バカ女と準決勝と男のプライド


「あの……困ります。お客様」

「おうおう、中々の上物じゃねぇか。俺のパイルドライバーで気持ちイイことしようぜぇ?」

「忘れられない一時を僕と過ごそう。打ち上げ花火より高く絶頂させてあげるよ……」


 試験召喚大会の合間に中華喫茶の配膳作業を手伝っていた明奈は、見るからにガラの悪そうな2人の男に絡まれていた。

 チャラ男風チンピラに壁ダァンされてヒロイン面するバカ女だったが、見かねた康太が助け舟を出す。


「…………そのバカ女に手を出すのはやめたほうがいい」

「あぁん?なんだてめぇ。お客様に口答えかぁ?」

「…………俺は光の百合厨。ヘテロNTRは好みではないが排斥しない。だが、こいつはどうかな?」


 刹那、男2人の背後に美波がエントリー。

 そう彼女は闇の百合厨。ヘテロNTRを絶対に許さず、その存在を抹消せんと地の果てまで粘着アンチする地獄から来たバーサーカーなのだ。


「他人の女に手出そうとしてんじゃないわよ!ヘ駄死!」

「「ナインワンワーン!」」

「…………ダボォキル」


 ヘテロは駄目!死刑!言論弾圧の思想を平然と掲げて私刑を強行する。

 多様性なぞ不要、きらら漫画のような百合以外でこの世に必要なものなどない。きららと百合姫しか勝たん。マーガレットもコロコロコミックも快楽天も、みな等しく焚書してしまえばいい。そんな風に百合豚の美波は考えていた。宗教的過激派テロリストか?

