第19話【ひとりかくれんぼ】【3】




あれだけしていたラップ音が収まり俺達の歩く音だけが廊下に響く。ただ歩くだけの中キョロキョロとしながら進む篤をちらりと横目で窺ってふとそのまま宇宙も観察してみる


背は180前半位だろうか178の俺よりも少しだけ高めの頭はあの日見たように青と黄色のメッシュが入れられている。…風呂に入っても落ちていないという事はカラースプレーの類ではない様だ


あの日はおどおどとして何処か暗い印象があったが今は気だるげではあるものの普通にみえる。初対面だと人見知りするタイプなのか



「なあ」


「ッ!…急に声かけんなや…何やねん」


「悪い、いやその髪の毛って自分でやるもんなのか?」


「え、知らん」


「は?」


「アっ、は?はやめてや心臓に悪い…やってこれカットモデルで勝手にやられただけやし…」


「へえーカットモデルか!凄え格好よくできてんじゃん?よく失敗されたとか聞くし、よくやったな?」


「いやタダでやってくれる言うし…」


「…関西人ってやっぱり金額気にすんのか?値引きとか」


「偏見やめろや!関西人全員がそうやないわ!…ちょっとは?気にはするけど」


「じゃあ何でだよ」


「…俺母子家庭やねん」


「そうなのか」


「元々そんな金ある家やなかったけど、俺が小学生の時親父がアホやってバイクで事故りよってそんまま死んでもうてな。一気に生活苦しくなって…そっからオカンがパート増やして掛け持ちして頑張ってくれとんのや…そんな金俺の頭切るだけの為に使えるかっちゅーんや」


「…そうなのか」


「ふはっ、何や同じ事しか言わんやんけ。…別に気にせんでええよ、ほんまアホな親父やったし。まあ嫌いやなかったけど」


「そうか。…そういやあの時持ってたギターって」


「ギターやないわ。ベースやベース」


「ベース…ケースに入ってて分かるかよ」


「ベースのがデカいしネックの長さが違うから分かるやろ?ま、それこそあのベースは親父が当時ハマってたアーティストに憧れてギターと間違えて買うてきたやつらしいし音楽に興味無いやつは意外と間違えるもんなんかな」


「じゃあ形見みたいなもんか」


「形見になるほど親父触っとらん…3日どころか1日で飽きたってオカン言うとったし…アズキが居んかったらあった事すら気づかんかったわ」


「アズキ?」


「飼ってた猫や。やたら可愛らし猫でなー、餡子みたいな色した黒猫で目の色が左右で違うてな綺麗な青と黄色やったわ…それこそ金に余裕ないっちゅうのに親父が突然拾ってきたんや、この子足怪我しよって痛そうやーって自分が怪我しとる訳やないのにアホみたいに泣きながら。あまりにもアホ面やったから忘れもしないわ」


「その猫も、もしかして…」


「中学ん時に死んでもーた。まあ元野良やったし長生きした方やろ……寝てる、みたいやったなあ…あかんあかん、親父の話より泣きそうや。親父が俺より悲しまれとるって騒いでまうな」



飼っていた猫の話をする宇宙は最初は穏やかに笑いながら話していたが話を続けるうちにどこか寂しそうな、泣きそうな複雑な表情をしていた



「悪いな、会ってそんな経ってないいうのにべらべら語ってもうたな」


「いや、…俺が聞いたからだろ」


「何やろ。変な事言うんやけど、何や麻倉達とはずっと前からの知り合いみたいに感じるわ。やからかもな、こない喋れんのは」


「やっぱり運命だったんすね…!オレと洸くんが出会うのは!」


「ぉヒョオ!?かかか、かと言って急に肩掴んで背後から声かけるのは違うやろ…!?霊より怖いわ!!」



会話に入っていなかった篤が宇宙の後ろから宇宙の肩を掴み目を輝かせて会話に加わる、肩から手を離すと俺と宇宙の間に入ってきて話し始める



「勝手に話聞いてたんすけど、オレは逆に母親がいないっす」


「…亡くなったんか」


「母さん身体が弱い人で、…オレ中学の時色々あって心配かけすぎちゃったんすよ。それが悪かったのか関係ないのか分かんないっすけど急に体調が悪くなって悪化してそのままっす。……何か暗い話ばっかりになっちゃったっすね?ここはオレのとっておきの宇宙についてを語るしか…!」


