第11話 最終話
――体育館舞台裏
「――くん、道永くん!」
「……大丈夫、絶対大丈夫……」
「なんでこんな緊張しちゃうかなぁ……?」
暗闇の舞台裏。
風華に声をかけられている気がするが、何も頭に入って来ない。
落ち着こうと思えば思うほど、鼓動が早まるのを感じる。
刻一刻と自分たちの出番が近づいているというのに、正気を保つことが出来ない。
風華は何故か落ち着いてるし、漣星はベース置いてどっか行っちゃったし、土壇場でバンドとしてのまとまりがなっていない。
このままだと演奏にも必ず影響が出る。
落ち着け、まずは自然数を数えて――
「それってただ一から順番に数えていくだけだよね」
「……あぁ。というか、漣星はどこ行った?」
「宗山くんはトイレ行ってるだけだから。……もう、道永くんが一番経験あるはずなんだからしっかりしてよ」
風華は俺の肩を叩いてそう言った。
「そうだよな、ありがとう」とでも微笑みながら返事をするべきなのだろう。
しかし、俺の手は無意識に小刻みに震え始まる。
「……え、もしかしてなんかいけない事言っちゃった?」
「いや、その……」
またしても風華に核心を突かれた。
隠すつもりはなかったのだが、ここまでとは自分でも思っていなかった。
下唇を噛み、申し訳なさそうに言う。
「実は、人前で演奏したことなくて……」
「……マジか」
所詮、NoneTypeはネット上での活動のみだった。
スタジオを借りて収録をし、編集もろくにせずただ動画を垂れ流していたに過ぎない。
そこに『人に見られている』という感覚はなかった。
自分に対してのコメントを見ても、自分に宛てられたものだとは分かるが実感はない。
どちらかと言うと、自分の作った音楽に宛てられたものだとそう感じていた。
情けない。
ドラムを始めて十年以上の歳月が経ったというのに、今更観客を前にすることを恐れてしまうだなんて。
緊張も吹っ切れればなんとかなるだろうと思っていたのはどうやら間違いだった。
緊張は、紛れもなく緊張である。
……まあ、全部引っくるめてこれが本当の俺なのかもしれない。
作曲となると周りが見えなくなる。
どこか見栄を張る。
そしてそんな自分が嫌い。
人は自分が思う以上に、変われない生き物だ。
「うい〜、遅れました……って、コータローお前顔真っ青やん……」
「……漣星、おかえり」
そんなに真っ青か。
だとしたらもうこの暗い舞台裏の空間の中では同化してしまっているのではないか。
いやマズい。
緊張は伝染しかねない。
漣星もきっと初ライブだろうしめちゃめちゃ緊張してるはずだ。
緊張するとトイレが近くなるって言うし漣星はきっとそれで――
「道永くん、実は今日が初ライブなんだって」
「え、そうなんだ。だからこんな緊張してんのか、らしくねえなコータロー」
……。
え、俺だけ……?
「れ、漣星だって緊張してるだろ? 初めてだもんな、ライブ」
「え? まあそりゃ緊張はしてるけどさ」
漣星はニヤリと笑いながら俺の肩に手を乗せる。
「俺はどっちかっつうと、楽しみの方が勝つけどな」
そう言って肩から手を離すと、立て掛けてあったベースを構える。
暗闇でも輝いて見えるその弦は、先週二人で張り替えたものだ。
この一ヶ月で前の弦を引き潰したということが、漣星の努力を物語っている。
「コータローとの練習の成果がどう出るか。まあ、どっちに転がったとしても『楽しかった』って最後に思えるなら俺は良いと思う。だったら失敗しても良いから楽しもうって思いながら演奏した方が良くね?」
「……うん! 私もそう思う。道永くんも気楽にいこうよ!」
漣星の言葉に重ねるように、風華もそう言った。
「そうそう。青春は義務じゃないんだから気楽にいこうぜコータローくん」
「……おまっ!? おい風華、なんで漣星が知ってんだよ!」
「あはは、なんかその言葉気に入ってさ、私たちの中での合言葉みたいな?」
なんだそれ。
というか、またしても俺の杞憂なのか。
二人ともしてライブ前にそんな能天気な……。
「……あのなぁ、俺は二人のことが――」
呆れて何か言いかけたその時、俺は気がついた。
言葉を止めたことにより聞こえた、たった一つの音に。
落ち着いた、俺の心臓の音。
先程まで鳴り響いていたものと打って変わり、安定した鼓動を続けていることが分かる。
本当に、さっきまでははち切れそうなほどだったのに。
いつの間にか冷静を取り戻している。
まさか、俺の方が二人の能天気な部分が伝染したというのか。
「…………」
……いや、そもそも俺はなんでそこまで緊張してたんだ?
