閑話 秘湯、ダンジョン温泉2

 温泉と言うだけあって、ダンジョン内は湿度が高く、壁も地面も全体的に湿っている。今のところ、滑って転ぶようなことにはなっていないが、モンスターとの戦闘が始まろうものなら、どうなるかわからない。一応滑りにくい靴を履いてはいるものの、こればかりは気をつける他ないだろう。


 ダンジョン内を進むことしばし、辺りには温泉施設として手を加えられた風呂釜がいくつも広がっているだけで、話に聞いていた妙な鳴き声や謎の視線などはない。


「今のところ、モンスターは見かけないけど……」

「それらしい痕跡もないわね」


 実際にモンスターがいるのなら、足跡を始めとした何かしらの痕跡があるもの。しかし、ここに来るまでに、それらしいものは見当たらなかった。温泉客の気のせいか、それとも何者かの意図的な営業妨害か。そんな考えも、脳内に浮かび始める。


「ぽぽぽ、ぽぽぽぽ(前回の攻略時には、猿みたいなモンスターが結構いたみたいだけど)」

「猿だったら、いたら見逃さんじゃろ。それこそ、姿を消せるような能力がない限りは」


 前回の攻略時は、このダンジョンの難易度はそれほど高くなかったとのこと。どちらかと言うと、足場の悪さ以外はほとんど気にならない程度の難易度で、モンスターにも手こずらなかったらしい。


「流石に姿を消されたら対処が難しいな~」


 今の俺が怪異化で使える能力は、花子さんの念動力、八尺様のパワーと防御力、ターボばあちゃんのスピードだけ。見えない敵を相手に出来るような能力ではない。


『そんなランク高そうなモンスターなら、とっくに被害者出てるんじゃね?』

『被害者が出てないってのが重要な気がする』


 ちらほらとコメント欄に流れる、被害者なしの文言。確かに、依頼主からは、これまでに被害者が出ているという報告はなかった。人を襲わないような無害なモンスターなのか、それともモンスターがいるということ自体が誤った情報なのか。


 情報が足りない状況だが、それを調べるのが俺達の仕事。少なくとも、妙な鳴き声と、謎の視線の正体は突き止めなければ、今回の依頼を達成したとは言えない。


「単純に、もっと奥に行かないといないのかも。情報じゃ、鳴き声やら視線やらのあった場所は言ってなかったし」


 花子さんの言う通りだ。変に勘繰るよりは、とりあえず可能な範囲での調査を進めてしまった方がいいに決まっている。ダンジョンの最深部まで行ってみて、新しいボスがいるかどうかを確認するだけでも、再調査の内容としては充分なのだから。


 そういう訳で、俺達は周囲を警戒しながら、第2階層へと足を踏み入れた。こちらも第1階層と同様、温泉施設として人の手が入っているので、ただの洞窟と比べたら歩きやすい。ただ、源泉が湧いているという最深部には、一般人は入れないようになっているとのこと。今回はそこに通じる扉の鍵を借りているので、行こうと思えばいつでも最深部にいける状態だ。


「ぽぽぽ(ここにもモンスターはいないね)」

「そうね~。何か拍子抜けって感じ」


 家族やカップル向けにと作られたのであろう、個室風呂も覗いてみたが、モンスターの痕跡は見られない。となると、やはり閉じられた扉の向こう側。最深部に何かいると見るべきか。


「それらしい鳴き声は聞こえないね~。わしの耳が遠くなっただけかも知れんが」

「いいや。俺にも聞こえないから、芳恵さんの耳のせいじゃないよ」


 いよいよ調べる場所がなくなり、当然の帰結として最深部に繋がる扉の前に、全員が集まる。


「それじゃあ、俺が鍵を開けるから、そのあとは花子さんを筆頭にいつものフォーメーションで」


 みなが頷いたのを確認してから、俺は鍵を使って扉を開いた。


 まず突入したのは、霊体化した花子さん。仮にモンスターがいても、霊体化していれば物理ダメージは入らないし、先陣を切るには最適だ。それに続くのは、機動力の高い芳恵よしえさんと、怪異化を使った俺。そして、しんがりは澄香すみかさんである。


「モンスター発見! 見た感じ、数は6!」


 最初に飛び込んだ花子さんから、報告が入った。どうやら問題となるモンスターは、扉の向こうにいたらしい。


 素早く後に続くと、やや狭い通路の向こうの開けた空間に、猿型のモンスターの姿が見えた。サイズは日本猿くらい。これと言って凶悪な牙や爪は見当たらない。通常の猿程度の牙は見えたが、これならば怪異化した俺の敵ではなかろう。


「花子さんは念力で相手の動きを阻害! 芳恵さんと俺で全部叩く! 澄香さんはモンスターが扉から出て行かないように守って!」


 俺の指示を受けた3人は素早く位置取りを決めて、それぞれの役割を果たすべく行動に移った。

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