北海道の雪女
星来 香文子
誰の話?
いいかい、お前さん。
今からあたしがする話はね、明治の頃……まぁ、簡単に言ってしまえばざっと100年前の話だ。
その頃の北海道は開拓時代でね、本州の色んな県から人が移り住んでいた頃だ。
山形から出てきたとある若い男。
この男も北海道の開拓に加われば一儲けできるっていうんで、話に乗って、こさえた借金を返すために北海道に出たのさ。
だけどね、男には結婚したばっかりの女房がいた。
金さえ稼げば、すぐに迎えに行こうと思ってはいたんだが、その男はすっかり騙されたのさ。
夏は快適で、むしろ寒いくらいだったが、冬になるとさらに寒い。
仕事っていっても、ほとんどが何にもない土地を更地にする作業だ。
肉体労働でね、金なんてわずかなもんさ。
その日のうちに酒代でぱっと消えちまう。
そうこうしている内に三年も月日が経っちまった。
金は貯められず、帰りたくても帰り賃もない。
愛しい女房にも会えないってんで、男はこんな生活に飽き飽きして、いっそ死んでやろうって雪山ん中入って行った。
そろそろ日が落ちてあたりが薄暗くなっている頃さ。
山ん中で凍死でもしようとしたんだろう。
そしたらまぁ、そこにぽっかり空いた洞窟があってね。
石炭の採掘をしようとして開けた跡のようだった。
入り口んところはちゃんと柱で囲われてたからね。
でも、ここじゃぁ大した量が取れないってなって、もう誰も使ってはいない場所だった。
そこにどういうわけか、明かりが灯ってる。
誰かが置いて行った石油ランプが一つだけあって、そいつが光っていたんだ。
男は不思議に思ってその光をぼーっと眺めていると、洞窟の入り口にね、気づいたら女が一人立っていた。
色の白い女で、男の女房にそっくりな美人。
男はその女を抱いてね、次の日も、その次の日も、毎晩、仕事を終えたら酒も飲まずにそこへ行って、女を抱いて……死ぬのはすっかり諦めたようだった。
ところが、どうもその男の様子がおかしい。
男には何人か一緒に長屋で暮らしている仲間がいてね、その一人が、毎晩毎晩男が山へ行くことに気がついた。
男は山に行く前まで暗い顔をしてたんだが、近頃は嬉しそうに鼻歌を歌いながら作業をしている。
でも、どんどんやせ細っている気がするし、なんだが顔色も悪い。
一体毎晩何をしに山へ行ってるのか気になった仲間は、その男に聞いてみた。
すると、男は雪山の洞窟で、毎晩女房に似た女を抱いていると話した。
嬉しそうに、鼻の下伸ばして、だらしない顔でな。
何も心配することはないと……
でもやっぱり心配になって、その話が本当か確かめようって、仲間たち数人で男の後をつけた。
確かに男は雪山の中にぽっかり空いた洞窟の中に入って行く。
中からは男の声が聞こえるし、女と話しているようだが、その女の声が小せえのか、仲間たちには男の声しか聞こえてこなかった。
気になって、もう少し近づいてみるが、やっぱり男の声しか聞こえない。
それで、やっぱりこれは何かおかしいぞって、洞窟の中のぞいてみたんだ。
そしたら、女なんてどこにもいねぇ。
男は大きな
男の目には、その氷柱が女房に見えているみたいで、馬鹿みたいに裸になって、氷柱とよろしくやってるわけだ。
驚いた仲間たちは、男の気が狂っちまったんだって気がついた。
馬鹿みてぇなことするんじゃんねぇって、氷柱から男を引き剥がして長屋に連れて帰ったんだ。
それでも、男は懲りずに毎晩その洞窟に通ってよ、そのままある日ついに死んじまった。
それで、男が死んじまったもんだから、男の山形の家に知らせたらよ、不思議なことにその男の女房は去年の冬に病気で死んでいたのがわかった。
葬式で和尚にそのことを話したら、それはきっと死んだそいつの女房が雪女として化けて出たんだろうっていうんだ。
それが、北海道の雪女の話だ。
で、どうだい?
あたしがなんでこの話をお前さんにしたか、わかったかい?
……そう。
そうだよ。
お前さんが今、抱いてるその女。
雪女だよ。
お前さんが抱いてるのは、去年死んだお前さんの死んだ女房じゃぁない。
大きな氷柱だよ。
嘘じゃねぇよ。
ほら、冷たいだろう。
生きてる人間はな、抱けばあったけぇんだ。
(終)
北海道の雪女 星来 香文子 @eru_melon
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