閑話 秘湯、ダンジョン温泉3

 ボスらしき個体はいない。この調子ならば、そう時間はかからずに討伐を終えることが出来るだろう。


 相手はほぼただの猿。いくらすばしっこかろうが、俺と芳恵よしえさんの敵ではない。案の定、数分もかからずに猿型モンスターを倒しきり、辺りに静寂が訪れた。


「これで終わり?」


 花子さんが周囲の気配を探っている。新しくモンスターが湧き出る様子は、今のところない。


 だが、俺の直感は、まだ終わりではないと告げている。周囲は割りと見通しがいいので、モンスターが隠れられるような場所はないように思うのだが。


 と、次の瞬間。巨大な何かが、音もなく降って来た。咄嗟に反応し、避けられたのは、俺と芳恵さんだけ。花子さんと澄香さんは、まともにそれを浴びてしまう。


 「ビシャ」っと音を立てて地面に広がったのは、何とも巨大なスライム。そのサイズは、最初に花子さんと一緒に遭遇したスライムの、およそ10倍と言ったところか。おかげで足元は一面スライムまみれ。もろに浴びてしまった花子さんと澄香さんは、スライムの海に沈んでいる。


「こりゃ~、このスライム。温泉を吸って肥大化しおったな?」


 芳恵さんが言うように、スライムは時に周囲の水分を吸収し巨大化することは俺も知っていた。この場所は、温泉の源泉地。水分には事欠かない。


 怪異化しているからか、モンスターの脅威度も何となく掴めるようになった俺には、このスライムが特別強力な固体でないこともすぐにわかった。これならば、対処法としては以前と同様で大丈夫なはず。あとは、持って来た吸水ポリマーだけで足りるかどうかだが。


 俺は早速、吸水ポリマーをスライムに振りかける。吸水ポリマーの在庫のほとんどは、澄香さんの背負ったバッグに入っているので、まずは彼女の方へと集中的に撒いて行く。


「ぽ~、ぽぽぽ!(ああ~、ビックリした!)」


 まずは澄香さんを救出完了。スライムまみれのバッグから追加の吸水ポリマーを取り出し、今度は花子さんの救出に乗り出す。


 吸水ポリマーの残り残量ギリギリのところで、スライムの討伐に成功。今の俺達では、これ以外にスライムを倒す手段がないので、間に合って本当に助かった。もし吸水ポリマーが足りなければ、スライムは一旦放置するより他なかったところである。


「花子さん、無事?」

「……これが無事に見える訳?」


 スライムにまみれ、あられもない姿になった花子さんが、恨みがましい視線を俺に送った。しかし、スライムの気配を察するのは至難の業。どうやって動いているのかもまだ解明されていない、あの半液体状の、生物かどうかも怪しい物体に、それらしい気配などないのだから。


「……被害が出なかったのは、あのスライムが新しく湧いたモンスターを捕食していたから。と言うことかの?」

「猿っぽいのが視線と鳴き声の正体なんだとしたら、その可能性は大きいですね」


 今度こそモンスターを見逃さないよう、天井や源泉の中も厳重に確認し、何もいないとわかったところで調査は終了。とりあえずの安全は確保したものの、この先もずっと安全であると言う保障はない。なので依頼者には、定期的に源泉の安全確認を依頼としてこちらに回して貰うことにし、とりあえず今回の依頼報酬をいただいた。


 今回は配信としての撮れ高はあまり期待していなかったのだが、スライムの登場により、それもなかなかいい具合に達成され、総合的な収入としては、悪くない額になっている。花子さんは不満げだったが、何とかなだめて、帰る前に早速ダンジョン温泉を堪能させて貰うことで、手打ちにしていただいた。


「いや~、極楽極楽」

「ぽぽ~(気持ちいいね~)」

「いやいや、これはなかなか、いい湯じゃないか」


 どういう訳か、俺達が入っているのは、家族向けの貸切風呂。俺は別の場所に入ると言ったのだが、花子さんがふざけて「一緒に入ればいいじゃん?」などと言ったことがきっかけで今に至る。


 温泉施設故、一応水着を来ているとは言え、混浴と言うのは初めての経験。もちろん、俺は都合よく風呂釜の中央に鎮座していた岩陰に隠れ、女性陣から見えないようにしていた。しかし、声だけ聞こえる状況と言うのも、それはそれであまりよくない。むしろ妄想が膨らんで、俺の下半身も反応してしまいそうである。


「ちょっと距離があるから毎日は無理にしても、これに入り放題なら、依頼を受けた甲斐もあるわね~」

「気変わりの早いやつだの~。スライムにまみれた時は随分な荒れ様じゃったのに」


 それにしても、先ほどから芳恵さんの声が妙に若いと言うか、幼く聞こえるのは気のせいだろうか。


「お前さんもそう思わんか?」


 突然、芳恵さんが岩の周りを回ってこちら側にやって来る。俺は咄嗟に背を向けようとしたが、何やら芳恵さんの様子がおかしい。何と言うか、動きに勢いがある。


「何をしておるんじゃ。お互いに水着を着ているんだから、恥ずかしがることはあるまい?」


 やはり芳恵さんの声がいつもと違う。これは老婆の声ではなく、幼女の声だ。


 思わず振り返ってみると、そこにいたのは、見目麗しい幼女そのもの。どことなく芳恵さんの面影はあるものの、まさか同一人物と言うことはあるまい。


「何じゃ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して……」

「あ、いや、あの……。芳恵さん?」

「……ああ、そうじゃったの。お前さんに見せるのは初めてか」


 そう言って、くるりと華麗にその場ターンをして見せた彼女は、正真正銘、絹川芳恵さん本人だそうだ。


「そんなことある~!?」


 俺は思わず大声を上げる。ターボばあちゃんは、婆ちゃんであると同時に、幼女でもあったのだ。

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【閲覧注意】トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中~心霊系配信者の俺、ダンジョン配信のせいで忘れられかけている怪異達を救おうとしたらうっかり最強になってバズった。ついでに怪異女子ハーレムが出来た~ C-take @C-take

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