「いや語んないでいいわ」


「むぅ…じゃあ肇くんの話聞きたいっす」


「俺ぇ?」


「せやせや、俺らに自分語りさせたんや自分も話せや?ん?」


「ンな事言っても語る程の話なんて…」


「そんな事言ってー、あるんすよね?」


「ねえよ…つうか霊いるはずなのに何も起きねえな?」


「あー!話誤魔化したっすね!?」



そんな会話をしながら進んでいると宇宙がふと怪訝な顔をして呟く



「…確かに変やな、声は聞こえるし気配もあるのに何処にもおらん」


「隠れてるって事か?」


「隠れとる…避ける?分からん…」


「どちらにせよ何かおかしいって事か」


「そもそもオレは何も分かんないっす」


「なんやろ…そもそも気配がありすぎて良く分からんくなっとるのに…」



肝試しで集まっていた大部屋へ向かっているが誰かから見られている視線は感じるものの幽霊の姿が何処にも無く、俺達二人には見えていないだけで宇宙には視えていると思っていたがどうやら本当に姿が無いようだ


何か、何かが違和感が…気のせいか?



「…なあ、聞いていいか分かんねえけど部屋出るの止めた理由って何だったんだ?」


「別に隠してる訳やないからええけど。犬の鳴き声がしたんや」


「犬?」


「今何と隠れんぼしとると思ってるんや」


「!そうか鬼はあの犬のぬいぐるみだったか。成程な、犬だからあのドアを開けられなかったのか」


「なんや麻倉。やけに霊について知ってるやん」


「前に圭…俺の友達が霊は生きてた頃の動きのまま霊になるって聞いた事あってな」


「その友達も霊が視えるんか」



犬…そうだった加藤はあの持っていた犬のぬいぐるみでひとりかくれんぼをしたって言っていた、つまり鬼は犬。犬ができない事はできないとみていい事になるな


圭が前に霊になったばっかりとかだとその感覚のまま霊になるって言ってたし。…圭ってそういう関係に詳しいけど霊が視えてたりすんのか?


そういや圭って3年近く友達やってたけど知らない事多いな…それともそんな事も忘れてしまったのか


何か違和感がする。前の記憶が無くなってきているとはいえ忘れずにいる事があるのは何でだ?俺と栞が電車に轢かれたのも今でも鮮明に覚えている。記憶が無くなる前に会って話したからか?


無くなる記憶と残る記憶の違いは何だ…?



「いや…そんな事聞いた事ないな」


「ほーん。つまりはただのオカルト好きか」


「オカルト好きかは分からねーけどそういうのを調べんのは好きって言ってた」


「洸くんも圭くんと会ってみたら仲良くなれるんじゃないすか!」


「え゛まあ機会があったら…」


「何か嫌そうすね?…あ、さっきの部屋着いたっすよ…?あれ?」


「! やっぱりそう、なのか…」


「そりゃ居らんよなあ…」


「…皆何処行ったんすか?」



まだこの部屋を出ていないグループもいる筈が、生徒どころか先生も誰一人も最初からこの場に居なかった様に痕跡さえ消えていた


壁に掛けられた確かに時を刻んでいた時計も秒針が止まり、それこそまるで時が止まっている様だった


再度スマホを確認する


時間が進まない。しっかり繋がっていた筈の電波は何故か圏外……何となく気づいてはいた。…おそらく此処は異空間。俺達は神隠しの様なものにあっている



「どっか行ったのは他ん奴らやなくて俺ら。やろな」


「オレらっすか?」


「なあ宇宙、もしかして俺達」


「察しええやん?…そうや。姿形は似とるけど見た目が同じなだけで此処はもう俺らがいた場所やない、俺達もひとりかくれんぼに参加させられとるようや」


「…それってもう、ひとりかくれんぼじゃねえな?」


「もうそれただの隠れんぼっすよね?」


「っぶは!…笑わせんなや…確かにそうやな?複数人でこれやる奴らそれに気づいとんのか…それにしても二人とも順応能力凄いやん。普通疑うか驚くやろ?」


「洸くんが嘘言ってるとは思わないっすし、それにさっき窓の外を見たんすけど真っ暗というより真っ黒で、おかしいと思って開けてみようとしたんすけど鍵も閉まっていないのにびくともしなかったっすもん。スマホで殴っても破れないし怪奇現象ってすごいっすね!」


