何かがいる家

@sik21

第1話

 人里離れた一軒家。そこに九日前、僕は引っ越してきた。辺りは鬱蒼と生えた木々。小鳥が物寂しい鳴き声を上げ、虫の羽音が鳴り響く。


 都会疲れの老若男女がな憧れるであろう場所。僕は優越感に浸り、爽快感に溺れていた。だが引っ越して数日後、ある奇怪な事が起こり始めた。それは足音。真夜中、唐突に鳴り響く。


最初は所詮、動物の足跡。自然音として気にしてはいなかった。しかし時が経つにつれ、足音と認識できる位、大きくなっていく。だがそれが鳴る場所は所々。


最初は二階。二室ある個人部屋から。それから三日経つと今度は一階に降りて来る。まずは台所、その後廊下。そして左隣にある部屋。


おかけで恐怖心で頭かあふれかえり、夜も眠れない。輝かしい新居生活は一変、もはや獰猛な猛獣が住む檻に入れられた罪人と化した。


 そして今夜も満月漂う夜間が訪れる。時計の針が十二の数字に刺す。その時、足音は目覚める。どうやら今夜は物置部屋。僕がいる寝室の隣。まるで小動物が薄暗い森を彷徨うように、あの音を響かせる。


僕はそれをベットの上で、一人、黙々と聞いていた。恐怖心と言う興奮が冷静さを奪う。そのおかけで興奮を発散しようと、貧乏ゆすりを始める。


物音を鳴らす何かは僕の情けなく、恐れている様子を嘲笑っているのか、更に足音を激しくさせる。


恐怖と怯え。それに伴う苦痛と惰性。おかけで一歩も足も踏み出せない。限界が迫る。これ以上放置しておけば精神がやれてれしまう。


だがその危機感がバイブルとなり、動かぬ足を作動させるきっかけとなった。僕は勢いで立ち上がる。そして数ミリ足を擦りながら、ドアへと向かう。


ギシギシと軋む音が響く。それは今にも抜けそうな廃墟の床を歩いているかの如く。


ドアまでは三分もかからない。そのまま冷たいドアノブを握り、ゆっくりと軋む音を立て奥へ押し込む。


淡い橙色の光が斜陽の如く、暗い室内に入り込む。そのままドアをゆっくりと押す。そして廊下へ身を投げる。


ベニヤ板に敷かれたそこは左右、細長く続く。左は台所。右は玄関。それらの合間に挟まるようにして、各部屋へ続く扉が埋め込まれている。


僕はまるで車が通らないか慎重に確認する小学生の如く、左右を何度も見渡す。そして確認すると、その何も通らない車道を渡るかのように、急いで右にある物置部屋へ向かう。


力強い足音が小刻みになる。自分の鳴らした音、それさえも怯える心臓にとっては爆発音に等しい。


扉が聳え立つ。僕はうずくまるようにして、その前に立ちすくむ。その合間でも、向こう側からあの音が聞こえてくる。どうやらまだ走り回っている様子。


僕は物置部屋へ突入しようと、ドアノブを握る。しかしそこから身体が硬直し、動かなくなった。両足が震え、ドアノブを掴んだ左手が動かない。


呼吸が激しくなる。それはさっきまで猪突猛進で走ったかの勢い。おかけで口の中が乾いて行く。それが二分。ドアノブが手のひらから湧き出る体温でぬくもった頃合い。


僕は唾を飲む。喉が少し潤った。覚悟を決める。どうせここから引っ越す。せめて最後に歩く姿位見ようと、好奇心を沸き立たせる。


そして覚悟を決め、ゆっくりとドアノブを捻る。ロックが外れる音がねっとりと鳴り響く。ドアが軽くなる。そのまま奥へと押し込む。


暗い闇に包まれた物置部屋は、廊下から溢れ出る光で前面が照らされる。おかけで積まれたダンボールの一部が目視できる。しかし奥までは見えない。足音は鳴りをひそめる。


僕は脇にある電気スイッチに手を伸ばし、それを押そうとする。震える手。緊張と興奮が際限なく体全体を駆け巡る。一体何が見えるのか、そして見えたらどうなるのか。拡大妄想が頭を支配する。


