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 幼少の頃の話だ。

 そこはまだ引っ越してきたばかりの土地で、土地感もなければ話しかけられるような相手もいなかった。

 似たような風景の似たような道。

 学校から越してきたアパートまで、そう距離があったわけではなかったのに、私は気づくと知らない道に入り込み迷ってしまっていた。

 あせって歩き回れば歩き回るほどに見覚えのない光景が広がって行き、私はいよいよ自分のいる場所を見失っていく。

 ここがどこなのか、どうすれば帰り道に戻って家にたどり着けるのか。

 不安と焦りと疲労がピークに達し、私はとうとうしゃがみ込んで動けなくなってしまう。

 にっちもさっちもいかずに泣いている私の背に、ふにゃりとした柔らかい感触がして、リインと澄んだ鈴の音がした。驚いて顔を上げると、金色の目をした黒猫がじっとこちらを覗き込んでいる。

 鈴のついた首輪をしていたので、どこかの家で飼われているのだろうと思った。

 猫はしばらく私を見ていたが、にゃあと一声鳴くとトコトコ歩き出し、振り返ってもう一声鳴いた。

 まるでついてこいとでも言うようだった。

 黒猫は少し歩いては立ち止まり、私がついてきているのを確認して、また少し歩いてはと繰り返すため、歩調はかなりゆったりとしたものだった。

 そうして時間はかかったものの、黒猫は私が住むアパートまで案内してくれたのだ。

 ホッとする私を、黒猫は満足げに目を細めて見つめると、お礼を言う間もなくあっという間に走ってどこかへ行ってしまい、その後いくら探しても見つけることはできなかった。


 あの時の黒猫の鳴き声と鈴の音は今でもしっかり脳裏に刻み込まれている。あれは間違いなく、あの時の黒猫の鳴き声で、あの時の黒猫の首輪の鈴の音だった。

 茂みは速いペースで移動をしていて、澄んだ鈴の音は弾むように鳴り続ける。

 私は揺れ動く茂みを見失わぬよう必死で後を追いかけた。

 途中何度も転びそうになるが、鈴の音はあの時のように私を待っていてくれはしない。背後ではまだガランゴロンと黒猫の鈴とは違う鈴の音が鳴っていた。


 急斜面を駆け下りたかと思えば、いつの間にか上り坂を走っていて、複雑な道をどれほど走っただろうか。

 気づけば私は、いつもの何の代わり映えもしない帰り道の途中に立ち尽くしていた。

 どうして私はなんの疑問も持たず、目についた神社に立ち入ってしまったのか。

 この辺りに神社なんてないというのに。


 リイン。

 すっかり暮れた夜空の下、澄んだ鈴の音が一度だけ聞こえた。

 けれど、後はどれだけ耳を澄ませても、ただ熱っぽさのある夜風の音が聞こえるだけだった。

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猫の首輪の鈴の音は。 洞貝 渉 @horagai

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