閑話 秘湯、ダンジョン温泉1

 その依頼が舞い込んだのは、秋風が冷たく感じるようになった頃のこと。ダンジョン内に湧いていた温泉をレジャー施設として使用していたとある企業から、ダンジョンの再調査を依頼されたのである。


 話を聞くに、そのダンジョンには元々大したモンスターはいなかったらしいのだが、最近になって、利用客から「妙な鳴き声が聞こえた」だの「何かに見られている感じがする」だのという報告が絶えないとのこと。このままそういった噂が広がれば、レジャー施設としての存続に関わる。そう判断した企業は、最近名前が売れてきた俺達に声をかけた、ということだ。


「だってさ、どうする?」

「どうするって、まず依頼料が安くない?」

「ぽぽぽ(相場の約半分と言ったところだね)」


 そう。今回依頼を送って来た企業は、はっきり言って金払いがよくない。それほど大きな会社ではないし、客の減った今の経済状況ではまとまった額が用意出来ないという事情はあろうが、それにしたってあんまりの報酬額だ。


 怪異化という能力のおかげで、他より装備に資金を割かなくていい利点があると言っても、何があるかわからない以上、こちらだって命がけ。あまり安価で依頼を受けるのは、俺達自身の評判にも関わる。


「でも、依頼が達成された場合、以後の施設利用はただになるんじゃろ? 温泉入り放題と言うのは魅力じゃないかい?」

「怪異でも温泉って入るんだ?」

「実体のない花子には、あまり刺さらんかも知れんがな」


 確かに、霊体である花子さんは、お湯に浸かることが出来ないように思う。温泉入り放題と言われても、あまり興味を引かれないのではないか。


「花子さん的には、その辺どうなの?」

「まぁ、温泉の効能なんかはあたしには関係ないけどね。気分を味わうくらいは出来るわよ?」

「……となると、依頼料って言うよりは温泉入り放題を取るかどうかってことか」


 今まで、怪異である3人が風呂に入るような素振りを見せたことはない。しかし、見た感じ温泉には興味があるようだ。もちろん温泉となれば、一般家庭――それもワンルームのアパートに付属の風呂とは比較にならない。興味が湧くのも、当然と言えば当然だろう。


「……やってみる?」


 それに、こんな安価の依頼で、他の探索者が動くとも思えない。俺達ならば探索にかかる費用は他所よりも低く済むのだから、世のため人のためを思うのなら、この依頼は受けるべきだ。


 俺の一声を待っていたとばかりに、花子さんが腕を組みながら、返して来た。


「ふん、あんたがそこまで言うなら、付き合ってあげるわよ」


 別に俺としては、そこまで思い入れは強くないのだが、花子さんとしては自分が温泉に入りたいから、などと素直に口にするのははばかられたのだろう。ツンが先に出るのが花子さんの通常仕様だが、この雰囲気。これは割りと乗り気であると見た。


「それじゃあ、依頼に関しては正式に受けるって返事をするとして、後はいつ向うかだけど――」

「こ、こういうのは早い方がいいでしょ! 向こうだって何かと困ってるから依頼して来てる訳だし?」


 花子さん的には「一刻も早く!」を所望しょもうらしい。他の2人に視線を向けると、2人は「やれやれ」と言った風に、首を縦に振った。


「そういうことなら、澄香すみかさんには過去のダンジョン攻略情報の収集をお願いして、それを元に準備をしよう。モンスター分布が変ってる可能性もあるけど、温泉があるくらいだから、たぶん水属性モンスターは多いだろうし」

「ぽぽ(わかった)」

「それじゃあ、わしゃ手軽に摘める弁当でもこさえるかね」


 そんなこんなで、俺達はそれぞれ準備に入る。基本的な水属性モンスターへの対応策として、撥水性はっすいせいの高い服装と、濡れた地面でも滑りにくい靴、それから、高圧の水弾すいだんなどにも耐えられる盾代わりとしての本格中華鍋などがあると好ましい。


 一応、スライム対策の吸水ポリマーも多めに用意して、澄香さんに調べてもらったダンジョン情報を下地に、攻略案を製作。依頼元に調査資料作成の意味も含めての配信、及び録画の許可も取り付けて、俺達は電車を乗り継ぎ、小一時間ほどかけて件のダンジョンへとやって来た。ちなみに、交通費などは、全額向こう持ちである。


「……源泉かけ流し、ダンジョンの湯」

「……何て言うか、まんまね」

「ぽぽぽぽ(こういうのはわかりやすい方がいいんだよ)」

「入り口からでも温泉のにおいがするの~。老いぼれながらテンションが上がるわい」


 入り口は岩山にぽっかりと開いた洞窟。すぐ隣には宿泊可能な施設も建てられており、すっかり温泉旅館風だ。ここでダンジョン内の温泉が使えなくなれば、この施設が一気に衰退するのは目に見えている。だからこそ、今回の依頼に繋がった訳だが。


 少なくとも、入り口からは嫌な気配は感じない。階層も2階層なので、それほど強力なモンスターは発生していないのではないかと思われる。


 とは言え、何が起こるかわからないのがダンジョン。俺は気を引き締めて、ウェアラブルカメラのスイッチをオンにした。


「みんな、準備はいい?」


 3人が頷いたのを確認して、俺は配信を開始。いつもの前口上を口にしつつ、ダンジョン内へと歩みを進めた。

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