飴女

押見五六三

全1話

 深夜のコンビニバイトを始めて3ヶ月、俺も遂にワンオペで働くことに成った。

 一人前に成ったと思われたのだろうが、まだまだ不安でいっぱいだ。

 とはいえ、オーナー夫妻が上のマンションに住んでるので、休憩を回しに来てくれたり、何か有ったらすぐ呼べるので、そのあたりは安心である。


「じゃあな! 頑張れよ!」


 深夜1時過ぎにバイトの先輩が帰り、いよいよ今から朝の6時の交代時間まで、俺は1人だ。

 幸いな事に俺の働くコンビニは、繁華街から少し離れているので深夜に来るお客さんは少ない。

 深夜中にやる事も多いが、マイペースで仕事もできる。


「いらっしゃいませ」


 記念すべきワンオペ初日のお客様第一号は、あの人だ。

 あの人は毎日決まって深夜2時に来店し、キャンディーを一袋だけ買って帰るので、先輩は「飴女あめおんな」とあだ名を付けて陰で茶化しているが、とても綺麗な人なので俺は何時もバイト時の楽しみにしている。

 ちょっと窶れ気味で幸薄そうな感じの人だが、ポニーテールがよく似合っていて、俺のドンピシャ好みなのだ。

 年齢は服装から判断すると20代半ば位に思えるので、たぶん俺よりは歳上だろう。

 飴女さんは何時も通りにキャンディーコーナーから袋入りキャンディーを一つ選ぶと、無言でカウンターに置き、カードを俺に見せるとキャシュレスで買い物をして帰る。


「何の仕事してるのかな? 毎日こんな時間まで働いてるんだろうか?」


 俺はあの人が帰った後も、ぼんやりとあの人の事を考えていた。

 オーナーに聞いたら、あの人が毎日来るように成ったのは半年位前の事だそうで、今まで誰も会話を交わした事が無いそうだ。

 一度だけでも、あの人とお喋りがしたい。

 俺は1人で思いを募らせていた。


 次の日も同じようなシフトだったので、俺はあの人が来たら思い切って声を掛ける事にした。


「いらっしゃいませ」


 深夜2時、何時ものようにあの人が現れる。

 俺は検品をしていたので、レジカウンターからは離れていた。

 あの人は何時ものようにキャンディーコーナーに向かったので、俺はドキドキしながらあの人の後ろにまわり、意を決して声を掛けてみた。


「今日も飴をお求めですか?」


 あの人はビックリしたように振り向き、きょとんとした顔でコクリと頷く。

 初めて見る素の感情を浮かべた顔がまた可愛い。


「あっ、お、驚かしたらスイマセン。実は新製品のザクロ味キャンディーがレジの方に展示してありまして。良かったらどうかなーと……」


 そう言うとあの人はニコリと笑い、「ありがとうございます」と、静かに答えた。

 やった。始めて声を聞いたぞ。

 イメージと違って少女っぽい声だ。


「あれですね?」


 あの人はレジの方を指すと、そちらに急ぎ足で向かった。

 そしてザクロ味キャンディーを一袋掴むと、カウンターの上にそっと置く。


「飴、お好きなんですね」


 ウキウキ気分の俺は、調子にのってカウンター内に入っても会話を続けた。

 でもあの人は嫌な顔をせずに答えてくれた。


「うちの子が好きなんですよ。飴が無いと直ぐ泣くんです。男の子のくせに」


 へっ?

 うちの子?

 結婚していて子供も居るの?

 俺は一挙に天国から地獄に落とされた。

 その時、あの人のスマホの着信音が鳴った。


「ごめんなさい。噂をすれば息子からみたいです」


 そう言うと、あの人はその場で呼出人と会話を始めた。


「うん。分かった。直ぐ買って帰るから、良い子で待ってなさい」


 そう言って電話を切ると、あの人は少し照れくさそうに語りだす。


「うちの子3歳なのに、もう電話をかけれるんですよ。凄くないですか?」

「あ、だ、旦那さんが、かけたんじゃないんですね?」

「旦那はいません。別れたんです。私、シングルマザーなんですよ。でも、あの子の為にも早く再婚したいなー。せめて、あの子とも一緒に遊んでくれる彼氏がいれば良いんだけど……」


 そう言って口を窄めたあの人を見て、俺は心の中でガッツポーズをした。


「と、年下の彼氏なんかどうですかね?」


 そう言われてあの人は又きょとんとした顔をすると、顔を少し赤らめながらこう言った。


「こんな私と息子を愛してくれるなら、年齢なんか関係ないですよ……」


 その後、俺達は照れ合いながらお互いをマジマジと見詰める。

 少しの間だったけど手応えありで、すげーハッピーだった。


「あっ、ごめんなさい。あの子が待ってるんで行きます」

「そ、そうですね。すいません」


 会計を済ますと、あの人は小走りで出入り口に向かった。

 背中越しに俺は「明日もお待ちしてます」と言うと、あの人はニコリと笑いながら頷く。

 俺はその笑顔を見て幸せの絶頂に達した。

 だが、次の日から彼女が店に訪れる事は無かった。


 彼女が店に来なく成ってから3日後、その理由が分かった。

 オーナーが近所の人から聞いた話では、あの人は警察に捕まったそうだ。

 罪状は死体遺棄罪。

 話では、あの人の子供は半年ほど前に亡くなっていて、その事実を受け止められないあの人は、死亡届けを出さずに死体とずっと暮らしていたそうである。

 既にミイラ化していた息子さんの体内には、大量の飴が詰まっていたそうだ。

 その話を聞いた俺は頭がパニックに成った。

 だったら、あの時の電話は、誰からだったのだろうか……。


〈完〉


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