禁じられた近道

香久乃このみ

禁じられた近道

 それは私が小学生だった時の話。

 一年間だけ兵庫県神戸市北区のとある町に住んでいたことがあった。

 そこは神戸と言ってもかなり山深い場所で、おそらく多くの人がイメージする神戸とはかけ離れた光景の場所だった。


 転入から数ヶ月経ち、クラスにもすっかり馴染んだ頃のこと。

 一緒に下校していた友人がこう言った。

「なぁ、近道して帰らへん?」

 近道と言うのは、通学路と並行するように存在する山道のことだった。

 児童が立ち入らぬようロープが張られ、当然ながら学校からはそこを通ることを禁止されていた。

 ――先生が駄目だって言ってたよ。

 そんな言葉を私は飲み込む。

 転校の多い私にとって、せっかくできた友人の機嫌を損ねることは、先生に叱られるよりも怖いことだった。


 私たちはロープを乗り越え、山道へと入る。

 足場は悪いが、大回りしなくてはならない通学路に対し、距離は半分程度になる。

 それに、足場の悪さはデメリットではなく、いたずら盛りの子どもにとってちょっとしたアトラクションであった。

 実際、私たち以外にもそこを通っている児童はそれなりにいた。

 フェンス越しに見える通学路から「あー! 行ったらアカンのにー!」「先生に言うたろー」と言う声が、時々聞こえてきたが。



 山道を通ることに罪悪感を覚えなくなったある日のこと。

 今日も私は友人と共にロープを越え、山道を駆け上がろうとした。

 その時だった。

 前方から悲鳴が上がり、何人かの児童たちが転がり落ちるように坂を駆け下りて来たのだ。

 中には泣いている子もいる。

「何? どうしたん?」

 友人が問いかけると、そのうちの1人が興奮した様子で答えた。

「人、死んどる!」

 その叫びを耳にした途端、周囲の児童たちは怖がるどころか一気に沸き立った。

「うそ!」

「本当に!?」

 あっという間に、普段とは比較にならないほどの児童がロープを越えてしまった。

「見に行こ!」

 友人も、熱に浮かされたように私の手を引き駆け出す。

(見たくない! やめておこう! 先生に言おう!)

 そう思いながらも振り払うことが出来ず、私は友人と共に山道を駆け上がった。


「どこ?」

「死体ないやん!」

 好奇心旺盛な児童たちは、ワイワイと騒ぎながら辺りを見回す。

 そのうち、一人が大きな樹木の上の方を指差した。

「あれ!! あれちゃうん!?」

 児童たちはいっせいに顔を仰向ける。

 そして私も見てしまった。

 一本の樹の枝からぶら下がるロープと、その先で揺れている男の姿を。


「キャアアアア!!」

 児童たちは悲鳴をあげて山道を駆け下りる。

 その頃には、先に見つけた児童が連絡したのだろう。

 先生たちが慌てた様子で校門から飛び出してくるのが見えた。

「こらー! どこ入ってんの!? 通学路を通って帰りなさい言うてるでしょ!!」

 見たものも怖いが、先生に怒られるのも怖い。

 私たちは先生に見咎められぬ様、山道から通学路へ滑り降りると、そのまま走って帰宅したのだ。


 翌日、朝のHRで担任から報告があった。

「昨日、山道に入った子から死んだ人を見たという話がありましたが、先生たちで確認したところそんなものはありませんでした」

(うそだ)

 私は即座に思った。

 けれどそれを口にすれば、山道に入ったことがバレてしまうと思い口をつぐむ。

 だがそれに気付かない男児たちが抗議の声を上げる。

「絶対あったで!」

「俺、見たもん!!」

 先生は鋭い目を彼らに向け、一喝した。

「山道に入んのは禁止や言うたのに、お前ら行ったんか!」

 教師の剣幕に、児童たちは黙り込む。それを口にするのはまずいと、幼心に察したのだろう。その後誰一人、山道で見たものの話をしなくなってしまった。


 今になって思うのだ。

 私が見たものは、高い高い樹木の上の方にぶら下がっていた。

 個人が足場を作って、自ら首にロープをかけたにしては不自然な場所に。

 あれは一体、何だったのだろう。

 先生はそんなものなかったと言っていたから、見間違いだったのだろうか。


 ――了――

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禁じられた近道 香久乃このみ @kakunoko

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