 眼にもとまらぬ高速の二度蹴りで竿と玉を潰された男たちは、涎を垂らしながら蹲り絶叫した。


「バカなああ!俺のっワールドトレードセンターがああ!生殖器が暴発し射精しながら爆死するぅぅ!」

「この野蛮クソメスがぁっ!これだからナオンは駄目なんだぁっ!」

「神の鉄槌を受けるがいいわ!アキの敵は全て首をはねるし、それが男ならチンチンもぎ取って犬に喰わせてやる!」

「美波ちゃんカッコいい~!流石は文月学園ナンバーワンのスパダリ女子!」

「…………スパゴリの間違いでは?」

「どうしたの土屋?アンタもそんなに女の子になりたいの?」

「…………ミナアキ、アクバルミナアキは最も偉大なりアキミナ、アクバルアキミナは最も偉大なり!」


 プレッシャーを感じた康太は、諸手をあげて信仰告白する。跪いて祈り赦しを請う姿はどこか清貧で見る人の胸を打った。

 文月学園では暴力こそが正義である。力なき民は服従するしかない。

 それはさておき、ウェイター業務がひと段落した秀吉が明奈に声をかけた。


「そろそろ次の試合の時間じゃろ?わしらに任せて吉井は会場に行くがよい」

「行きたいのは山々なんだけど、次の試合の勝ち筋が見えなくてさー。久保君と佐藤さんのAクラスコンビが相手なんだけど、どうすれば勝てるかな?」

「正直、アキと坂本の2人じゃ勝ち目なんてなさそうね」

「だよねー?どうすれば勝てるかなぁ……」


 ナンパ男たちを窓から捨てた美波がこぼした感想に、明奈も同意する。

 外から聞こえる悲鳴をBGMに3人は解決策を導かんと頭を悩ませた。


「…………耳より情報を教えてやる。Aクラスの佐藤は、木下姉に惚れている」

「えぇ!?そうだったの!?」

「なぜゆえにAクラスの面々は浄化槽に浮かぶ腐った水のような人間を愛するのかのう。悪趣味の極みじゃ」

「秀吉から見た優子ってなんなのよ?」

「シュールストレミングのような匂いがするウンコ味のウンコじゃな!」

「究極の汚物じゃん」


 酷く腐っていることは間違いない。

 とはいえ、康太の助け舟もあり方針は決まった。


「つまり、秀吉が優子ちゃんに扮してアレコレすれば勝てるかも!?」

「下剤入りの飲み物を差し入れするとか良さそうじゃな」

「…………誘惑、洗脳して佐藤を寝返らせるのもアリ」

「アンタたちまどろっこしいわね。校舎裏に呼び出してボコボコにすればいいのよ」


 勝ち筋が見えてきたことで浮足立つ邪悪カルテット。

 そんなモラルなき子供たちを見て、雄二は首を振った。やれやれだぜと言わんばかりのなろう仕草に、明奈たちは疑問符を浮かべる。


「なんて話をしてるんだ、お前らは」

「何って……Aクラスコンビに勝つための作戦会議だけど?」

「もうやめようぜ」

「…………やめる?なにをだ?」

「こういう卑怯なことだよ。もっと正々堂々と真っ当な勝負をすべきだと思わねぇか?」


 真剣な表情で主人公みたいなことをほざく雄二。これが少年誌の世界であれば、感動的なセリフとなり周囲の心を動かしただろう。

 だが、ここは少年院よりも残酷な世界。ザ・ワールド・オブ・チンパンだ。手垢まみれのクサい正論に、明奈たちはクソデカため息を吐いた。


「あのさぁ……雄二から卑怯を取ったら何が残ると思う?無だよ。無。ナッシング。自分をなんだと思ってるの」

「アンタ手遅れよ。今さら真人間気取っても意味ないから。クズはクズらしく永世クズ人間として這いずり回ってなさいよ。このクソクズ人間」

「…………正々堂々って単語、知ってたんだな。クソ虫のくせに意外と博識」

「黙って聞いていればチピチピチャパチャパ。お前らマジでふざけやがって……!」


 言いたい放題のバカどもに雄二は青筋をたてている。ただ、これまでとは違って殴る・蹴るなどの暴行はしない。あくまで冷静に神父のように友たちを諭す。


「姫路の親父だって言ってただろ。今の俺らは腐ったミカンだ。今までみたいなやり方で大会を勝ち進んでも意味がねぇ。誰もが納得できる騎士道精神に則った試合で勝たねぇとダメなんだ」

「ねぇねぇ、騎士道って何?」

「ゴブリンどもを皆殺しにする修羅道じゃな」

「…………あるいはゴブリンに敗北して凌辱される女騎士の淫道」

「は?マジキモいんだけど。アキに近づくなゴブ本。アンタも去勢するわよ?」

「全然ちげーわ!そもそもお前らのは騎士道じゃねぇ!そうやってバカで論理的な会話もできないから、イヤなんだよ!」


 せっかく真っ当なことを言ったのに、意味不明な連想ゲームを始めるバカ4人に雄二は頭を抱える。


「だが雄二よ。点数で劣るワシらが優等生に勝つには、ワンチームで反則プレーをするしかなかろう」

「Aクラスのガリ勉なんか全員ワンパンであの世行きよ」

「…………黒歴史を暴露し社会的に抹殺してやる」

ゴブゴブゴーブゴブゴブ家族や友達を肉盾にしよう!」

「どれも願い下げだよバーカ!あとバカは人語しゃべれや!」

「ゴブ本君の文化圏に合わせた言語を話したのに……」

「ぶっ殺すぞっ!?」


 これ以上の会話は無意味と考えた雄二は、びしりとバカルテットを指して吠えた。


「とにかく!絶ッ対に俺の邪魔をすんじゃねぇぞ!いいな!」

「あっ!雄二まってよ~!」


 のしのしと歩く雄二を追いかける明奈。まもなく試験召喚大会の準決勝戦だ。


・・・・・・・・・


「嗚呼ッ……!吉井さんッ!よもや君と戦うことになるなんてッ!これぞ運命の悪戯ッ!愛の試練ッ!」

「えっと……そう、なのかなぁ?」

「まさに!僕はロミオで君がジュリエット!僕は船乗りではないが、たとえ君が最果ての海の彼方の岸辺にいても、危険を冒して海に出るよ!君は僕の太陽だ!」

「あ……うん。そっか……」

「久保君。暑苦しすぎて吉井さんが引いてますよ」

「ハッハッハッ!身持ちが堅いな、吉井さんッ!まさに眠り姫!そんな君に僕は心を奪われたッ!」


 試験召喚大会のステージ上で利光は満面の笑みを浮かべて暑苦しく語る。ロミジュリを引用する辺り、彼の知性とロマンチスト具合がよくわかる。

 なにせ、彼のラブコールを邪魔するであろう百合女子がこの場にはいない。今こそ明奈に想いを伝えるべき局面だと考えた利光は、少しハイになっているようだ。

 ドン引きする美穂や雄二を無視して、真剣な表情で明奈と向き合う。


「吉井さん、僕は君を愛している。結婚を前提に付き合ってほしい」


 公衆の面前での一大プロポーズに観衆たちはどよめく。

 唐突な告白に目を点にする雄二、心底興味なさそうに爪をながめている美穂、小学生女子のように目を輝かせるすみれ。信奉する理念や性癖によって利光のプロポーズへの評価は賛否両論だ。

