第7話 供養

 次の日の朝、出発する前にギョウコウたちはナガルたちの遺体を埋葬することになった。


 そういうわけで、ギョウコウたちの家へ向かう。キウソ、キチョウさん、ソウカさん、カイロウも一緒だ。

 家へ着くと、キウソが息を呑んだのがわかった。それもそのはず。ギョウコウたちの家だったものは見るも無残な状態になっていたからだ。屋根は焼け落ち、木でできた家は黒くただれている。見るのも辛くなるほど、酷い有様だった。


(僕が、こんな……)


 ギョウコウのせいなのだ。


 僕が『魂の力』を暴走させてしまった結果なのだろう。ナガルが亡くなったのは僕のせいではないけど、生きていたとしても他の兄弟たちのように火事で亡くなっていた。

 だから、供養を怠ってはいけない、決して。


 実際は、まだ怖い。目の前のボロボロな家も、中にあるであろう兄弟たちの遺体も、見るのが怖い。自分たちを死へ追いやったギョウコウを恨み、憎んでいるのでは、と考えてしまう。

 そんな考え、自分の足枷となるだけなのに。

 だからこそ、ちゃんと供養して、その考えを取っ払いたい。そして、また新たな一歩を歩もうと、そう思ったのだ。

 ギョウコウは、覚悟を決めた。


「ギョウコウ、僕も一緒にやるから」


 そう、キウソが言ってきた。


「僕は何の役にも立てていなかったから、せめてこれだけでも、ね」

「……身体の調子は、大丈夫なの?」

「うん、今いい感じなんだよね。あ、見て、カイロウさんたちが作業を始めたみたい」


 キウソは指をさす。その先には、カイロウとキチョウさん、ソウカさんが土を掘っていた。僕とキウソに気を使って、先に作業を始めていたようだ。


「僕たちも手伝わないとね」


 僕はキウソに言う。


「うん、そうだね」


 そうして、僕たちはキチョウさんたちの 方へ向かった。



 キチョウさんたちは鋤で地面を掘っていた。

 一人一つずつ、遺体を埋める墓の穴を掘っているようだ。


「カイロウ、お前さ、土属性の魔法使えなかったっけ?」

「失礼ながら、そう申し上げた記憶はございませぬ」

「ハァ、ソウカも私も使えないから仕方ないね……」

「面目ございません」

「いいって、気にしてないから」


 そんな会話をしながら、地面を掘っていた。

 キチョウさんは相当な面倒臭がりなのかも、なんて思ったり。


「キチョウさん、僕たちも手伝います」

「お、ギョウコウちゃん。もう大丈夫なのかい?」

「はい、覚悟は決めました。なので、僕もやります」

「キウソくんも大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「よし、じゃあそこにある鋤で、四つ目の墓を掘ってくれる?」


 キチョウさんが側に置いてある鋤を指さして言った。


「わかりました」

「じゃ、よろしく」


 キチョウさんがそう言ったあと、僕とキウソは四つ目の墓を堀り始めた。




 しばらくして、墓が完成した。土を掘って遺体を埋めるだけの、簡単なものだ。


「よし、出来上がったことだし、遺体を運ぼう」


 その一言を合図に、僕たちは家へ向かう。

 ボロボロの家を目の前に、突然、異様な匂いが香ってきた。


(なに、この匂い……!)


なんとも言いがたい、強烈な匂い。


「うっ……」


 キウソが呻めき、口と鼻を手で覆って膝を着く。顔色がひどく悪い。


「キウソ──」


 名前を呼びかけた瞬間、強烈な腐敗臭がギョウコウを襲う。先ほどとは比べ物にならないほどに強い。


「──どういうことだ、結界が効いていない」


 キチョウさんが言う。そして顔を顰める。


「チッ、厄介な。カイロウ! 今すぐ『対妖鬼結界』を張れ!」

「はっ!」


 カイロウは返事をすると、両手を胸の前で合わせ、何かを唱え始めた。そして数秒もしないうちに、ギョウコウたちは半透明の青色の幕に囚われた。その幕はどんどん範囲を広げ、山一帯を覆う勢いだ。


 キチョウさんはそんなカイロウに構わず、キウソの方へ向かう。


「大丈夫かい? この結界の中にいれば大丈夫だから。悪化したら、いつでも私に言ってくれて構わない」

「は、はい……」

「よし。ソウカ!」

「はっ!」

「この妖気の元凶を追え! だが、無理はするな。結界外へ逃げられたら、構わず戻って来い」

「了解しました!」


 ソウカさんはそう返事をし、山の方へ駆けて行った。


「ギョウコウちゃん」

「は、はいっ!」


 突然呼ばれて、素っ頓狂な声を上げてしまった。少し恥ずかしい。


「……照れてる場合じゃない。さっさとご遺体を埋葬するよ」


 少し困ったように、キチョウさんが言う。だが、そんな事を言っている場合ではなさそうだ。


「わかりました…………あの、一体何が起きたんですか?」

「それは後で。とりあえず、埋葬しよう」


 キチョウさんはそう言い、家へ向かった。僕もそれに続く。キウソは少し離れたところで座って見ている。よほど身体に障ったのだろう。未だに苦しそうにしている。


 僕とキチョウさんは、家の中に入る。中も酷い有様だ。相変わらず異臭はするけど、カイロウがさっき結界とやらを張ったおかげか、だいぶマシになっている。

 兄弟たちの遺体はすぐに見つかった。身を寄せあうような形で焼死体が重なっていたのだ。皮膚がただれて黒く変色し、熱で溶けて服に皮膚がくっついている。

 焼死体などギョウコウは初めて見たので、驚いて思わず後ずさる。


「無理しなくていいからね?」


 キチョウさんが気を使ってくれた。だが、そういうわけにはいかないのだ。


「いいえ、大丈夫です。僕のせいだし、せめて自分でやらなと」


 そう言い、焼死体へ近づく。

 ネイヤとコウヤ、リンヤ……って、あれ?


