第9話 中央
無事に身分証を発行し終えたキチョウとギョウコウは再び人の目に付かない場所で空間転移を行った。
「ギョウコウちゃん、ここはサク州とキョク州の州境だよ。見てごらん、あの門を通過して、キョク州の中に入るんだ」
キチョウさんが指をさす。
見ると、とても大きな門が聳え立っている。ランキョウにあった建物と同じくらい、大きい。
門の前に立って上を見上げたら、首がもげそうだ。
「キョク州にある南部狩人組合の本部へ向かい、そこから中央の組合本部に空間転移をする。わかった?」
さらに転移するのか。
「わかりました」
「じゃあ行こう」
そう言い、キチョウさんと僕はその門へ向かって歩き出した。
門の前には二人の兵士が立っており、身分証を検分しているようだ。それを済ませた人たちは門の先へ消えて行く。
門には行列が出来ていて、順番に身分証を兵士に見せている。ギョウコウとキチョウも並び、順番を待つ。
かなりの時間並び、やっとギョウコウ達の順番になった。
キチョウさんが先に身分証を兵士に見せる。兵士は身分証を検分すると、キチョウさんを通した。
ギョウコウの番になったので、キチョウさんと同じように作りたての身分証を取り出し、兵士に見せる。ギョウコウは少し緊張しながら検分が終わるのを待つ。兵士は身分証の検分が終えると、「行っていい」と言った。
ギョウコウは兵士を通り過ぎる。キチョウさんが待っていたので、そちらへ行く。
「無事に通過出来てよかったよ」
「はい……引っかかったらどうしようかと、少しドキドキしてました」
「ふふ、初めてだからね、緊張するよね」
そう言い、キチョウさんが歩き出した。僕も付いて行く。
「この身分証は、どこでも使えるんですか?」
歩きながらキチョウさんに問う。
「国内ならどこでも使える。他国へ行くなら、他の物も準備しないといけない」
「なるほど。この身分証、どうやって文字を記したんですか? 彫っているわけでもなさそうだし」
ギョウコウは身分証を見る。木の板に、文字が刻まれている。黒い文字で、名前などが書いてある。
(彫って色を付けるなら、作るのにもっと時間がかかるはずだし……)
役職で身分証の申請をしたあと、もっと時間がかかると思っていた。思ったよりも早く出来て、驚いたのだ。
「これは刻印魔法の一つ。光を収束させて、板を焼いて文字を記す。この文字は焦げだよ」
改めてよく見ると、確かに焦げているように見える。だけど、焦げとは思えないほどに綺麗だ。
「すごいですね。僕、そんなの初めて聞きました……」
「ふふ、面白いでしょ? しかも、改ざんされるのを防ぐために身分証専用の結界が施されているんだ」
「結界...?」
「そう。いつか学べると思うよ。それに、こういう技術はたくさんあるから、また新しいのを発見するかもしれないね」
そのあと、しばらく喋りながら歩いていたら、目的地に着いた。
またもや大きな建物で、サク州で行った役所と同じくらいか、少し大きいくらいだ。
「ここが南部の組合本部だよ」
キチョウさんはそう言い、中へ入って行く。
中にはたくさんの人がいて、喋っていたり、ふわふわな長椅子でくつろいだりしている。
キチョウさんと僕は「受付」と書いてあるところに行った。
キチョウさんは、受付にいた女の人に声をかける。
「転移門を使用したいのですが」
そう言い、身分証と、もう一つの札を女の人に渡した。
「……かしこまりました。どうぞ、こちらへ」
女の人はキチョウさんに二つの札を返す。そして、受付の奥へ向かう。
キチョウさんと僕も付いて行く。
しばらく進むと、大きな部屋へ入る。
そこには、円状の舞台のような物が設置されている。
あまりにも大きいため、ギョウコウが驚いて見ていると、女の人とキチョウさんが会話を始めた。
