第1話 物心
最初の記憶を物心と言うのなら、私の物心は人よりも随分汚い物心でした。
周りから冷たい目で睨まれ、虐められ、常に一人で遊んでいる。私の物心は、そんなとこから始まります。
そうなった経緯や理由も、物心つく前なので記憶がありません。
いずれにせよ、私は生まれつきとても変わっていました。
人は得体の知れないものを遠ざけます。それは単純明快な本能です。
なので私を虐めていた人を悪人とも思いませんし、恨んでもいません。必然的に、私は一人だったのです。
あまり前置きが長くなってはいけませんね。
実際に何があったのか、話していきます。
――快晴。
そんな日、幼稚園では園児たちを外に出します。
サッカーをして遊ぶ子供。三輪車で鬼ごっこする子供。
そんな楽しそうな子たちを横目に、私は一人、一生懸命砂場で山を作っていました。
大きな大きな山。頑張れば頑張るほど山は高くなり、土砂崩れが起きないように何度も叩いて強くして、また周りから砂を搔き集めて高くしていきました。
わぁ、、、!
強くて高い山を、一人で作り上げたことに達成感を覚えました。
でもまだ足りない
休み時間もまだありそうだったので、砂の山の麓に指を立て、猫のように掘り始めました。
ある程度掘れたら反対に回って、同じように掘ります。
山を貫通させてトンネルを作りたかったのです。
新たな目標ができた私は穴を覗いては、早く向こう側の景色が見えないか、とワクワクしながら作業に夢中になっていきました。
もうそろそろ出来そう!
そう思いながら穴を覗き込んでいると、突然目に痛みが走りました。
「―――うっ」
私は慌てて上体を起こし、目をこすりまくりました。
目をこする度、ジャリジャリと涙にまみれた何かが音を立てます。
え、何?いきなり何?
私は作業に夢中になっていたのもあり、突然の出来事に軽くパニックを起こしました。
すると、空からケラケラと笑い声が降ってくるのです。
何とか開いた目を上に向けると、楽しそうに笑う男子2人が目に入りました。
その砂場の真隣にはジャングルジムが設置されており、男子たちは中間まで登り、私を見下ろしているのでした。
「うわっ、鼻水出てる!きも!!」
そう言いながら男子の1人が楽しいのが我慢出来ないような酷い笑みを浮かべながら、その手に握られているものをまるで料理の味付けに塩を加えるかの如く、私に向かってサラサラと振りかけるのでした。
そこで理解しました。
あぁ、私に掛けられているのは砂だ。
上から砂を掛けられているんだ。
私はそれを止める訳でもなく、ただ下を向い目に砂が入らないようにしずっと耐えました。
面白くない私の反応に、男子たちはジャングルジムから降りてくると、砂をさらに掬い上げ、頭の上からさらに砂を掛け、ポケット、靴の中まで砂を流し込み始めました。
仕上げと言わんばかりに、ほぼ完成していたトンネルを踏みつぶし、跡形もなくなったところで私が泣き始めたのを見て満足したのか、男子は走ってどこかへ行ってしまいました。
取り残された私はどうしようもなく、すすり泣きながら助けを求めてさ迷いました。
幼稚園児が助けを求める人物と言えば一人しかいません。
私はベランダの影から園児たちを見守っていた先生のところに救いを求め、たどたどしく向かいました。
子どもは純粋な生き物です。私も例外なくそんな子供で、さらに言えば、当時の私の世界で「先生」とは神様に近い存在でした。
そんな先生の前に立つと、私は一言、
「砂をかけられました」
と。
そう話す時、自分の口の中にも砂が入り込んでいるのに気付きました。
砂は意外と無味で、気持ち悪さは異物感に由来するものでした。
先生は、私の体貌を見て全てを理解したようです。
私はズタズタになっている心を癒してほしくて、先生の言葉を待ちわびました。
先生は黙って跪くと、険悪な顔で私についている砂を払い落とし始めました。
しかし砂を払い落とすくらい、自分でできます。
先生にしてほしいのは、そう言う事ではありませんでした。
慰めてくれたり、頭を撫でてくれたり、誰に砂を掛けられたのか聞いてくれたり、庇ってくれたり――
そこで思い出しました。
この先生は私の事が嫌いだったな、と――
私の「砂かけ事件」の記憶はここで途切れています。
先生に嫌われていることって勘違いじゃないの?と言われるかもしれません。
しかし私は子供です。人に嫌われることなんて鼻から知らないのです。
純粋な子供が、自分は嫌われていると自覚してしまう程の態度を先生はしていたのです。
以降の人生でも多くの先生に担任して頂きましたが、はっきりと先生に嫌われていると思ったのはこの先生だけです。
もちろん、先生に嫌われていると自覚したのはこの事件の時だけではありません。
またそのお話は次回。
短いですが、「和式トイレ事件」です。
いじめから始まった私の人生 井伊琴 乃(いいことない) @Iikoto-nai
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