 だが、告白された当の本人は頬を赤らめるとポツポツと言葉を紡いだ。


「久保君……気持ちはすごく嬉しいよ。男の子から好きって言われて嬉しくない女の子なんていないんじゃないかな。私も驚いているけど率直に嬉しいと思っている。それに秀吉やムッツリーニみたいに女々しくないし、雄二みたいなダメゴリラじゃないから、久保君はきっと素敵な人なんだと思う」

「は?殺すぞクソバカゲロカスゴミ女」

「比較対象、終わってません?吉井さん、プラごみと生ごみを比べてどうするんですか?」

「吉井さんッ!ならッ!返事はッ……」

「でもねっ!私は美波ちゃんや瑞希ちゃん、翔子ちゃんと一緒にいたい!これが恋愛感情なのか友情なのか、まだわからないよ?ただ少なくとも久保君とはまだお付き合いできない。だって、今の私が好きなのは仲良しの女の子たちだから」


 そう言うと明奈は目尻に涙を溜めながら儚げに微笑んだ。さながら泣きゲー終盤のヒロインのようだ。これがKeyなら天に召されていた。

 だが、キョトンとした表情の利光は疑問を投げかける。


「いや、同性愛は非生産的だからやめるべきではないか?常識的に考えて生物学上の意義がある異性との恋愛をすべきだよ」

「え゛?」

「同性愛なんて所詮はヘテロ的カタルシスを得るための前座。パクチーのように、ささやかなスパイスに過ぎない」

「ふざけないでください久保君。チンコ切り落としますよ?」


 ネットやメディア、Pixivで揉めそうな持論を真顔で展開する利光に、明奈の開いた口が塞がらない。美穂を含めた百合厨たちは、利光に殺意を向けている。

 刹那、轟音とともに天から飛来してきた冷凍カジキマグロが、利光の頭頂部に突き刺さる。噴水のように吹き出した血の雨は会場中に降り注いだ。響き渡る悲鳴と絶叫。これぞデビルハンターも真っ青な悪魔的所業。


「ざまぁ見ろ!windows95搭載の腐れホモフォビア!その石頭を物理的に強制アップデートしてやったんだから感謝しなさい!」


 ふと見上げると校舎の窓から身を乗り出した美波が、冷凍カジキマグロを振り回しながら威嚇していた。怒れる類人猿を目の当たりにした利光は、達観したような笑みを浮かべると、明奈の方を向く。


「吉井さん。あんな野蛮な女が君は好きなのかい?」

「……えっと……きっと、そうだと思う。いや……そうなのかな?うん……そうだと信じたいな……」

「正直、同性愛なんて非合理的だと僕は思っていた。だけど、吉井さんがそうならば、僕はその思想を尊重しよう。もちろん、それとは別で君を変わらず愛し続けるつもりだけどね」


 DOWNLOADED(完全に理解した)。

 奇しくもカジキマグロが脳にまで刺さったことで、利光の価値観はアップデートされたようだ。

 百合女子が時折スナック感覚でヘテロ行為に勤しむっていうのもアリだよね。僕はそんな竿役になりたい。そう考えるようになった彼は、windows VISTAを搭載しているといっても過言ではない。つまりはまぁクソである!

 利光はびしりと右人差し指を向けて宣言した。


「男のちんちんが前へ前へと伸びるのはなぜだと思う?それは信じた道を前へ前へと突き進むためだ!目標があればわき目もふらず追いかける、それがちんちんを持って生まれた者の宿命なのだ!」

「は?」

「いついかなる時でも君への愛は燃え尽きない!僕は永遠に君を愛し妄信する!これが僕の信じる武士道だ!」


 これぞメイドいんジャパンの日本男児。己の信念を貫く益荒男、いや素戔嗚といえよう。

 なんとなく雰囲気で感動している明奈、汚物を見るような眼をした美穂、展開についていけず困惑している雄二。三者三葉の反応を示す中、利光は最後の力を振り絞って雄二に言葉を投げかけた。


「坂本君も男なら愛する女を信じろ」

「どういうことだ?」

「君の信じる気持ちが弱いから代表はあんな姿になった。君の弱さのせいだ」

「俺のせいで翔子がおかしくなった、って言うのか?」

「心の炉に絆を焼べな。想いは伝えて意味を成す」


 言いたいことを言い切ったのか、利光は微笑むと地面に倒れた。

 一方、彼の遺言を耳にした美穂は、ふむと顎に手を当てると考えこんでしまう。


「最近の翔子ちゃん、どこか不安そうで焦ってたみたいだけど……それってもしや雄二のせいなの!?」

「なるほど……代表がおかしいのは坂本君のせいでしたか。やはり男は害悪。百合ハーレムこそが私たちの求めるべきエデンなのかもしれませんね……」

「俺は!翔子に相応しい男になろうと思って行動してきた!それをあいつが勝手に段階を飛ばそうとするから……!俺は一生懸命変わろうとしているのに……!」

「ねぇ皆聞いた!?まさかこんな嘘クサい言葉を生で聴けるなんて!テレビドラマ見てる気分だ。まるで暖かなリビングルームで愛犬とくつろいでる気分だよ、ハッハッハー!」

「噴飯ものですね。結果が伴わない言葉に意味なんてありません。ロマンチストが過ぎるぞ、現実を見ろ」

「畜生どもめが……!」


 女子あるある!共通の敵となる男がいると結束して叩きがち!