「おま、いつの間に…スマホを窓破るのに使うな。つか殴ろうとすんなよ」


「二人がお話してる時っすけど気づかなかったっすか?」


「嘘やろ…?行動力凄いな自分……何考えたら仮にも学校の施設の窓を破るって考えになれるんや…?」


「流石に普通はやらないっすよ!おかしいなーって思ったからやっただけっす!!」


「それだけで破ろうとすんのがおかしいんやろが」



失敬な!と言わんばかりにむくれながら訴える篤に信じられないと顔に書いてドン引きする宇宙


俺もおかしいと思うけど篤だったらだろうなとしか思えないのって俺も宇宙が言う様にまだ会って一年も経ってないのに何年も一緒にいる様な感覚になってんな…つーか、そういや外の事気にしてなかったな。篤の言ってる事が本当なら閉じ込められてるって事か…いやまだ決めつけるのは早い。取り敢えず外に出てみるか…危険か?どうする…


そもそも何でこんなにひとりかくれんぼが成功してるんだ?よくネットで見るやつは何も起きなかったとか心霊現象って言えるか微妙な事が少し起きたやつしかないよな?


加藤は確か何も起きない嘘降霊術って言ってた、て言う事は元々は何も起きてはいなかった。しっかり終わらせていなかった事が原因か?