「どちらへ向かいますか?」
「中央へ」
「かしこまりました」
女の人はそう言って部屋の壁の方へ歩いて行く。
「ギョウコウちゃん、この上へのるよ」
キチョウさんは舞台のようなものを指す。そして、その台へ登った。
「あ、はい。今行きます!」
ギョウコウは慌てて舞台のようなものにのる。小さな階段があったので、それで登った。
「ギョウコウちゃん、これが転移装置。これを使えば、一瞬で中央へ向かえる」
「今までみたいに転移するのとは何か違うんですか?」
「あれはね、私の魔力を多く消耗するから多用出来ないんだよ」
「なるほど、そういうことか……」
一日に何度も使うことが出来ない、ということだろう。空間転移は高度な魔法だと言っていたし、納得だ。
「準備はよろしいですか?」
女の人が聞いてきた。
「大丈夫です」
キチョウさんが答えると、「では、始めます」と女の人が言った。
その瞬間、地面が青色に光りだした。驚いて下を見てみると、たくさん文字や図形が青く光っていた。
「なにこれ⁉︎」
ギョウコウがそう声を発したとき、身体が浮遊するような感覚に襲われる。転移したのだ。
転移したと気付いたとき、青い光が消えた。
「お疲れ様でした」
そう、誰かが言った。声が聞こえた方を見ると、さっきとは別の女の人がいた。
「こちらへどうぞ」
女の人はそう言い、出口へ歩いて行った。
僕とキチョウさんはその人に付いて行く。
またしばらく女の人に付いて歩く。おそらく、南部の組合本部では受付の奥から入ったので、今回も受付の奥に出るだろう。
予想は正しく、ギョウコウたちは受付の奥から出た。
たくさん人がいるのは変わらないのだが、こっちの方が南部のに比べて天井が高い。天井からは飾りがたくさん垂れ下がっているし、天井一面に絵が描かれている。黒髪の子供がいろんな動物に食べ物をあげている。そんな絵だ。
「ふふ、あれはレイネイの守護精霊だよ」
天井の絵画をじっと見ていたら、キチョウさんが話しかけてきた。
「守護精霊?」
「そう。国には必ず守護精霊がいてね、レイネイは火の精霊だよ」
「守護精霊には名前はあるんですか?」
始まりの精霊、『原始の精霊』には名前があった。火の精霊はイグニスという名前だったはず。
「あるだろうけど、伝承されてないからわからないね」
キチョウさんは言う。
「じゃあ、守護──」
「キチョウ様、キチョウ様ー! こちらですー!」
どこからか声が聞こえてきた。声が聞こえた方を見ると、短髪の少女が大きく手を振っている。桃色の髪で、動きやすそうな服を着ている。年齢はギョウコウと同じくらいか、少し上だろう。
キチョウさんがその少女の方へ行くので、僕も着いて行く。
「……お前が来たの」
キチョウさんが言う。なんだか……嫌そうな顔をしている。
「はい! 『天使』様が、キチョウ様の迎えに誰にするか決めかねていた際、ワタシが行くと進言した次第です!」
少女が元気に言う。対してキチョウさんは、額に手を当ててため息を吐いた。
「あのねえ、お前、そもそも所属は『
『薬師』──四星の一人、『深緑の薬師』の事だろう。
「戦闘力を磨くように、と『薬師』様に言われ、『天使』様の下で修行をさせていただいています!」
少女は満遍の笑みで言う。
「どうしてこんな時に……ハァ」
またしてもキチョウさんがため息を吐く。
「わかった。じゃあさっさと連れて行ってくれ。あと、ギョウコウちゃんもいるから、忘れたりするなよ」
「ギョウコウ?」
そう言い、少女は初めてギョウコウに視線を向けた。
まさか、今までいるのを気付いていなかったわけではあるまいな。
「ああ! 『天使』様が仰っていたのはこの子の事なのですね! 了解しました!」