 容赦ない誹謗中傷の弾幕を食らい、雄二は唇を噛む。


「だいたいさー、なんで翔子ちゃんを拒むのさ?私言ったよね?男のツンデレに需要なんてないって」

「ツンデレじゃねぇ!ただ、あいつが向こう見ずで……猪突猛進なアプローチに圧倒されて……」

「好きじゃないふりして愛されようなんて、ムシのいい話じゃないですか」


 自己矛盾と罪悪感で言葉を濁す雄二に、美穂は冷たく言い放った。


「代表からのアプローチに圧倒された?コミュ障な童貞であることを都合よく正当化しないでください」

「やーい、ばーかばーか。童貞やろー。孤高気取ってんじゃねぇーよ、ただのチキンなだけのくせに」

「違う!俺はそうではなくて!」

「これだから男はダメなんです。安いプライドばかり積み上げて非合理的で愚かな存在。嗚呼、おぞましい」

「あんなに可愛くて素晴らしい幼馴染を拒むなんて、お前は人間じゃねぇ!異常者のサイコゴリラだよ!」

「まだゴブリンの方がマシですね。意味のない自尊心もなく欲望に素直に生きている分、坂本君よりもずっと好感が持てますよ。まぁ牛糞と馬糞の違いに過ぎませんが」


 お互いに愛し合っているのに、雄二は翔子を拒み続けてきた。だというのに、その心は幼馴染に依存している。ツンとデレを反復横跳びして、同じ事を何度も何度も繰り返す。不毛な反芻を続ける雄二は、少女たちからすれば異常者といえよう。

 ただ現実の少年は、なろう系小説の主人公や乙女漫画のスパダリのような完璧超人ではない。あーだこーだと一見、無駄なことをウダウダと悩む雄二は、紛れもなく等身大の少年そのものだ。思春期男子あるある!ない頭で難しいことを夢想しがち!

 そんな繊細な男心を、ガチ百合少女とバカ女の言葉のナイフがズタズタに切り裂いてしまった。正論は時に人を深く傷つける。


「俺は……俺はっ……!」


 なぜ俺がそこまで言われなきゃいけない?なぜお前たちが俺と翔子の関係に口出しするんだ?叫びたい感情を必死に押し殺す雄二だったが、明奈と美穂は追い打ちをかける。

 結束した女子あるある!加減を知らない!


「ほーんと雄二ってばダメダメなんだから。今まで大した成績を残さず、あーあって感じ」

「こんなダサい男が代表の伴侶なんですか?21世紀って終わってますね」

「今は天才チンパンジーのユウジくんが知能テストを行っているので暖かく見守ってあげよう」

「チンパンジーに失礼じゃありませんか?吉井さん」

「そっかー!それもそうだね!」

 

 日本人ラッパーの言葉が頭をよぎる。別に誰がどうこう言う事じゃねぇだろ?テメェの人生誰か文句言ってるかと。この人生だって誰にも文句言われる筋合いはねぇよ。

 ヒマラヤの独裁者の発言が想起される。覚えておくといい。人は偽善者だ。自分たちのクソまみれの人生を誰かのせいにして、決して自分が負うべき責任を負わない。

 すべては自己責任であり、他人の言葉なんてクソくらえだ。誰がどう考えようが関係ねぇ。少女たちの罵詈雑言の中で、雄二は1つの真理に辿り着いた。

 突如、雄二は明奈の腰を掴むと頭上に掲げた。

 スカートがひらりと舞い、明奈の可愛らしい下着がチラリと見える。突然の嬉しいパンチラに会場の男性陣は野太い声を上げる。これってライオンキング?いいえ、DVキングです。