俺にとっての初ライブと言えば初ライブなのは間違い無いのだが、別に俺自身の失敗を恐れているわけではない。
というか、本番でミスをしてしまうのではないかと心配するほど生半可な練習を行なったという気もさらさらない。
何というか、俺はもっと全体的な……バンドとしての何かを――
(……二人の、こと?)
二人を、心配していた。
二人を心配して緊張していたのに、俺は自分自身を心配して緊張していると思い込んでいた。
音楽のことになると俺は周りが見えなくなるとか、手段を選ばないとか。
実際、中学の頃まではそうだった。
でも今は結局、二人を心配してしまっていた。
信頼していないというわけではない。
風華の気持ちに応えるために俺は『俺自身』に戻っていた気になっていた。
『俺自身』の曲を作って、『俺自身』の練習を指示する。
それがこの一ヶ月で行えたというのは、紛れもなく二人を信頼している証拠である。
しかしどこかで思っていたのかもしれない。
それこそ、義務感を。
絶対にこのライブを成功させようと、俺は二人以上に気張っていた。
もう二度と失敗しないようにと。
しかし二人は俺のさらに一枚上手だった。
「……そうだよな。なに一丁前に二人のこと心配してんだよな……」
俺は自分で自分の右頬を引っ叩いた。
「え、何してんの……?」
「あ〜アホらし。心配して損した。二人がここまで能天気だとは思わなかったわ」
「……コータロー、ノーテンキってどういう意味?」
義務じゃないって言い出したのは俺なのに。
勝手に義務感を抱いていたのは俺だけだったと。
笑えてきてしまう。
二人は俺のニヤついた顔を見て怪訝そうな顔を向けている。
大丈夫、緊張でイカれたわけではない。
「バンドの方々、準備お願いしまーす」
そんな事をしてると、運営の生徒から転換の合図が出た。
舞台裏にいても会場の盛り上がりが最高潮だということが音と振動でよく分かる。
俺が二人の目を見ると、二人は頷く。
俺たちはステージへと上がった。
ステージの幕が下りた中で準備を進める。
ハイハットを調整したり、シンバルをセットしたり。
スネアのチューニングが気に入らないが、それは俺が持ち込みをすれば良かった話なので我慢する。
「さあ続いては約三年前にネット上で一世を風靡した中学生バンドの元メンバー、ノ……いや、ナン……ナンタイプ? の道永康太郎君が率いる――」
司会聞こえてるぞ。
そもそもそんな紹介したってピンとくる生徒が何人いるか。
何故か幕の向こう側は盛り上がっているが意味は分かっていないだろう。
まあこんな紹介文を提出した奴が悪いのだが。
「道永くん!」
その張本人が何か言っている。
いつも風華は良いのか悪いのか分からないタイミングで声をかけてくる。
心を読まれている気分だ。
「準備は出来たよ。風華も大丈夫か?」
「大丈夫だよ。道永くんはちゃんと笑って演奏してね。さっきみたいなニヤついた顔でも良いからさ」
「分かってる。楽しく演奏しよう、でしょ?」
「うんうん、その顔だよ」
風華は笑った。
こんな時でも彼女は変わらない。
初めて会った時からも変わらない。
目を輝かせて俺を勧誘し、自信満々に青春を語る。
かと思えば中庭で泣き、夕暮れの公園で夢を語る。
振り返ってみれば、風華は変なヤツだと思う。
それ以上に彼女も俺を変なヤツだと思っているはずだ。
変なヤツ同士が出会った結果がこれだとしたら。
俺は俺で良かったと思える。
「風華」
「なに?」
「こんな時に言う事じゃないかもしれないけど、風華には本当に感謝してる。だから、その……ありがとうってだけ伝えたくて」
変なヤツだ。
絶対に今言うべきことではない。
でも逆に今以外のどこで言うべきかも分からない。
思わず口走ってしまったが、マズいだろうか。
「……フフッ」
風華はまた笑った。俺は笑われた。
でもさっきのような笑い方ではない。
それこそニヤついたような表情で笑っている。
いや、どうせなら笑い飛ばしてくれた方が――
「私も道永くんのこと、大好きだよ」
好き、だよ?
…………は?
好きって、え、なにが……?
「……え、それってどういう――」
「それでは、お願いします!」
理解出来ないまま司会の合図が会場に響く。
それと同時に幕が動き出してしまう。
「始まるよ道永くん!」
風華が何か言っている。
ああ、俺から始めるもんな。
ちょっと待て、まだ心の整理が。
なんだ、また緊張してんのか俺。
心臓が鳴り止まない。
幕、ちょっと止まってくれ。
会場、そんなに盛り上がるな。
なんで、なんでこんなことに――
――その後、俺が嘘みたいな失敗を連発し、風華や漣星に慰められたのはまた別の話。
まあでも、楽しかった。
バンドで青春って義務ですか? シラツキ @shiratsuki-jp
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