪をとかしてもらっているの? ダメじゃない、『天使』さまに迷惑だよ」
少年は、サンと言う名前らしい。サンはムッとして、シンに言い返す。
「えー、別にいいじゃん。だってやってくれるって言ったんだよ? ね、リジン?」
サンは後ろで髪をといでいた少年に声をかける。
「うん。シン、気にするな。俺がやりたいから、してるだけ。後で君もやってあげるから」
リジン──そう呼ばれた少年が言う。
「あ、え、わかりました。後でお願いします……」
シンは少々戸惑いながら言う。
「って、それよりも。キチョウさんとギョウコウさんがいらしたんですから、早く本題に入りましょう」
「うん。お久しぶりです、キチョウ様。そして、初めまして、ギョウコウさん」
リジンはそう言い、サンの髪をといていた手を止め、座布団に正座した。
「俺が『白亜の天使』、リジンだ。どうぞ、よろしく」
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