「あと、自己紹介して」
「は! そうですね。ワタシはリョウ! よろしくね、ギョウコウ!」
そう言い、ギョウコウの両手を掴んで大きく振った。
(げ、元気だな……)
思わずそう思ってしまう。
「そろそろ行こう。リョウ、『天使』の所へ連れて行ってくれ」
「はい!」
そう少女は返事をし、外へ出て行く。僕とキチョウさんもその少女に着いていく。
「ギョウコウちゃん、あいつ厄介だからあんま近付かないほうが良いかも」
リョウの後ろを歩いていたギョウコウに、隣で歩いていたキチョウさんが小さい声で言ってきた。
「え、どういうことですか」
僕も小さい声で返事をする。
「ハァ、見てわかると思うけど、一度好かれてしまったら永遠と付き纏ってくるんだ……嫌でしょう?」
キチョウさんは酷くげっそりした顔で言う。その様子からも、リョウに苦労させられてるのが窺える。
「まあ、嫌ですけど……」
「ギョウコウちゃんまであれに気に入られてしまっては、私に近づいて来る頻度が増えかねない。くれぐれも、好かれないように」
そう、キチョウさんは大真面目に言ったのだ。
結局は自分のためかよ……と、思ったものだ。だが、この忠告は貴重なものだ。彼女を避けるというのは気が引けるが……あまり親しくするのはやめよう。
「……わかりました。気をつけます」
「うん、それでいい」
キチョウさんは満足そうにし、普通に歩き始めた。
僕たちとリョウの間の距離は結構空いているので、今の会話は聞こえていないだろう。
もっとも、この距離を保っているのはキチョウさんなのだけど。
その後はただ黙々と歩いた。会話もなく、淡々と。
三十分ほど道を 歩いた後、リョウが歩くのをやめた。
先ほどあった高い建物は減り、一階建ての民家がたくさんある。木造だが、村の家と比べようもないほど、立派なものだ。どの家も綺麗で大きな庭があり、家によっては兵士が入り口にいた。考えるまでもなく、裕福な人たちが住んでいることだろう。
「キチョウ様! あそこです!」
リョウは右を指す。そこには、一際目立つ大きな家があった。
「うわあ、大きい……」
思わず感嘆の声を上げてしまうくらいに、立派なのだ。
「ふふ」
なんか笑われた気がするが、まあ良い。
「ギョウコウは、田舎者なんだね〜」
なんだと?
「まあ身なりからそんな感じしてたし、納得〜」
聞き捨てならないセリフが聞こえたような。
「でも髪の色は綺麗だよね〜。触らせて!」
そうリョウは良い、僕の髪に手を伸ばす。
「ふんっ!」
僕はその手をたたき落とす。リョウは驚きの表情をし、自分のたたかれた手を見る。
「ちょっと〜、痛いんですけど」
リョウは不満げに言う。
「勝手に髪を触らないでください! それと、田舎者でスミマセンね!」
僕は言う。リョウはさらに驚いた。
「あ……いや、その、ギョウコウ、ゴメン、ゴメンねぇ?」
リョウは僕が怒るとは思ってなかったのか、困惑しているようだ。
「ふふ、まあ二人とも、喧嘩をするのは構わないけど、私たちには用があるんだから。そのへんにしてね」
キチョウさんが割って入る。リョウは安堵の表情を浮かべ、キラキラした目でキチョウさんを見る。
「ギョウコウちゃんも、そんな殺意をこもった目でこっちを見ないの」
キチョウさんが言う。そんなつもりはなかったのだが、すごい目を向けていたようだ……
「あ、ごめんなさい……」
釈然としないが、とりあえず謝っておく。
「ふふ、血気盛んなのは若い証拠だよ。続きはまた後でやってね」
そう言い、キチョウさんはリョウが示した家へ向かう。僕とリョウも、大人しくキチョウさんに着いて行った。
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