第8話 出発
僕は、部屋でキチョウさんに荷物の確認を行ってもらっていた。
と言っても、持っていくものなどほとんどないのだが。
「あの、本当にこれだけで大丈夫ですか?」
僕はキチョウさんと自分の荷物を見て言う。
僕のは肩に掛けられる、大きくない鞄。キチョウさんは鞄すら持ってない。手に笠と、刀を提げているだけだ。
だから不安になって聞いてみたのだが、
「大丈夫だよ、今日中に着くから」
と、とんでもない事を言った。
ギョウコウが住んでいるこの村はレイネイ皇国の南の辺境であり、歩いて三ヶ月はかかってしまうのだから、一日で中央へ行けるはずがなのである。
「でも、どうやって?」
「ふふ、それは秘密。後のお楽しみ」
キチョウさんはニヤッとする。
これ以上何か言うと遊ばれてしまう(すでにそうなっているかもだが)と思ったので、ギョウコウは話を逸らすことにした。
「そういえば、狩人の方達って、みんな刀を使ってるんですか?」
「そんな事ないよ。刀や剣が多いけど、他にもたくさんの武器がある」
「そうなんですね」
「そうだ、ギョウコウちゃん。いつも、何の武器を使っているの?」
キチョウさんがそう僕に聞いた。
狩りで使う武器のことだろう。
「槍が多いです」
「なるほど……得意なの?」
「得意というか、それしか持っていなかったので。ただ振り回していただけで作法とかは知らなかったし」
ギョウコウが狩りで使っていたのは、村人から譲り受けた粗末な槍を自分で改良したものだった。改良と言っても、ボロボロになっていた槍の柄を取り替えただけであったが。
「ふうん、じゃあ剣術を学んでみるのはどう?」
「剣術、ですか」
「うん。あとで剣の師を付けてもらうように頼んでみるよ」
「え、いいんですか?」
「うん。どうしても槍術がいいって言うのならそっちでもいいけど」
「いえ、剣術がいいです。師を付けてもらえるだけでありがたいですし、剣術にも興味があるので、ぜひお願いしたいです」
実はソウカと打ち合ったあと、「剣も良いかもしれない」と密かに思っていたのだ。
「ふふ、わかった。後で頼んでおくよ」
「ありがとうございます」
「ギョウコウ殿の剣術が上達したら、ぜひともまた打ち合いたいであるな」
いつに間にか来ていた、ソウカさんが言う。
(絶対次は手加減してくれないじゃん……勘弁してほしいよ)
ギョウコウは密かにそう思ったのだった。
キチョウさんの話によると、「狩人組合」という組織があり、中央部、北部、東部、南部、西部それぞれの地域に展開されているらしい。
とりあえず南部の狩人組合の本部へ向かうのだそう。そこから中央部の組合本部に直行できるのだとか。
(きっと僕には想像できないほどすごい技術があるんだろうな……たぶん)
「じゃ、そろそろ行こうか」
そうギョウコウは思いながら、ギョウコウ達は出発した。
思っていたより、旅は早く終わりそうだ。
そう思ったのは、出発してすぐである。
ギョウコウ達が村を出てすぐ、身体が少し浮遊したと思えば、周りの景色が一瞬にして変わったのだ。
キチョウさんによると、空間転移という魔法を使って移動したらしい。空間属性の魔法を応用したもので、一流の魔法使いでも使うのが難しい、高難易度の魔法なのだそうだ。
(どのくらい難しいのかわからないけど、やっぱりすごい人なんだなぁ……)
一般人はこの魔法を知らない人が多いから、この魔法を使って驚かれて騒ぎになるのを防ぐため、人の目に付きにくい場所へ転移したようだ。
「まずはギョウコウちゃんの身分証を発行しないとね」
「身分証?」
「うん。ギョウコウちゃんがちゃんとレイネイの国の人って証明するものさ。それがないと、街に入りたくても入れないからね。他の国へ行くときも使うから、大切なものなんだよ」
「なるほど」
キチョウさんが転移したのは、ギョウコウが住んでいた村が属するサク州の一番大きい街らしい。
「実はほとんどの街には一つ、役所があるんだけど、ギョウコウちゃんが住んでた場所は街ですらなかったからなかったの。だから身分証を発行するなら、ここだね」
