Aは車にも戻っていなかった。


 俺とBは車に戻った後、とりあえず日が昇り明るくなったらもう一度「ホテルセリーヌ」内を確認することにし、落ち着くために一度最も近いコンビニに行きコーヒーを飲んだ後、車を信越大橋のたもとの駐車スペースに移動させて仮眠を取った。

 互いにさっきまでのことは口に出さなかった。

 口に出してしまうと恐ろしさが先に立ち、このまま逃げ出したくなってしまうからだ。


 俺はあの車を避けた時に興奮で気づかなかっただけで、どこか頭を打っているのかも知れない。そのせいでAやC程ひどくはなくとも、変なものの見え方をしただけなのかも知れない。そう思おうと努力した。

 多分それはBも同じだっただろう。


 寝付けぬまま目を閉じうつらうつらしていると5時にセットしていたアラームが鳴ったので、俺とBはまた「ホテルセリーヌ」に戻って全ての入れそうなところを確認した。

 薄い朝日が照らしてくれているだけで、夜に感じた不気味さは多少和らいでいる。

 動揺していた夜のうちは思い付かなかったが、AとCのスマホに電話しながら建物内を探してみることにした。

 「ホテルセリーヌ」の中に二人が居るのなら着信音が鳴るだろうし、居ないとしても繋がって話が出来れば、居なくなった事情もわかるだろう。

 だが、Aのスマホは電波の届かない所にあるとアナウンスが流れ、Cのスマホは呼び出し音は鳴るものの誰も出ず、留守電に切り替わった。

 何度か電話してみても同じだった。

 昨夜は足を踏み入れなかった管理人室なども見て回ったが、結局、AもCも「ホテルセリーヌ」内には居なかった。



 「……どうする?」


 車に戻った後、どちらからともなく、そう言葉が出た。

 気が付けば7時過ぎになっていた。

 警察に連絡するべきかどうか。明らかに失踪事件だ。

 だが、俺達が見たことを警察が果たして信用してくれるだろうか。


 「……やっぱり、AとCの家族に先に連絡するべきじゃないか」


 Bがそう言ったので、俺はスマホでAの家に電話をした。

 時間は7時過ぎだから、電話するには早い時間とは言え家族の誰かは起きているだろう。

 20回近く呼び出し音を鳴らしていると、「……もしもし」とやや不機嫌そうにAの母親が出た。

 「早い時間にすみません。……実はA君が……」

 俺はAが居なくなった事情を最初から説明しようとしたが、Aの母親は怪訝そうに「あんた、どっからかけてんの?」と聞いて来た。

 「……信濃町……ですけど……」と言うと「Aは今年帰省はしてないよ! 何? こんな朝からオレオレ詐欺?」とまくし立てられ切られてしまった。

 