「なあ宇宙、加藤はひとりかくれんぼをやった時何も起きなかったって言ってたよな。何で今、俺達はこんな状況になってんだ?ちゃんと終わらせていないせいか?」


「それもあるんやけど原因が重なりすぎたんやろな、俺もまさかここまでになるとは思わなかったわ。何かしらは起こるとは思うてたけど」


「そもそもが予想外なんすね」


「原因って何だ?」


「一つにまずは終わらせていない事、次に俺が居る事」


「洸くんが居ると何なんすか?」


「…霊感があるからか?」


「せや。霊感があるやつは霊が寄りやすい…引き寄せられたっちゅー事や。やっぱ無理矢理にでもテント変えてもろとけば良かったわ…すまんこれは俺が悪いわ」


「あれそういう意味で言ってたのか」


「他に何があんねん。まあええわ、後の二つはぬいぐるみを水場の近くに置いてしまった事と多分やけどあのぬいぐるみ…普通じゃないで」


「水場の近くは駄目なんすね?」


「水場はそういう悪いモノが集まりやすいんや、霊もそれに寄ってくる。このひとりかくれんぼっちゅー降霊術はそれを利用した儀式なんやろな」


「そうなんすね…勉強になるっす」


「別に知らんでもええ事や、覚えなくてええで。霊が視えるだけでそういうのには素人やし間違っとるかもやから」


「…確かにあのぬいぐるみ普通じゃなかったけど、そういう意味じゃねえんだろ?」


「大切なぬいぐるみって言ってたのに何であんな事やっちゃったんすかね…お腹が…」


「あそこまでピンポイントに入れたい霊を入れるなんて普通無理や。本来だったらその辺の浮遊霊が入るもんなんに…絶対何かある筈や」


「入れたい霊って…」


「…あいつは多分やけど俺とおんなじやから分かるねん。何でこないな事したのか……それより移動するで、霊が集まってきとる此処は危険や」


「了解っす」


「同じって…分かった」



俺と同じってどういう事だ?気になる事が増えたけど宇宙の言う通り取り敢えずは此処を移動しよう


と、した時だった



「!! ッあかん!何処でもええから隠れろ!」


「え」



宇宙が突然酷く焦りながら小声で怒鳴る様に俺達にそう言うと部屋を見回し眉間に皺を寄せ舌打ちをした



チャッ、チャッと爪のある足で歩く独特の歩く音がする


クゥーン………クゥーンと甲高い鳴き声



………犬の寂しい時に出す様な物悲しい声



鬼が来てしまった


この部屋には扉がない。自由に出入りができる部屋だ、つまり



「何処でもって言ったって…!ここそんな隠れられるような場所…!」


「肇くん洸くん!ロッカー!一つだけあるっす!」


「馬っ鹿お前あんなのに三人入れるかよ…!」



この部屋にある物は隅に置いてある掃除用具入れらしきギリギリ二人入れるくらいの大きめのロッカーとその横に置いてあるファイルの様な物が入った棚くらいだ


その棚も人が入れる様には見えない


机や椅子も無く集合していた時は皆、床に直接座っていた


三人が隠れられる場所が無い



「ッ二人ならギリ入れるやろ!ええから入れや!」


「お前はどうすんだよ!」


「…ッんな事言うたって」


「…一つ考えがあるんすけど」


「何や…!?」


「前に動画で見た…追いかけっこしてる飼い主さんがドアのすぐ横にくっついて視界から消えてわんちゃんが見失って探すやつ…あれって今できるんじゃないすか」


「そんな上手くいく訳…」


「……やってみよか」


「はあ!?」


「一か八かや。見つかったら走って逃げればええやろ」


「ッ…どうなっても知らねえぞ…!」


「隠れんぼじゃなくて隠れ鬼っすね…!へへっ!」


「笑ってる場合じゃないだろ…!」


「! 来るで!」



チャッ…かチャッ…



音の主の姿が見えた


あのぬいぐるみだ。犬のぬいぐるみがひとりでに動いて歩いている…が、歩き方が少しおかしい。怪我をしている様な引きずって歩く姿はぬいぐるみの筈なのに生き物のようで…


此方を人形の無機質な目で確認するとその歩き方が嘘の様に物凄い速さで此方に向かって来る



「走れッッ!!!」


「っ言われんでも!」


「ぬいぐるみが!勝手に動いてるっす!すげー!」


「何感動してんだよ!!前見て走れ!つーか前みたいにはぐれんなよ!」


「分かってるっすよ!」



振り返る余裕がないが、すぐ後ろにまで追いかけて来ているのが分かる


しかし例の動画を再現するにはもっと距離を空けなければならない。さらに走る速度を上げる



「取り敢えず外に繋がる出入り口の近くまで走るぞ!」


「はいっす!でも出れるんすか!?」


「分かんねえけど!行くっきゃねえだろ!」


「! 確かその近くってさっきの大部屋みたいに扉の無い部屋があったっす!そこで動画のやつを!」


「ッ了解!」



…本当に上手く行くのか…!?



「ッいや速すぎやろが!!っはぁ!ッは!」


「え?!もう息切れしてんすか?」


「は!?嘘だろ!?走って逃げればいいっつったのお前だろ!」


「ワンチャン、体力っ!はッ、付いたと思ってたんやけどッはあっ元引き篭もりにはやっぱ無理やった…」


「犬だけにワンチャンっすか!?」


「何でやねん!こんな時にまでボケとらんわ!!…うッ…急にツッコんだから力が…はあ…はア…」


「洸くん!?しっかりするっす!」


「ッち!」


「肇くん…?って」


「おわ!ちょッ…!?嘘やろ…!?」



俺は宇宙に近寄るとそのまま肩にかける様に持ち抱き上げた


こんな状況だ。雑になるけど許せよな…!



「おまッ!グッふ…腹が…!吐く…」


「はあ?!ふざけんな飲め!」


「んな無茶な…!他に持ち方なかったんか!?…! あのぬいぐるみから結構離せとるで!」


「よし、宇宙はそんまま後ろの状況を教えてくれ!」


「んグッ…!やったらもう少し持ち方をやな…!」


「我儘っすねえ…」



距離は上手くとれた!なら後は…!


出入り口が近い。そろそろ着くぞ!



「肇くん!あの部屋っす!」


「一か、八かッ!」



真っ直ぐ走っていたのを右に曲がって部屋へと飛び込む様に入る。すぐさま横の壁に沿う様に立つ



「ッ!」


「…!」


犬のぬいぐるみもすぐに来たが横を見る事もなく部屋へと一直線に入って来る。辺りを見回している様だが此方に気づいてはいないようだ


ははっ…!まさか成功するとは!


俺と篤は目を合わせるとお互いの考えは同じ様で静かに部屋の外に出ると真向かいにある扉の付いた部屋へと音を立てないように入った



「…上手くいったな…!」


「あの動画見といて良かったっすー!」


「お前凄えよ良く思い出した!」


「ヘヘッ!それ程でもあるっす!」


「……それより下ろしてくれへん…?」


「あ、わり」


「…まあ、その…ありがとうな…走れんくなっとったから助かったわ…」


「おー。身長のわりに軽いから助かったわ」


「誰がヒョロガリや…!」


「誰も言ってねえよ」


「あれ?誰か居るんすか?」


「…!」


「あ?本当だ…霊…じゃねえよな?」


「零感に見えとるから人やろ……って、加藤やないか?」


「……ッ」



倉庫の様な部屋には隅の方に膝を抱える様に座る人影…その主は一人で何処かへ行ってしまっていた加藤衣孤眞だった



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超常現象解明部【はじめから】 猫田一葵 @nekota_itsuki

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