ボイスドラマ『赤信号が変わらない』の書き起こし

呪わしい皺の色

書き起こし

登場人物

①女子高生(以下、JK)

②蝉

③子供

④老人


JK:日本で一番長い信号ってどんくらい待つんだろ。三分かな。四分かな。いや、五分かな。でも、今あたしが待ってるよりも短いことは間違いない、て思いたい。別に時計で計ってたわけじゃないんだけど、十分くらい経ったんじゃないかって、十分ここで足止めを食らってるんじゃないかってそんな気がする。


そもそもあたしはどうして外にでたんだっけ。


赤だ、まだ、赤だ。ラララ、ララ、ラララ。


(ミーン、ミンミンミンミンミンミンミーン)


JK:あ、蝉鳴いてる。ふふ。


蝉:ミーン、ミンミンミンミンミンミン……お前は今のことだけ考えろ。今考えるべきじゃないことは俺が考える。


JK:たくさん鳴き声聞かせてね。あたし、暇で仕方ないから。


蝉:お前は今のことだけ考えろ……ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン……


JK:うん、良い声だね。もう十分かな。要らないかな。


蝉:ミンミンミンミンミンミン……お前は今のことだけ考えろ


JK:うるさ


蝉:お前は今のことだ……


JK:うるさ


蝉:今考えるべきじゃないことは俺が考える


JK:うるさい


やっと黙った。でも、信号はずっと赤のまま。どうゆうことなの。壊れてるの? だとしたらそれは信号かそれとも……


子供:壊れてないよ。赤のままなだけで


JK:え


子供:赤のまま。赤ちゃんのまま。おんぎゃあ。ばぶばぶ。きゃっきゃ


JK:え、ちょ、てゆうか誰


子供:僕は赤ちゃん。僕は赤ちゃん。ばぶばぶおんぎゃあ


JK:話聞いてる? 聞いてんの? 聞いてんのって訊いてんの


子供:僕はずっと赤ちゃんのまま。永遠の0歳。永遠の乳飲み子。


JK:はいはい。わかったからさ、もうやめようね


子供;そして、お姉さんは赤ちゃんのママ。おんぎゃあ。おっぱい。ママ、おっぱいちょうだい。


JK:触らないで。触らないで。あっち行って。行け。行けったら行け。


はあ、何だったんだろ、あれ。まあ、何だっていいか。赤信号が変わらない以上におかしいことでもなかったし。


老人:トゥルルル。電話じゃよ。掛かってきとるぞ。トゥルルルル


JK:もしもしぃ? あ、さやかちゃん。……あたしぃ? 外にいるけど。起きてるよ。ほんとだよ。……すぐ行くから待っててね


老人:終わったようじゃの。


JK:おじいさん!


老人:ちょっと聞きたいことがあるんじゃが。ここ、時間の流れが変じゃの


JK:そうなんです。信号が全然変わらないんです。


老人:ん? 一応変わっとるんじゃがの


JK:それってどうゆう……


老人:トゥルルルル。また掛かって来たようじゃ。トゥルルルル。


JK:もしもし。さやかちゃん。……久しぶり。……え、結婚するの? あたし達、高校生だよね? 冗談じゃないよ。寝惚けてもないけど。……ごめんね。とにかくおめでとう。お幸せに。


老人:浮かない顔をしておるの


JK:そりゃまあ。不可解なことに巻き込まれている身としては、ね。


老人:不可解な現象に挑むなら不快な事実と向き合うのが先じゃ。さすれば残るはのみ。一叩きで終いじゃの。ほほほ


JK:あはは、はは……






JK:それで、不快な事実ってのは?


老人:儂が知っておることがそのまま問題を解く鍵となるとは限らんのじゃが、ここの青信号は恥ずかしがり屋じゃの。お主が瞬きする隙に、さっと点いてさっと消える。刹那に迫る早業じゃ。


JK:なるほど、つまり……


老人:つまり?


JK:あたし達、二人揃って時間を無駄にしてるってことですね。さよなら。


老人:待て待て、早合点はやめるのじゃ。


JK:あなたの話が本当だとでも?