 「Aは今年帰省してないってよ……」


 キツネにつままれたような気分で力なく俺が言うと、Bは「なら昨日のAは誰だよ! 俺達、昨日の夜Aんの離れに集まったよな、なあ!」と怒鳴った。

 「俺のスマホにAからの着信履歴だって残ってるはずだぞ! おかしいじゃないか!」

 Bは深夜から続いていた緊張の糸が切れたのか、深夜の「ホテルセリーヌ」内での落ち着きが嘘のように怒鳴り続けている。

 やはりBも、俺と同じで無理やり恐怖に耐えていたのだ。


 何か訳がわからないことが、昨夜から続き過ぎた。

 怒鳴るBに何か言い返す気力も湧いてこない。


 俺は怒鳴り続けるBに返事をせず、黙ったままスマホに登録していたCの自宅に電話をした。

 農家だから、朝は早いはず。

 ただ、畑に出ていれば両親は出ない可能性もあるな、とボーッと考えながら呼び出し音を鳴らしていると「……もしもし?」と躊躇ためらいがちな声でCの母親が電話に出た。


 先方が電話に出たことを察したBが口をつぐんだので、俺は名乗り、Cくんは家にいますか? とCの母親に訊ねた。

 Aの家に電話した時のことを考えると、何となく最初からCが失踪した、とは言わない方がいい気がした。


 電話の向こうのCの母親は、俺がCの名前を口にすると一瞬息を呑んだようだった。

 そしてしばらく沈黙したあと鼻水をすする音が聞こえ、聞き取りづらい涙声でCの母親はこう言った。


 「……あぁ……どうしちまったんだよう……ううぅ……今、警察呼んで見てもらってんだぁ……息してねんだよう……」


 「お母さん、落ち着いて……ゆっくりでいいんで、何があったか教えて下さい……」


 時間をかけてCの母親をなだめながら聞き出した内容はこうだった。


 今朝早くにCの両親が起きた時にはCの姿は無かった。

 2週間くらい前から落ち込んでいる様子だったので変な気を起こさなきゃいいがと心配したらしいが、とりあえずいつも通り両親は畑に出た。

 Cがおもに世話をすると言っていたリンゴ畑も見て回っていたところ、その一角に地面を掘って埋め返したようなところがあった。

 両親が不審に思い足を止めたら、その土の中からスマホの着信音らしい音が聞こえたそうだ。

 Cの父親がCがその畑で使っていた小型の重機を使い掘り返してみたところ、深さ1m強掘り返した辺りで人の腕のようなものが見えたため慌てて警察に電話した。

 駆けつけた警官が現場を更に手作業で丁寧に掘り返すと、息絶えたCと、Cと抱き合うような形で女性の遺体が出て来たそうだ。


 母親は見ていられず現場からすぐに立ち去ったそうだが、現場検証に立ち会った父親によると、Cの遺体はまだ真新しく、死因はおそらく土に埋まって窒息したためであり、一緒に出て来た女性の遺体は死後2~3週間が経過していて腐敗が進行していたが、おそらく死因は腹部を鋭利な刃物で複数回刺されたことによる失血性ショック死だろうとのことだった。

 凶器の刃物は死体に刺さったままだったという。


 おそらく土中から聞こえた微かな着信音は、時間的に朝方俺達が「ホテルセリーヌ」から何度もCのスマホにかけた時のものだろう……


 Cの母親の話を聞いているうちに、Bの顔からはみるみる血の気が引いていった。


 そして俺も、全身の毛穴から汗が一斉に噴き出していた。

 決して暑さのためではなかった。




 その後、俺とBは何度か警察に参考人として呼び出され事情聴取を受けたが、Cの件は結局Cが付き合っていたと思い込んでいた女性を殺した上で自分も後追い自殺したエクストリーム無理心中ということになった。


 女性の遺体はやはり失踪したスナックの女性アルバイトだった。女性の所持品も同じ場所に埋められていたためすぐに確認が取れたそうだ。

 女性の遺体は腐敗が進行していたが、腹部に刺さっていた刃物からはCの指紋が検出され、Cが専用で乗っていた軽トラックの荷台からも女性の血液が検出された。

 周辺の聞き込みから、客として女性の在籍するスナックに通っていたCが、女性と付き合っていると勘違いし恋愛感情を募らせ、こじらせた結果殺害に及んだと判断された。

 そしてCの死因はやはり地面に生きたまま埋まったための窒息死で、肺の奥まで畑の湿った土が入っていた。死亡推定時刻はあの夜の0時から2時前後。早朝遺体を発見した時に父親が警官が着くより先に掘り返していたため現場の状態は不明だったと判断され、C自身が自分で一度埋めた女性の遺体の穴を掘り返し、自分が入ってから土が被るように何らかの細工を自分でしたのだろうということになった。

 Cの遺体にもがき苦しんだ跡も無く女性と抱き合う形になっていたことから結局C本人が覚悟の上で行ったことであり、他殺ではないと判断せざるを得なかったようだ。


 俺とBは「ホテルセリーヌ」から夜のうちなら30分強程度で現場に移動できるため当初随分と疑われた。

 俺達は、俺達が見た事しか話せなかったが「ホテルセリーヌ」で俺達が見たことは全く取り合ってもらえなかった。

 だが結局俺達にはCを殺害してC宅の畑に埋める動機もなかったし、物証となるCの家の畑を掘り返せる道具も無かった。

 C宅の小型重機を使おうにも鍵は父親が取りに行くまで施錠されたCの家の中にあって俺達が使うのは不可能だったこともあり、俺達の疑いは晴れた。

 そして俺達が立ち寄ったコンビニの防犯カメラも俺達のアリバイを証明してくれた。

 ただ、「ホテルセリーヌ」から出た後にBと二人で立ち寄ったコンビニの防犯カメラ映像はともかく、行く前に立ち寄った野尻湖入口近くのコンビニの映像にも、何故か俺とBの姿だけしか映っていなかったそうだ。


 そしてAも、俺達の証言から念のため俺達同様に参考人として聴取されるはずだったが、警察がAに連絡を取ろうとしたところスマホは通じず、Aの勤めている会社に連絡するもAは盆明けから無断欠勤が続いていた。

 Aの名古屋のアパートに長野県警が訪問するも不在で、大家と共に室内を確認したがしばらく不在なのか薄っすら室内には埃が積もっていたらしい。結局家族が捜索願を出し、行方を捜している。


 Aは今でも見つかっていない。


 

 ただ、何となくだが、Aはどこかの海の中に沈んでいる気がしてならない。

 Aよりも少し早い時期に殺され、腐乱した女性の遺体と一緒に。









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