「ナガルがいない……?」


 ぽつんと、呟く。この三人の焼死体はあるのに、ナガルのだけがない。確か、布団に寝かせていたはず。

 いや、待てよ。あの時、キウソはナガルにまだ脈があったからカイロウを呼びに行った。しかし、『朱雀』の金の矢に貫かれたら即死する。辻褄が合わない。

 おかしい。キチョウさんが嘘をついているとも思えないし、何か想定外のことが──。

 

「どうしたの、ギョウコウちゃん」


 僕が考え込んでいるのを不審に思ったのか、キチョウさんが話しかけてきた。僕は、今考えていた事をキチョウさんに話した。


「ふむ、少し厄介なことになっているね。……そうか、なるほど。この事態の原因がわかった」


 キチョウさんはそう言い、コウヤの焼死体を持ち上げる。


「後で話すから、とりあえずこの三人の埋葬をするよ。一人、持てるかい?」

「はい」

「じゃ、持って来てね」


 そう言い、キチョウさんはそのまま出来立ての墓へ持っていく。ギョウコウも一人抱えて外へ行く。小さいので、ネイヤだろう。


 遺体を墓に入れ、土をかぶせる。

 キチョウさんは、すでにリンヤの遺体の埋葬を始めていた。ナガルの遺体がないので、それで最後だ。

 キチョウさんが埋葬し終わると、ちょうどソウカさんが戻って来た。怪我などはなさそうだが、ひどく疲れた様子だ。


「キチョウ様、申し訳ございません、取り逃してしまいました」

「……そっか。この結界の範囲外へ逃げられたんだね?」

「左様です」

「仕方ない。カイロウ、結界を解除して」

「はっ」


 カイロウはずっと手を合わせていたみたいで、今やっと解いたようだ。


「さて、それじゃあ供養を」


 キチョウさんはそう言って、墓の前で手を合わせる。僕たちも、手を合わせて冥福を祈る。いつの間に来たのか、キウソも手を合わせていた。

 僕は目を瞑り、心の中で兄弟たちへ語りかける。


 (コウヤ、リンヤ、ネイヤ。本当にごめんなさい。僕のせいで、酷い目に合わせてしまいました。これから僕は新たな道へ進みます。絶対とは言わないけど、見守ってくれると嬉しいです)


 そう心の中で言う。


 ──大丈夫だよ。


 そう、どこからか聞こえた気がする。声の正体はわからないけど、僕はその声に、とても安堵した。

 僕は目を開く。他のみんなはすでに目を開けていた。思ったよりも僕は長い時間目を瞑っていたみたいだ。


「よし、無事終わったみたいだし、今起きたことの説明をしよう」


 やっとだ。


「ほぼ確実に、ナガルという子が鬼になってる。そうでしょう、ソウカ?」

「はい。なぜかはわかりませぬが、魂は完全に破壊されていなかったようです。我が追っていたあれは、間違いなくナガル殿でしょう」

「ナガルが、鬼……?」

「でも、キチョウさん。鬼って、知性ないし、大して強くないですよね? ナガルは、そんなに強かったんですか」


 ギョウコウが今まで退治してきた鬼は、ただ感情任せに暴れていただけだった。動物の鬼が多かった気がする。

 

「ギョウコウ殿、鬼というのは二種類あって、一つが雑魚鬼、もう一つが妖鬼ファントムだ」

「ふぁんとむ……?」

「滅多に現れない、知性がある鬼だよ。知性があるから、中には魔法や奥義を使ってくる者もいる。人型が多いね」


 奥義──『魂の力』を使って発動するやつだった気がする。じゃあ僕が今まで退治していた鬼は、雑魚鬼だったわけだ。


「死んで鬼になった者は、たいていは怒りや憎しみが原動力だ。時間が経てば落ち着く場合もあるし、そうじゃない場合もある。より力の強い妖鬼ファントムになると、生きている人間と遜色なくなる」

「じゃあナガルは、その妖鬼ファントムというのになっちゃったんですか?」

「そうだ。ソウカが始末出来なかったとすると、かなり上位の妖鬼ファントムだね。ソウカ、様子はどうだったの?」

「怒りか恨みか、感情任せにひたすら走っていました。我のことに気づいている様子もなく。結界外に出られてしまったので諦めましたが……調べた方が良さそうです」

「私も同感だね。そもそも、『朱雀』の矢で死ななかった事例は見たことないし、なにかが起こっているのは間違いない。ソウカ、この妖気を追えるね?」

「もちろんです」

「じゃあ、追跡してほしい。くれぐれも、気付かれないように。お前に死なれたら、大変だからね」

「ふっ、ご冗談を。我が死ぬなど、ありえませぬ」


 ソウカさんは不敵な笑みを浮かべる。


「我はすぐにあれを追いかけようと思うのですが、よろしいですか?」

「うーん、キウソくんへの迎えが来たらにしよう。それまでソウカはここにいてくれるかな?」

「わかりました。で、お二人どうするおつもりで?」


 お二人、というのは僕も入ってるだろう。


「すぐに出発しようと思ってるよ、問題ないよね、ギョウコウちゃん」

「え、あ、はい! 大丈夫です」


 いきなり話しかけられて焦った……


「じゃあ準備しよう。あ、どうしても持っていきたい物だけでいいからね。食料は必要ないし、衣服は向こうでもらえるから」


 キチョウさんが言う。


「でも、遠いんですよね? 少しも必要ないんですか?」

「うん、私も持っていかないからね。そんな感じで、準備してね」


 そう言い、キチョウさんは戻ってしまった。

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