老人:嘘を吐く理由はあれど、簡単にそれとわかる嘘を吐く理由はない。何より、儂も向こうに渡ってしまいたいのじゃ。


JK:はあ。で、あなたの話を信じるとしても、あたしが瞬きしてる間でしたっけ


老人:そうじゃ


JK:その間しか青にならないんだとしたら、渡れないじゃないですか。


老人:なぜじゃ。車が来ないときを見計らって渡ればよかろう。


ほれ、右を見て、左を見て。右を見て、左を見て。……今なんかよさそうじゃったが


JK:無理です。撥ねられますよ。


老人:目に見えるものが真実とは限らん。この引っ切り無しの車たちも触ってみたらやわいかもしれん [JK「でも、おじいさんは見たんですよね、刹那に迫る早業とやらを」 *登場人物の声が被る時はこのように表記することとする。]


老人:それに、幻という可能性もある。


JK:幻じゃなかったら?


老人:そしたらお陀仏じゃ。まあ、何もせんでも立ち往生じゃし、似たようなものじゃ。ほほほ


JK:うぅぅ。死ぬのだけは、死ぬのだけは嫌



(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)


老人:どうしたんじゃ、ぼおっとして。


(違う、痛くない。痛い。痛くない。痛い)

(カラスが二羽、頭上を飛んでて)

(輪を描いて降りてきて)


老人:まさか、そんなに面白かったかの。


(そんで、あたし)


子供:よちよち。よちよちよちよち。


老人:なんじゃ。なんじゃ。


(あたしってだあれ?)


子供:よちよち。よちよちよちよち。疑う余地ありですな。


老人:お主、どこからきたんじゃ


(啄んだ。あたしの何かを啄んだ)

(やめてよ。なんでそんな、やなことするの)


子供:僕はご老人、あなたがお姉さんを騙そうとなさっているようなので、おしゃぶりを捨て立ち上がった戦士です。[老人「心外じゃの」]今から拳で語り合いましょう。


(誰かが助けてくれるんだって、ずっと待ってた。ずうっと。でも、ほんとは助けが来ないってわかってた。だって、ここはさびしいところ)


子供:準備はいいですね。行きまsおらああ


(あたしはばらばらに運ばれて、「あ」になって、「た」になって、「し」になって、みんなのそばにいられたらいいなって)


老人:ふん、雑魚じゃったな


(そんなこと、考えもしなかった)


老人:邪魔者は消えた。これで、思う存分……


蝉:ミーン。ミンミンミンミンミンミンミンミンミーン。


老人:ぬぅ、うるさい蝉じゃの


蝉:……しーん


老人:まあよい。これで治療に専念できる。


JK:あ、した。あし、た。あ、した……


老人:ほれ、お嬢ちゃん。大丈夫かの。聞こえとるかの。目は見えとるか? 信号は何色に見える。


JK:しん、ご、う? しんご……しんごう? あ、信号は赤。赤、赤、赤、赤。


老人:そうじゃ。赤じゃ。


JK:うん、あやかちゃんは何歳になったの。……もう九歳か。早いね。おばさんがそのくらいの頃はね、


老人:ごほん。そこに誰かおるのか


JK:誰か? 誰かってそりゃ……いませんね。


老人:よろしい。じゃ、儂の指が見えるかの。何本ある?


JK:右が六本、左が七本ですね。


老人:順調じゃの。そんじゃ、この絵を見るのじゃ。何が描かれておるかの


JK:うーん、何だろう。割れたハートかな。向き合ったモアイ像かな。……あ、わかった。ななかちゃんの心だ。


老人:ななかちゃんって誰じゃ。


JK:さやかちゃんの孫で、あやかちゃんの娘ですよ。忘れちゃったんですか? これだから……。や、何もないです。


老人:じゃ、続けるぞ。今から……


子供:トゥルルルル。電話です。ひぃ。叩かないで。


老人:電話なぞ鳴っておらん。無視するのじゃ。


子供:トゥルルルル。お姉さん出て。トゥルルルル。


JK:も、もしもし。


老人:切れ。今すぐ切れ


JK:あやかちゃんとななかちゃん! どうしたの? とても声が暗いけど


子供:無駄ですぞ、ご老人。無駄ですぞ。


老人:間に合わんくなる。


子供:手遅れでござりまする


老人:駄目じゃ。切れ切れ切れ切れ……


JK:え、嘘、だよね。違うよね。……違わないの?


