ネル君がくれた紅茶

桐生甘太郎

ネル君がくれた紅茶





僕は、美濃本浩二みのもとこうじ。25歳の会社員だ。趣味は紅茶を飲んで、ティーカップを集める事。


これを聴いた人は、「男の癖に紅茶なの?」と思うかもしれない。でも、“紳士の国”イギリスの飲み物は、お茶だ。まあ、彼らはウイスキーやエールもたくさん飲むけど。


東京に出てきて右も左も分からなかった僕だけど、学生時代に、ある喫茶店で美味しい紅茶を飲んで、それから少しずつ都内の喫茶店を巡るようになった。


社会人になってからそれをするには、落ち着くまで一年を要したけど、今は「ここ!」と決めた喫茶店まである。



そこは、ほんの少し暗いけど、とても静かな空間。扉を開けてかろんかろんとベルが鳴れば、中からは落ち着いたクラシックが漏れてくる。


小さな声でマスターが「いらっしゃいませ」と言い、僕は全てが革張りのソファーの中から、いつも一番奥の席を選んだ。店内は、カウンターを含めて25席程度だ。


カウンターにはずらりと紅茶葉が入った瓶が並び、ハーブティーなどもある。僕は、その店の紅茶が大好きだった。その店で出会った色々なティーカップに魅せられて、自分でも集め始めた…



そんな僕に、この間友達が出来た。彼の名前は、「ネル」君と言うらしい。と言うのも、「ハンドルネームみたいなものだよ」と言って聞かせてくれた名前だから、本名ではない事は確か。


奥の席が空いていなくて、カウンターに腰掛けた時、ネル君が隣に座っていた。彼は僕に話し掛けてくれて、紅茶の話をした。


もしかしたら、得体の知れない他人に、本名なんて教えない方がいいかもしれない。僕は名前を教えられた時、「この人はどうやらしっかりした人なんだな」と思った。


今時、個人情報なんてインターネット上を探せばいくらでも炙り出せてしまうし、ネル君のした事は正当だ。


「なんでネルなの?」と聞いた時、「谷川俊太郎が好きだから」と言われた。僕は、そんなのあったかなと思ったけど、詩には詳しくなかったし、その後、別の話を始めたネル君には、聞きそびれてしまった。




今日は、ネル君と約束した日だ。久しぶりに友達が家に来る。僕の実家は九州だし、東京に出て来た学生時代の友人も少なかったから、僕の家に友達は数年に一回しか来ない。それが、これから変わるかもしれない。そう思うと、単純に嬉しかった。


そりゃあ、女の子の方が百万倍嬉しいかもしれないけど、友達は別物。なんでも話せて、気の置けない付き合いをするのも、何より嬉しいのだ。


いつも通り、僕達が顔を合わせる喫茶店で集合した時、ネル君は、暑かったからか、Tシャツとハーフパンツ姿だった。


「暑い所、ごめんね」


「いいえ。今日はお招きに与るのに、こんな格好でごめん」


「いいんだよ、そんなの」


ネル君はひょろりと背が高く、びっくりするほど色が白い。初めて彼をこの店で見た時、彼の周りだけ光っているのじゃないかと思って、ぎょっとしたのを覚えている。なんとなく、見ていて不思議な気持ちになる光景だった。


あの時ネル君は、文庫ケースにくるんだ文庫本を読んでいて、傍らにはティーカップがあったな。


「それで、今日はコレクションを拝見できるんでしょ?」


そう聴こえてきたから、僕は出会いの回想を胸にしまって顔を上げた。


「うん。存分にね」


「ふふ。羨ましいな。僕にはカップのコレクションなんてないし。紅茶は君の所は良いのがあるの?」


僕はそこで、ちょっとコミカルに胸を張る。


「もちろん!揃ってます!じゃあ行こうか!」


「うん!」




僕達は涼しい喫茶店から地下鉄で移動した。目が眩むほど暑い駅前や、寒いほど冷房の効いた地下鉄車内、ぐらぐら煮えているような道を乗り越えて、やっとこさ、僕の家に着いたのだ。