そのせいか、手の筋肉がこわばりスイッチを押す力が出せなくなる。ただ優しくかぶせている状況。


しかしこのまま固まっていては、あの足音の主に会えない。いや、襲われるかもしれない…。決断を迫られる。しかしそれは僅か数十秒で決まった。


僕の手はスイッチを押そうと力を入れる。心の奥底で押すと決心したようだ。カチッと音が鳴る。すると暗闇に包まれた部分。白き光が降り注ぎ、全体像が明らかになる。


僕は四十五度で制止したドアを思いっきり開く。全体像。あの足音の正体を見ようとする。


ドアが舞台幕の如く開く。その先にはダンボール箱が無造作に、まるで空き巣が入り、荒らされた後の如く置かれている。


引っ越ししてから一切出入りしていないせいで、ろくに整理も出来ていない。おかけで浅い茶色の床の上に埃が積もっている。荒れ果てたその部屋を辺りを隈なく見渡す。


するとその時。左奥辺りの壁に黒い影が映った。まるで幻影のように。僕はそれを目視する。その瞬間、両手、両足が一切動かなくなる。まるで金縛りにあったかのようだ。恐らく見てはいけない物を見てしまった事による恐ろしさが原因。


狼狽する身体。だが両目だけは見開き、幽霊は何処だと、怯えと恐怖をかき消す勢いで部屋全体を見つめる。影が映り込んだのは左奥辺り。頼りない両目を頼り、そこをじっと見つめる。


そこは唯一、ダンボールが置かれていない場所だった。まるで円を作るかのように、辺りに散らばっている。


意図的に置かれたようだ。しかし僕は置いていない。だが本当は置いたかもしれない。曖昧な記憶が飛び交う。


だが今はそんなそれに震える両足を強引に制御し、部屋の中に入る。そして埃が舞い上がらないよう慎重に足を運ぶ。その間、木の板を踏むかのような独特な軋みが鳴り響く。


白き光が注ぐ中、僕はここから見えないかと見つめる。だがダンボールが意思を持ち、見せまいと妨害する。


そのおかけでもう少し近づかなければ全貌が見えない。一歩、また一歩と近づいて行く。一定のリズムでなる足音。幽霊はその足音に怯えたのか、はたまた隠れたのか、一切音を出さなくなる。


いやに静かになったこの空間。僕にとっては心が引き締まる。緊張と言う糸が心臓を

がんじがらめにする。


五分位たった。サークルを作るダンボールが目の前に迫る。少し背を伸ばせば見える距離。山肌を見つめるかの如く、僕はそっと見つめようとする。


 正直、目視したくないと言う気持ちはある。それは見ようとしている最中でも。だがここまで来て、正体を見ないと言う選択は浅はか。後もう少しで山頂だと言うのに、のこのこと降りることは出来ない。


唾をぐいっと喉の奥に流し込む。そして積まれたダンボールの脇からサークルの中心を見つめる。


だがそこには誰もいなかった。姿、形、影さえも。僕は呆気にとられる。そのせいか、これまでの緊張が急にほぐれ、言葉にし難い高揚な気分が湧き出て来る。


しかし足音の主は起きは置き土産の残していた。淡い茶色の床の上。焦げ目のような何か黒い染みがへばりついている。それは半径五センチ位の円を描き、まるで黒点のよう。


僕はそれをじっと見つめる。五秒、十秒。刻々と時が経つ。僅かな時間。だが僕の体内時計は優に十分を超えていた。


そのせいか興奮が冷めていく。現実に戻されたよう。そのせいか、早くここから出たいと、身体が求めだす。


突拍子な寒気が体の内を震え上がらせ、その気持ちを更に促進させる。そしてそれが限界に達する。僕はその黒い染みを脳内に焼き付け、そそくさとその場から立ち去った。


 無意識的。もはや何故走るのかさえも分からない。感覚さえも麻痺していく。埃がたとえ宙を舞う。ダンボールを勢いよく押し倒す。もはや行きに存在した些細な事を気にする余裕はなくなっていた。


僕は勢いよく部屋を飛び出し、元居た寝室へと戻った。その時間、僅か数十秒。一切物事を考えず、無心を貫いた。


扉が叫び声のような大きな音を立て閉まる。僕は口呼吸を繰り返しながら、千鳥足でベットへ向かう。そして腰を下ろす。平坦に広がるシーツに座る時、嫌な感触がお尻から伝わる。