「きゃあああああっ!な、な、なにすんのさ雄二のバカ―ッ!変態ゴリラーッ!」

「さっきからゴチャゴチャゴチャゴチャうるせぇんだよお前らはァ!男の純情を弄ぶんじゃねぇよぉ!」

「はぁ!?きっっっっも!気持ち悪いこと言わないで!」

「これだから男は……。自己中心的で暴力的。これでは理性なき獣ではありませんか」

「うっせぇうっせぇうっせぇわッ!くせぇ口塞げや虫けらがッ!」

「ケッサリア!」

「きゃあッ!」


 雄二の魂のリリックとともに、バカ女が投げ飛ばされた。攻撃を受けた美穂は、バカ女の攻撃力の半分のダメージを受け倒れた。これぞ文月学園のカタパルトタートルによるクソバカゲロカスゴミ女ミサイルである。友達を武器に戦う。それは僕が戴きし、罪の王冠。

 坂本雄二は、臆病な人?準決勝を迎えるまでの彼はそうだった。だが、今の彼に迷いはない。

 いつしか文月学園は他人を煽り、蔑み、詰る人格破綻者の集まりになっていた。これは試験召喚戦争というシステムが生み出した歪なのかもしれない。いずれにせよ、こんな場所で騎士道を意識することはクソの役にも立たない無意味なことである。

 世間が幼馴染との婚約を認めてくれない?うるせぇクソして寝ろ!気に入らない奴は全員ぶっ飛ばす!

 結局のところ揺るぎない信念さえあれば、どんな無茶だって実現可能なのだ。その真理に辿り着いた雄二は、世間体という呪縛から図らずも抜け出し、解放されていた。


「うおぉ!舐めんじゃねえぞ、日本男児。日本の男っていうのはロックなんだよ。魂がすり減っても何をしようが、全力で生きてロックだ。ロックンロール」

「うわぁ……。えーっとルール上、勝者はFクラスのカスコンビ~ってことで早くステージ降りてください。ね、見苦しいんで。ね?」


 明奈の巻き添えをくらった美穂が壇上から落ちたことで、Aクラスコンビは判定負けとなった。そもそもチームメイトを投げてぶつけるのは反則ではないのか、と言われそうだが残念ながら試験召喚大会のルールブックにその旨の記載はなかった。釈然としない表情で救護班は、気絶した2人の少女を保健室へと運んでいる。

 ふつうは誰もリアルピクミンなんてしないのだから仕方がない。これぞルールのバグを突いたRTAである。多分これが一番早いと思います。

 とはいえ、良識ある観客からの白い目に耐えらないすみれは、吠える雄二の近くに寄り退場を促す。それが彼女の命運を分けた。


「しねぇ!ゴブ本ォ!」


 そう言うと美波は、雄二に向かって2匹目のカジキマグロを投擲した。最愛の少女を痛めつけたバイオレンス男なんて、殺害して当たり前だろう。どこぞの透き通るような青春の学園都市のごとく、暴に支配された世界に生きる美波にとって、それは息を吸うのと同じくらい当然の行為だった。

 だが、雄二の方が一枚上手だった。豪速で飛んでくる魚類を察知すると、咄嗟に近くにいたすみれをつかみ肉盾にした。


「聖なるバリア・ミラーフォース!」

「って、えええええ!?なんでええええ!?」


 刹那、少女の背中に突き刺さるカジキマグロ。噴出する血液。大量失血したすみれは、壇上に倒れた。


「か弱いレディを傷つけるなんてッ!アンタそれでも男かッ!?」

「レディなんていたかぁ~?そんな貞淑な女、文月学園ここでは見たことも聞いたこともねぇ。俺がさっきぶん投げたのも、盾にしたのも、ただの道具だ。嗚呼、都合の良いモノがあってホント助かったぜェ」

「この愚かで卑怯な俗物ゴブリンッ!可愛いアキを虐めるなッ!」

「愚かだろうが、俗だろうが、勝って勝ち続ける奴が強えんだよ!」


 人間の尊厳はすべて考えることの中にある。我々はそこから立ち上がらなければならないのであり、ここに道徳の原理がある。

 しかしながら同時に、人間の考えることは愚劣であり欠陥に満ちている。生来のちっぽけな理性では、完全無欠な思考など不可能なのだ。

 それでも立ち上がり、前に進まなければならない。ちんぽがそびえ立つように、進歩への異常な執念こそが人間たる所以である。バカになり、自身の狂気と向き合い、信じた道を歩き続ける。これぞゴブリン・ロード。欲望に忠実な恐れ知らずの覇道。

 やはり試験召喚戦争には人生の大切な全てのことが詰まっているんだね。


「待ってろよ翔子」


 雄二の獰猛な眼は、曇り空を見上げていた。次の決勝戦への覚悟は決まった。

 あとはバカどもとともに、勝利の方程式をくみ上げるだけだ。

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バカ女とテストと召喚獣 53860 @figyahoni

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