急いでドアを閉め、外の熱気が入らないようにして、リビングに向かって僕は歩く。ネル君を迎えるのが分かっていたし、冷房は点けっ放しだった。


「ネル君も早く上がって。こっちの方が涼しいから!」


「お邪魔します」


僕はその時とてもワクワクしながら、リビングダイニングにある、食器棚の前に立っていた。そこへネル君もやってくる。そして、彼はこんな声を上げた。


「へえ!凄いね!これ、全部集めたの?」


僕は今度はちょっと照れてしまって、「まあね」と頬を掻く。


食器棚は、大きい物が二つ積み重ねてあって、上の一つには全てティーカップやポットのコレクションが入っていた。その時、ネル君が食器棚の中をぐぐっと覗き込む。彼は見開いた目をすっと細めると、それから僕を振り返った。


「…これ、本物?」


「もち」


「すごい…」


それは、“マイセン”が作る、陶器で出来た人形で、ロココ調のアンティークだった。


燕尾服姿の男性が、スカートが思い切り膨らんだドレスを着た女性と、ダンスをしている。人形は頭が大きくて体が小さく、可愛らしい形だ。白い肌はつるんとした陶器だからぴかぴかと光り、頬には紅色がちょんちょんと乗せられている。


インターネットオークションでなんとか手に入った中古の品だけど、見る人が見たらびっくりするには違いないと思う。ネル君は、それを羨ましそうに覗き込んでいた。


蒐集家としての本能が満たせて僕は嬉しかったけど、その時、暑い中を訪ねてくれたネル君にお水も飲ませていないのを思い出したのだった。だから、食器棚の中をじっと見詰めていたネル君に、僕は声を掛けた。


「とにかく、座って、水飲も。お茶はその後ね」


「うん…」


ネル君は名残惜しそうに食器棚の中の人形を見詰めていたけど、僕達はしばらくお水を飲んで、外が暑かった事で、誰にともなく文句を言っていた。




それは、単純に思いつく事を言い合っていた時だった。最近あった事から、僕達の話は自由連想へと移っていて、湧くままに出てくる言葉で、お互いに楽しんでいた。ネル君がこう言う。


「そういえば。“火星の宇宙人はタコみたいな形をしている”っていうのは、昔の小説かららしいね」


僕はその時、高校生の時に読んだ小説をすぐに思い出せた。


「ああ、ハーバート・ジョージ・ウェルズのだよね。僕も読んだよ。面白かったな」


そう言ったけど、ネル君はちょっと唇をとんがらせた。


「そう?僕は、見当はずれで、失礼だなと思ったけど」


そんな事をネル君が言うので、“火星人なんて居るはずもないのに、そんな方面にまで気を遣うのがネル君らしいな”と思って笑った。


「大丈夫だよ。火星人なんて、ほんとは居ないんだから」


僕がそう言って、そこで話はおしまいになった。


「このお茶、美味しいね」


ネル君はティーカップからお茶を飲む。紅茶はケニアの銘柄で、とても美味しい。気に入ってもらえて良かったと思った。


「これね、昨日届いたばかりなんだ。今日に間に合って良かった」


大倉おおくらのブルーローズで飲めるのも、気分がいいな」


ネル君は、手にしたティーカップをちょっと傾けて、絵柄を眺めていた。“大倉陶園おおくらとうえん”のブルーローズは、地の白も、青で描かれた薔薇も、とても美しい。


「でしょ。たまにやるんだよ。元気出ない時とか」


「ふふ」


僕はお茶菓子にスコーンを焼いてあったので、テーブルにはスコーンの皿が二つあった。でも、ネル君はなかなかそれを食べたがらない。


「スコーン、食べないの?もしかして、小麦ダメだったかな?」


そう聞いてみると、彼が急に険しい顔をしたので、僕はちょっとギクっとした。


黙ってネル君を見詰めていると、ネル君は何かを考え込んでいるように顔を背けてからこっちを向いて、僕にこう言った。


「浩二。僕達は、友人かな?」


「えっ…」


僕はその時、妙な焦りを感じた。後になって勘違いだったとは分かったけど、“もしかして、カミングアウトされたりするのか?”なんて思ったから。でも、まさか別の“カミングアウト”をされるとも思っていなかった。


「友達…だと思うよ。僕は、そう思って、途中からは接してたけど…ごめん、迷惑だったかな…」


途中から自信がしぼんでしまったので、僕は無意味な萎縮をした。ネル君はそれを気遣ってくれた。


「いや、それなら問題はない。でも、そうだとすると、僕は君に話さなくちゃいけない事がある」


そう言ったのに、ネル君は黙って俯いていた。僕は両手に持っていたカップを置いて、こう聞く。


「うん…聞くよ」


ネル君は、長い事迷っていた。僕は、その間に、色々と想像してしまった。


“お金の相談、なんて流れじゃないよね…もしかして、元は犯罪者だとか?でも、ネル君が?”


「浩二…」


ネル君の目は、勇敢だった。僕はそれを見て緊張したけど、安心もしていた。


“何かとんでもない話には違いない。でも、彼がこんなに堂々としているんだから、僕は何を聞いても悲しむ必要はないんだ”


そう思った。でも僕は少し力んでいたから、ネル君の次の一言で、脱力してしまいそうになった。



「僕は、火星人なんだ」



僕にはその時、口に出来る言葉がなかった。


“冗談を言う雰囲気じゃない”


“でも、冗談に違いない”


“なんてツッコむのが正解なんだろう?”


もちろん僕はすぐに信じる事もなく、一応首を傾げて、彼を傷つけないようにこう聞いた。


「え、どういう事?」


すると、ネル君はこう話しだす。


「正確には、僕の祖先達が、火星の住人だった。火星から脱出し、宇宙をさまよっていたんだ」


僕は、どうしたらいいのか分からなかった。「そんな冗談よしてよ」なんて笑い飛ばせるような様子じゃなかった。彼は本当に、宇宙を放浪してきた祖先の歴史に敬意を払い、哀れみを感じているように見えたんだ。


でもやっぱり、僕は騙され掛けているとしか思えなかった。


“どう言えば、この話に応じなかった事になるかな…”


僕を騙そうとしているなら、軽はずみにネル君の話を信じたような口ぶりで話したら、笑われるのは僕の方だ。だから、僕は少し抵抗した。


「それで?」


僕はその一言だけを言った。あくまで話の先だけを欲しがった。


「うん。僕達が地球に来たのはもう100年も前なんだ。でも、今度、別の銀河の星に、移住する事になったんだよ」


「えっ…」


僕はその時、ネル君には悪いけど、素直にこう思った。



“もしかしてこれって、新手の詐欺かな…?”


“宇宙に行くお金が足りないんです、なんて言って騙し取られる…訳、ないよね…”


“こんな話、誰も信じないし…”


僕が返事に迷っていると、ネル君は、床に置いていた自分の鞄を拾い上げる。そしてその中から少し大きめな瓶を取り出して、テーブルに置いた。


僕は黙って瓶を見ていたけど、それはどうやら、紅茶の瓶みたいだった。おかしな話だ。紅茶の瓶を出すのに、火星の話なんか必要ないだろう。


そう考えてネル君の顔をちらっと窺うと、彼はまた喋り始めた。


「これは、僕の故郷で獲れたお茶なんだ。僕は地球を旅立つにあたって、これを君にあげようと思って、今日、君の家に来た。だから、約束して欲しい事がある」


「え、ちょ、ちょっと待って…」


僕は、急速に進んだ話に、少し警戒した。まさかこのお茶が毒物だともあまり思えなかったけど、もしそうだとしたら、そんな物を手元に置きたくないから。


「そ、そんなの…ごめん…僕、よく分からないよ…」


僕はとうとう降参した。自分がネル君の話を受け入れられないと、音を上げてしまった。でも、ネル君は僕を責めたりしなかった。


「大丈夫。急に信じる事が出来るなんて、思ってない。なんでも聞いて」


“なんでも聞いて”


その言葉に僕は、少し勇気が湧いた。


“そうだ!一つ一つ聞いてみれば答えが出るんだから、彼の話の理由が分かるかも!”


僕は、一つずつ、浮かんでいた疑問をネル君に聞いた。



「えっと…この話が、もしかして、僕を騙す冗談だったり…?」


「しないよ」


ネル君はそう言って、緩やかに首を振る。


“そう言うよね…冗談だとしても”


諦めず、次へ。


「じゃあ…君は、詐欺師だったり…?」


「そんな事出来ない」


そう言ったネル君も、優しく笑っていた。


“詐欺師も、そう言うんだろうなあ…”


挫けずに、最後の質問へ。でも僕は、聞こうとした時、ひやっと胸が冷たくなった。


“これが本当だって言われて…僕は信じられるのかな…”


怖かった。友達の言う“本当の事”を受け入れない自分なんて、見たくない。だから僕は、自分が勇気を示せるようにとだけ祈った。


「本当に、君は…火星人だった…の?」


その言葉に、ネル君は黙って頷いてしまった。僕はその瞬間、高い山から滑落していくような恐怖を感じた。


“信じなきゃ、彼は僕の友人で居てはくれないだろう”


“でも、そんな話が本当にあるんだろうか?いいや、信じないと…”


“…信じないと…”


僕は、心細い気持ちで胸がいっぱいで、でも、どうしても信じられなくて、自分を恥じながら、ネル君に頭を下げた。もう、いっぱいいっぱいだった。


「ネル君…!ネル君、ごめん!やっぱり、僕…」


頭の上から溜息が聴こえて、やっぱりその時僕は、“からかわれただけだったかも”と、一瞬思いかけた。でも、顔を上げた僕が見たのは、異様すぎる物体だった。


しゅるしゅると伸びる、ネル君の腕。それはまるでゴムで出来た人形みたいで、彼はそれをすぐにしゅるっと縮めて、元に戻った。そして、テーブルに肘をついて、僕に微笑む。


「わかった?」


僕は、驚きと、混乱と、少しの恐怖で、一生懸命頷くしかなかった。





「火星の人は、何を食べるの?」


僕達は、3杯目の紅茶を飲みながら、話をしていた。ネル君が「あと30分くらいで帰るよ」と言ってから、そろそろ20分経つ。


「色々な物。でも、地球で言う、“動物性食品”かな?」


「人間は…食べないの?」


ネル君はちょっと迷ったように顎をさすってから、僕の方を向く。


「食べようと思えば、食べられるよ」


僕は、その言葉をあまり不思議だとか、怖いとか思わなかった。人間のありきたりな常識で、宇宙を紐解けるなんて思わなかった。そんな自分にちょっと驚きもした。


「なんで、僕は食べられないのかな」


また迷って、ネル君は「うーん」と唸り声を上げる。


「僕達はね、浩二。食糧問題から宇宙をさまよう羽目になったんだ。でも、地球には食べる物はいくらもあった。それでどうして友達を食べる必要が?」


僕はその時、まだネル君の話を信じ切れていない自分を感じていた。なんだか、空論を投げられた気分だった。分からない事に子供のように拗ねそうになるのを、なんとか堪えた。


「じゃあ、「ネル」って名前は?本名は?」


その返事次第で、僕は彼に、「やっぱり騙したんじゃないか」と言えるんじゃないかと考えたのかもしれなかった。


「僕の本名は、地球人には聴こえない言語で喋らないといけない。いわゆる超音波になるから、聴こえないよ。「ネル」っていうのは、谷川俊太郎の詩の中に、「ネルルし、キリリし、ハララしているか」っていう一文があって、その表現が好きだったから」


「ふーん…」


僕には、ネル君が言った事を否定出来る仮定も、断定も、思いつかなかった。だから黙っていたけど、ネル君はテーブルに身を乗り出す。


「それで、浩二。この紅茶についてのお願い」


僕が顔を上げると、ネル君は凄く真剣な顔をしていた。彼は重々しく口を開く。


「…絶対に、化学分析しない事。このまま捨てない事。それから、土にも埋めない事。別の生活圏からの化学は、その星にショックを与える可能性が高いんだ」


そう言われて僕は怖くなり、思わずこう言った。


「え…じゃあ、これを僕が飲んでいい理由は…?」


「僕達が研究して、地球の人も飲めると分かってから、何人か、飲んでくれた地球人の科学者が居て、彼らの身体や生活に異常は及んでないと聞いたんだ。でも、怖かったら飲まなくていいし、受け取らなくていいよ」


急にそんな事を言われ、僕は、“ネル君の置き土産なのに!”という気持ちに責められてつい「もらう!」と言ってしまった。その時にやっと、僕がネル君の話を半分は信じていたと分かった。


「有難う。じゃあ、僕は明日出発だから、これでもう会えないけど…元気でね」


そう言って、ネル君は下瞼に涙を溜めている。僕は、どうにか慰めてあげたいと思って、どうしようか迷ってから、食器棚に向かった。


“さっきネル君は、これを見詰めていた。多分、喜んでくれるはず!”


“騙されていても、冗談でもいい。少しの間楽しかった事のお礼は、したい!彼は居なくなってしまうんだから!”


その気持ちで、食器棚の戸を開ける。僕は一番左下奥に置いてあった陶器の人形を手に取って、ネル君に差し出した。


「…邪魔にならなければ、もらって欲しいんだ」


それは彼にとってとても大きな驚きだったようで、しばらくびっくりしていたけど、やがてにっこりと微笑んで、「有難う。大切にするよ」と言ってくれた。




僕はその晩、ベッドに寝転がり、紅茶の瓶を照明に透かして見ていた。見れば見るほど紅茶の葉がそこには詰まっている。


“これをくれたネル君は、ほんとに火星人だったのかな”


僕は確かに、一瞬だけ、ネル君の両腕がしゅるしゅると伸びていたのを見た。でもそれは、見間違いか何かだと誰かに言われたら、否定出来ない。


“でも、ネル君は僕の友達だった。それだけは確かだ”


それから、彼にあげた人形を思い出す。


“大事にしてくれるんだろうな”


夜の中、僕はぽつっとこう呟いてみた。


「一緒に連れてってよって言ったら…宇宙旅行、出来たかな」


なんだか、自分のそんな言葉まで馬鹿馬鹿しく聴こえるほど、僕は常識に縛られたままだった。


「火星は、遠いな」


ネル君は火星に帰る訳じゃなかったけど、便宜上そう言った。彼がどこに行くのかは、僕は聞いていないから。


宇宙に飛び出して行くのが簡単だと言えなくて、思えもしないから、友達の話が信じられなかった自分が、ちょっと悔しかった。


“でも多分、彼は宇宙人だったんだ”


僕の中には、前とは違う、「多分宇宙人は居る」が、事実としてあった。そんな気がした。



僕は、ベッドのヘッドボードに紅茶を置いて、照明のスイッチを落とし、目を閉じる。すると、色んな景色が思い浮かんだ。



星屑の中を、宇宙服を着て旅をしているネル君。遠くに、彼の仲間と思しき人達も居た。それは僕の想像だった。だって、その中には僕の姿もあったから。僕は、とろとろと脳みそが液体になってているような眠気に、揺られていた。


僕達は、星と星の合間を飛んで、星の重力に巻き込まれ掛けて笑ったり、太陽に驚いて道を引き返したりした。足を掻けば、そこは宇宙なのに、不思議とスイスイ僕達は進んだ。


真っ暗だと思っていた宇宙には、様々な光があった。星はみんなピカピカと光っていて、青く熱していたり、赤く燃えていたりする。オレンジに瞬いている星、緑色に光る星…


そして、星を包むガスかと思って近づいてみたら、衛星の大群だった星達に囲まれ、僕は喜びの叫び声を上げた。無茶苦茶に叫んでやって、ネル君がそれを面白がる。


僕は宇宙を旅する夢を見て、いつの間にか眠ってしまっていた。





翌朝僕は、一杯の紅茶を淹れた。意を決して口に含むと、たっぷりの甘みと、華やかな酸味があっという間に広がって、とても美味しいお茶だった。


「美味しい…」


僕は、それが“美味しい紅茶だな”と思えた事に、安心していた。でも、その安心が“宇宙は未知じゃない”と思った安心かと思って、ちょっと戸惑った。


でも、彼がくれたお茶が僕の楽しみになるのが、とても嬉しかった。


この世界のどこかに、宇宙人が居る。そう思えるのが、嬉しかった。





おわり

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