虚無、高揚、達成感。相反する感情が同時に湧いて出て来る。もはや一種の錯乱状態。深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻そうとする。


静寂が広がる。足音が一切鳴り響かなくなる。まるで人間を見た小動物が急いで逃げるかのように。


しかし足音の主が逃げた所でこの興奮が消化できるわけがない。また出て来る可能性がある。そして今度は一体どうなる。そんな未来予想を思い浮かべながら、この静寂とした空間で一人考える。


そうして考えられた末得た結論。それはここから引っ越すこと。これ以上住んでいては身も心も疲弊してしまう。僕は疲弊した身体をいたわるため、そのままベットに寝込む。


静かな空間はまだ続いていた。足音は今だ鳴り響かない。もうこれ以上鳴り響かないのだろうか。それとも日が経てば以前のように足音を鳴らすのか。頭の中でそれらの考えを巡らせる。しかし考えは変わらない。


そんな考えを巡らすうちに、眠気が襲う。恐怖とは言いつつも、いつ何時と暮らす寝室。その安全圏にいると言う心強さが気持ちを安らかにさせる。おかけで警戒心は薄れ、瞼が自動的に閉じていく。深い眠りに落ちた。


 それから僕は引っ越し業者に頼み、ここから出る準備を進めた。まだ一週間しか住んでいないが、もはや限界。意地を張って留まるよりは、このまま去る方か健全。


五日間。ひたすらこと事だけを考える。そのおかげか、あの恐ろしい足音は一切響かなくなった。あの一瞬見えた影も見られない。しかしそんなものは束の間の出来事。いずれは鳴り響く。


決心は一切揺るがない。おかけで引っ越しの準備は順当に進み、五日後すべてが終わった。

 

 眩い光が射す。僕は引っ越し準備の疲れを癒そうと、家の辺りを徘徊していた。最後の一日をそれで終えようとしようとした。


そよ風が口笛を吹くように微かな音を立て、心を癒す。この忌まわしき場所から抜け出せる。僕は開放感満ち溢れた気持ちを全開にさせ、ただ歩く。


そうしてぐるりと家の周りを回り、玄関の前。そこで立ちすくんで空を見上げた。青空が広大に広がり、その中を疎らに散った雲が漂う。その後、目を閉じ、回想する。


ここで暮らして一週間半。所詮、しかし僕にとっては一年。恐怖と言う物は体内時計を狂わすと、身に染みて感じた。


僕は閉じた目を開け、またあの青空を目にする。すると二階にある一室の窓。そこから何か黒い何かが見えた。最初は見間違いかと思い、気にも留めない。


しかし視線を向けられる感覚が体中から伝わる。おかけでごまかすことは出来なかった。僕は恐る恐る目線を窓に向ける。


黒い影が窓の外をじっと見つめていた。その姿はまるで黒い布を覆い被った成人男性。だが長い髪のような何かが頭から伸び、まるで女性。


キメラのような姿。あれが足音の正体。僕はその姿をただ固唾を飲んで見つめる。


すると影の頭部。そこから目のような物が二つ出て来るのが見えた。最初からあった物かもしれないが、傍から見る僕には現れ出るように見えた。そして黒い何かは、その両目は瞳孔を動かし、こちらをじっと目視する。


僕は視線が合わないよう、両目を地面へ向けた。あの冷たい目線、そして不気味な姿。何分、いや数秒でも見たくはない。もし見続ければ精神が狂ってしまう。


しかしそれと同時。姿を見れた事に達成感を覚えた。どうせもうここには住まない。問題など解決する必要もない。僕は小石が転がるかわいた地面を見ながら思う。


そんな時、生暖かい風が吹きつける。皮膚の表面が温まる。しかし身体の中は温まらない。沈黙が続く。恐らく三分。しかし僕は何時までもここに立ち止る事に飽き飽きした。


そうして両足を無理にでも動かし、この場から立ち去ろうとする。冷たい視線が背筋を凍らす中、僕は前を向き歩き続けた。


緑豊かなこの自然を目に焼き付けながら。そしてこの恐怖に苛まれた一週間を忘れようと。

































































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