NTRビデオレターのフィルム缶が送られてきた。
@redeyesers
第1話
NTRビデオレターがフィルムで届いた。
なんとか映写機で再生したところ、白黒で画質も悪く、音声もなく、どうにもなにが起きているかわからない。
悩んでいると、訪問者が現れた。
「どなたですか?」
「活動弁士です」
そもそも、誰がNTRれたのかわからない。バカ正直にフィルム缶の宅配伝票に「NTRビデオレター」と書かれていたので、おそらくそうであろうと思っただけである。
嫁か、妾か、セフレか、元カノか、嫁の妹か、嫁の従姉妹か、嫁の嫁(事実婚)か、嫁の元カノか、嫁のセフレか、嫁の妾か、嫁の援交相手か。
とりあえず活動弁士を招き入れ、映写機のある部屋に案内する。短いとはいえ喉も乾こう、温かいお茶を淹れ、始めていただいた。
「えー、では始めさせていただきます。この映写機は……」
私が適当に買ってきた映写機の蘊蓄を垂れる。何も資料もないのに、よくもスラスラと解説できるものだとしきりに感心した。この解説は古き無声映画の時代の作法なのだという。
「はい、では、再生をお願いします」
合図ともに映写機を回す。
解説が入ったことで、よく分からなかった映像が意味を持つ。モザイクかと思ったら、何が描かれているかを知った瞬間、それに見えるという。人間の認知能力とは凄いものであった。
「いぇーい! 彼氏くんみてるー?」
NTRビデオレターの作法に則った挨拶を、見知らぬであろう男がしているのがわかる。しかし、その顔はわからない。
「今から君の彼女が俺のモノになるのをね、そこでみててくださいねー!」
活動弁士の迫真の演技。しかし、NTR男の顔も、その隣の「彼女」の顔も不鮮明である。
その後の行為の実況、活動弁士はプロ意識からか、「彼女」の喘ぎ声なども恥ずかしげもなくしっかり発声し、短い映像を演じきった。
しかし、最後まで聞いても、誰がNTRれたのかわからない。これでは、一風変わったただのAVである。活動弁士の技巧もあり、しっかり勃起できていた。これがプロの仕事かとしきりに感心し、私は拍手を送っていた。
映画が終わって、しばらくは活動弁士と雑談をしていた。
「失礼かもしれませんが、未だ活動弁士が生き残っていたとは驚きです」
「よく言われます。しかし、今も無声映画を上映する映画館はありまして、有名な方々がおられます」
「ほぉ、今度観に行こうかと思います。本日の解説は見事でしたから、他の方の解説も気になってきました。あなたの他の解説も聞きたいものです」
「恥ずかしながら、私はNTRビデオレター専門の活動弁士でして」
「NTRビデオレター専門?」
あまりにも日常的に繋がりそうになさすぎる単語の組み合わせに、思わずオウム返しに問うてしまう。
「はい、昨今ではNTRビデオレターを送りたいが、不貞の証拠になるからと、不鮮明な無声映画を送るのが流行っているのです。そこで、私のような食い詰めの活動弁士がNTRビデオレター協会に雇われ、解説にあたっているのです」
「その、訴えられたりとかは」
「協会の弁護団が守ってくれますので、どうにかやっていけております。不貞の直接的な証拠にもなりませんし、私はただ依頼を受けて解説に伺っておりますので……」
そこから、活動弁士は声量を落とす。
「あとここだけの話、送り主からプロファイリング用の資料をいただきまして、協会の派遣判断士から、お客様のような大丈夫そうな方のみ、ご訪問させていただいております」
なるほど、よく考えられている。
「おっと、すみません。そろそろ次のお客様のところにいかなくては」
「ああ、長々と引き止めてすみません」
しかし、ふと思いとどまる。
「あ、少しだけ待ってもらえますか?」
「あ、はい」
封筒を探し、そこに心ばかりの紙幣を入れた。
「これを」
「そんな、お代は送り主から充分頂いております」
「いえいえ、見事な解説をいただきましたので」
押し付けるように封筒を握らせた。
活動弁士を見送り、映写機を仕舞う。
NTRビデオレター専門の活動弁士とは、この世には奇妙な職があることが知れた。そして、あのような素晴らしい技能が世界にはたくさん埋もれているのだろう。
「とりあえず、NTR返しビデオレターを撮るか」
活動弁士の名刺を手に、私は誰がNTRれたのかを確かめるために家を出た。
NTRビデオレターのフィルム缶が送られてきた。 @redeyesers
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます