繰り返しの重要性

浅賀ソルト

繰り返しの重要性

「危険を回避するために母子が避難を希望したのです。こちらからの呼び掛けに応じてもらえました」

用意された原稿通りの質問が記者から飛び、こちらも用意された通りの回答をするだけなので、その時間の間は思考は停止できる。

リボワベロワは原稿を読むだけの簡単な仕事を続けた。

「ほとんどは母子を一緒に避難させています。480万人のうち70万人が子供ですが、子供だけで収容しているというのは完全な嘘です。ええ、もちろん、この中には孤児もいます。不幸にも親をナチに殺されてしまった子供たちです。こちらは孤児院に一時的に収容していますが、ほとんどが優しいロシア人の家庭に養子として受け入れられています。子供に罪はありません。我々はこのような不幸な子供たちを一人でも減らすべく努力しています。また、これは大統領の望みでもあります」

台本通りに質問があった。「養子受け入れの家庭には補助が出るんでしょうか?」

「はい。まず一時金として10万ルーブルが支給されます。また、月々4万ルーブルが支給されます」

「それはいくらなんでも多すぎませんか?」

「そのような指摘があることは把握しています。そのような声は小さくありません。しかし子供たちに安心して安全な生活、あたたかい家庭を提供することが何よりも優先されると大統領は考えました。これらは粛々と、確実に守られて実行されます」

「そのほかにどのような免除が与えられるのでしょうか?」

リボワベロワは原稿に書かれた項目を淡々と読み上げた。何回かこなしてくると、このあたりの構成のクセのようなものも分かってくる。このへんはどうでもいい。一番主張したいことを最初から最後までまんべんなくまぶして繰り返すのが大事なのだ。

「子供たちはどのようにしているでしょうか?」

「危険な場所から逃げられてほっとしています。とにかく離れたかったと。安心して暮らしたかったと言っています。助けを求めて叫んでいました。我々はその子供たちに手をさしのべたのです」

なんかこの原稿、情感的すぎないかなあ。あまりやると逆に引かれてしまうのでバランスが難しい。しかし繰り返しの重要性は分かっているので彼女はそこに手は抜かなかった。こっちがバランスを意識すると聞き手もバランスを意識する。やるときは突き抜けることだ。中途半端が一番よくない。

「子供の保護も、最後の一人まで保護することだ。『もうこのくらいでいいか』が一番よくない」

最後に自分の声が漏れてディレクターがポカンとしたが、このくらいは大丈夫だろう。

「以上で報告を終わります」

彼女は会見を締めた。

スタッフ側の照明がつき、スタジオ側が落とされた。照明は暑い。彼女は立ち上がり、いつものように原稿をその場に置いて立ち去った。

彼女は大統領全権代表であり、テレビ側のスタッフではない。だから口出しをする権限は彼らにはない。

権限は政府の方にある。

一応のボディガード——政府関係者だったが敵にとって彼女の命に価値は無く、味方にとっても守る価値はない——と共に車でクレムリンに戻ると、そこで権限のある男が待っていた。

ゲオルギーは一通りの挨拶のあと、会見の様子を褒めた。

「ところで最後の一言はなんだ?」

リボワベロワは戻る途中の車の中で用意していた言い訳を口にした。「他の原稿が混ざっていたようです」

「原稿にないことを口にしてはいないと?」

「そうです」

彼女は彼女で威圧的態度を崩さなかった。ここでひるむと一気に食われる。

与えられた仕事をこなすことで報酬を得ている。こなせないと見なされたら報酬は得られない。

「まあいい。大統領は褒めていた」

「え?」

「話の応答につながりが欠けていたが、子供の保護をどのていどやるのかという疑問への答えになっていたと。その上で非常に効果的だったと」

「そうですか」

ゲオルギー自身はその意見に賛成していないようだった。伝言として淡々としていた。

「だが、失言が許されるというわけではない。そこは忘れるな」

「お言葉ですが、原稿通りです。スタッフのミスでしょう。原稿をチェックされた方がよろしいかと。もう回収され廃棄されてるかもしれませんが」

「それもそうだな。チェックするようにしよう」

ゲオルギーは去った。

彼はチェックする男である。自分の利害や他人の足を引っぱることに関しては手を抜かない。おそらく原稿についても彼の手が入っていたはずだ。

とすれば、彼女がやることも決まっている。彼の仕事は完璧ではないという状況証拠を集めることだ。偽の原稿を作り、仕事が雑だったという証拠を提出する。

自分はどこまでも忠実で従順な人間である。

中途半端が一番よくない。やるからには自分の意思は徹底的に消すことだ。

子供の保護を任されたからには、誰がなんと言おうと徹底的に保護する。

保護されたくない子供も保護しなくてはならない。

もちろんそれは子供たちのためである。何よりも子供の安全と安心が優先される。




(筆者注:金額やその他の細かい数字は完全に適当に書いてます。不自然すぎるという指摘があれば修正します)

※参考資料『欧羅巴人名録』

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