どうやら、ギョウコウの村は小さすぎて役所がなかったようだ。だから転移してまで、ここに来たようだ。
役所へ向かう。
この街はサク州の州都で、ランキョウというらしい。ランキョウの街はすごく発展していて、見たこともないような高い建物が立ち並んでいる。木造ではなさそうだ。
ギョウコウが驚いて見ていると、キチョウさんは笑った。
「ふふっ、こういう建物は初めてみたいだね。中央はもっと発展してるから、楽しみに待っているといいよ」
「えっ⁉︎ もっとすごいんですか?」
「そうだよ。外の国の技術も取り入れていて、ものすごく発展してる。私も初めて見たときは驚いたものさ」
そう会話をしながら、役所へ向かう。
しばらく歩いていると、キチョウさんが指をさして「あの建物だ」と言った。
見ると、この辺りでは一番大きい建物であった。
入り口の近くには、二人の兵士が立っている。怪しい人が立ち入らないように、見張っているのだろう。
中へ入ると、横に長い大きな机があり、五人の職員が何やら作業をしている。
キチョウさんがその机へ向かうので、ギョウコウも着いていく。
「すみません、この子の身分証を発行したいのですけど」
キチョウさんが座って作業していた男性の職員に声をかけた。
「出身は?」
男性はそう冷たく言う。
「ゲツナン村」
キチョウさんが言う。
ギョウコウは知らなかったのだが、あの村はゲツナン村と言うらしい。
「ゲツナン……お名前は?」
男性がそう言うと、キチョウさんが僕に目配せをしてきた。自分で言え、ということだろう。
「ギョウコウ、です」
「所属は?」
「所属……えっと……」
ギョウコウはどこかに所属している覚えはない。言い淀んでいると、キチョウさんが助け船を出してくれた。
「この子に所属はありません」
「ふむ」
男性は分厚い資料を取り出して、頁をめくりながら調べている。
何枚も頁をめくった後、男性は動きを止めた。
「あなたは孤児で、ナヤという女性が保護者で間違いないですか?」
──ナヤ。
久しぶりに聞いた名前だ。以前、ギョウコウ達を育ててくれていた女性。優しい女性だった。
「はい、そうです」
「では、保護者であるナヤ殿による証明と承認が必要です。本日連れて来ることが出来ないのであれば、後日、改めて来訪願います」
「それなんだけど、ナヤは既に亡くなっているんです」
キチョウさんが言う。
「ふむ……ナヤ殿は狩人組合員だと記されていますが、組合から死亡の連絡は来ていません。その、亡くなったというのは本当ですか?」
「間違いない」
「そう仰いますが、あなたはどなたですか? 身分証の提示をお願いします」
「どうぞ」
キチョウさんは、手の平ほどの大きさの薄い板を二枚男性に渡す。
男性は確認すると、顔色を変えた。
「キチョウ……四星の、キチョウ様でありますか⁉︎」
男性はそう驚いたように言う。キチョウさんは笑顔だ。
「そうさ。ナヤは私の配下の一人だったんだよ。それで申し訳ないんだけど、この子の家は全焼してしまって、証明できるものが何も残っていないんだ。だから私の名の下でこの子の身分証を発行して欲しい」
「し、承知いたしました。しばしお時間をいただきます」
男性は緊張した面持ちで言い、資料を持ってどこかへ行ってしまった。
キチョウさんは近くの椅子へ向かい、座った。
「ほら、ギョウコウちゃんもおいで」
そう、椅子をポンポン叩きながら言う。
ギョウコウは言われるまま、椅子に腰掛ける。
「ふう、無事に済んでよかったよ」
キチョウさんはそう言うが、キチョウさんがいなければ、僕の身分証は発行されなかっただろう。
「四星ってすごいんですね。どうして、さっきの人はあんなにあっさり発行してくれるって言ったんですか?」
「四星は皇帝直属の狩人だからね。四星の立場っていうのは、主要な大臣らとほとんど変わらないんだよ。だから、ああいう手続きではたいてい通る。それが特権であり、四星という立場が信用出来ることの証明なんだよ」
「やっぱり、みんなキチョウさんのことを知っているんですか?」