老人:お前のせいじゃ。こん、ガキ


子供:果たしてそうでしょうか


JK:さやかちゃん……。なんで、なんで先に行っちゃったの


子供:見ての通り、僕は未成年です。


JK:昨日までJKやってたじゃん。


老人:じゃ、お前の親に責任取ってもらうかの


子供:それで満足ですか?


JK:念仏より長いスタバの呪文だって唱えて、それで……


子供:そんな簡単に終わってしまってよいのですか?


JK:え、ななかちゃん、デキ婚したの?


子供:僕のママにもママがいますけど


JK:はあ、や、別に文句付けたいとかそんなんじゃ……


老人:つまり、婆さんにも責任を取らせるってことか。鬼畜じゃの。


JK:おめでとうってば。名前、名前はどうするの。……若葉ちゃん、ね。いいじゃん。


子供:NO! NO! 連帯責任の話じゃなくて、因果の話です。おばあちゃんがいなかったらママは生まれなかったし、ママがいなかったら僕は生まれなかった。


JK:え、双子なの? 私が選ぶの?


子供:そして、僕も罪を犯さなかった。


JK:まなかちゃんと、ならかちゃんと、……なんて?


子供:僕の罪はママの罪の一部で、僕らの罪はおばあちゃんの罪の一部です。


JK:ラララちゃんと、うん、さやかちゃん二世ね。


老人:滅茶苦茶じゃの


JK:さらさらの、やわやわの、からからの……まだまだ続く。彼方は遠く。……かなたちゃん、とかどう?


子供:ちなみにおばあちゃんの罪はその親の罪です


JK:あはは。よかったね。


老人:じゃ、一族の墓に案内するのじゃ。


JK:うん、ばいばい。




(はあ。行っちゃった。みんな、行っちゃった。遠いところ、ここではないところに。あたしを置いて、あたしだけを置いて。手を繋いで、行っちゃった)


子供:墓、ですか。墓を破壊するってのは無理ですよ。ネタとしても


老人:儂の堪忍袋の緒が切れる十秒前じゃ。何に拳をぶつければよいか、さっさと言え。十、九、八……


子供:あわわ。一族の罪は種の罪で、生態系、母なる地球、宇宙の罪、ってのはやりすぎですかね


老人:……ゼロ、ゼロ、ゼロ。


子供:ええいままよ。ビッグバン! ビッグバンです、先生。


老人:また大きく出たな。


子供:奴を相手に法廷でバトルです。一緒に戦いましょう。うん、じゃ、我々はこれから同志ということで。仲良くしないのは罪ですぞ、同志。


老人:呆れた。が、まあよい。お嬢ちゃんもどうじゃ?


子供:お姉さんもどうぞこちらに


老人:ほれ 子供:おーい


(……あたしを置いて、あたしだけを置いて行っちゃった。

さやか、あやか、ななか、わかば、まなか、ならか、わかな、かなた。ラララ、ラララ、振り出しに戻る。マトリョーシカ、マトリョーシカ。これが人の営み? これがあたし達なの?)


老人:何をぶつくさ言っとるんじゃ。お主もはよ来んか


子ども:その気持ち、わかりますよ、お姉さん。現実ってやつは概して早すぎるか遅すぎるんです。


老人:ふむ?


子供:気がつけば、自分がどこにいるのかわからない。


老人:一理もないの。


子供:一緒に走ろうと約束した友達ともはぐれて……


JK:はあ、はあ。くっ。はあ


子供:大丈夫ですか? そんなに辛いなら、玉手箱、取りに行きますけど


老人:動物愛護の時代にいじめられている亀を見つけるのは一苦労じゃ。


二人:ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ


JK:はあ、はあ、はあ……


二人:ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ


JK:はあ、はあ、はあ……


蝉:ミーン。ミンミンミンミンミンミン。お前は今のことだけ考えろ。今考えるべきじゃないことは俺が考える。


JK:え?


蝉:お前は今のことだけ考えろ……


JK:あたしは、今のことだけ、考える? 今のことだけ。今のことだけ。目の前のことだけ。信号は赤で、だから足を止めることができる。。


蝉:ミン


JK:ありがとう、蝉さん。

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