「一般人には通ってないかもね。私を見て一目でキチョウだとわかる人は、ほとんどいないし。一般人には、二つ名だけ通っているみたい」
「二つ名?」
「うん。私は『三日月の遊子』というらしいよ。誰が考えたのか知らないけど、陳腐な名だよねー」
そんなことない、とギョウコウは言いたい。二つ名があるだけすごいのだから。
「他の四星の方達にはどんな二つ名が?」
「『氷結の聖女』、『白亜の天使』、『深緑の薬師』さ。向かうのは『白亜の天使』のところだよ」
キチョウさんが言う。
「本人のお名前は何て言うんです?」
「おっと、それは言えないね。想定外のもめ事を避けるために本名は秘匿されてる。本人に近しい者だけ、知れるんだ。みんな『天使』とか『
「キチョウさんは『遊子』?」
「うん。でも、私のことを知っている人は、キチョウって呼ぶ人の方が多いね」
「名前は秘匿されているんじゃ?」
「私は特別に許されているんだよ。理由は秘密だけどね」
「な、なるほど……」
沈黙が訪れる。ギョウコウは気まずい思いになった。
「……キチョウさんは、ナヤさんの上司だったんですか?」
気まずさを紛らわすために、話題を振る。
さっきの会話を聞いていて、一番気になった部分だ。
「正確には、ソウカの、だけどね」
「ソウカさんの……」
ナヤは優しかった。病気で死んでしまったときは、みんなで大泣きしたのを覚えてる。そういえば、ナガルを連れて来たのはナヤだった。兄弟が増えて、みんなで喜んでいたなぁ。
「ナヤはね、子供が好きだったよ。ギョウコウちゃんのいた村は安全だったから、孤児達と共にそこに住んでもらっていたけど……ふむ……」
キチョウさんは口をつぐむ。
「気になることが多すぎる。ギョウコウちゃんを無事に送り届けたら、調査に行こうかな」
「すぐに、行ってしまうんですか?」
「ん? なに、悲しいの?」
「あ、いやそうではなくて……」
少し早いのでは、と。そんなに急を要するほど重要なことなのかと、そう思っただけなのだが。
「ふふ、ごめんごめん。心配事はなるべく早く片付けたいからね。でも、一晩は泊めてもらうつもりだよ。久しぶりに『天使』と話したいしね。」
そう言うキチョウさんはすごい笑顔だ。からかってやろう、とか思ってそうだ。
「そうですか……」
僕は静かに、そう言った。
「……あの、『魂の力』というものは、誰にでもあるんですよね」
また、キチョウさんに質問する。
「基本的にはね」
「じゃあ、火の力の人もいますよね」
「……そうだね」
「『天使』さまの配下の中に、いますかね?」
「探せば、見つかるかもね。だけど、自分の『魂の力』を他人に教えるのは、普通はしないんだ」
「どうしてですか?」
「自分の手の内を晒すようなものだからね」
「なるほど……」
「いずれ使いこなせる時が来るはずだから、安心するといいよ」
「何年かかることか……」
「ふふ、案外、早く身につくかもよ? これに関しては、ギョウコウちゃん次第だよ」
キチョウさんは言う。薄く笑って。
その時、先ほどの男性職員が戻って来た。
「お待たせ致しました。発行が完了致しました」
そう言い、長い机の方へ行く。ギョウコウとキチョウも、職員に付いて行く。
「こちらです。間違いがないかご確認ください」
職員はギョウコウに身分証を差し出す。手のひら程の大きさの、薄い木の板に名前や出生が書いてある。
「間違いないです。ありがとうございます」
「君、私がここに立ち入ったことは誰にも話さないでくれるかい?」
「はい、もちろんでございます」
「うん、助かるよ。まだ何か残っていることはある?」
「いえ、ございません。お帰りになってもらって構いません」
「わかった。手続き、ありがとう」
「いえ。安全にお帰りください」
職員は深々とお辞儀をする。
「うん。さ、ギョウコウちゃん、行こうか」
「はい。ありがとうございました!」
ギョウコウは男性職員にそう声をかけ、役所を後にした。
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