飴とアレ

 ともは連れておらず、特筆すべきは彼の格好で、いつもの派手な模様のマントではなく少しばかり地味なものをまとっている。


 なめらかで艶もあり高級そうな生地に見えるが、裕福な商人と言われればどうにか納得できる程度のものだ。もっとも、本物の商人であればもうすこしくたびれた雰囲気だろう。


「大市?」

「商いの神ヴェンダリアを讃える三日三晩の祝祭だ。今日は大市。ラヴェンクロスの目抜き通りに市が並び、老若男女があちこちで踊り狂う。私はクジ引きがしたい」


 ああ、そんな時期か、とカロンはうなずいた。森に引きこもっていたせいで実物を見たことはない。もちろん街に来たことくらいは度々あるが、残念ながら祭りの期間中ではなかったのだ。


 そういえばこれくらいの時期に、師匠が土産みやげを買ってきたことがあったとカロンは不意に思い出した。あまり可愛くはない、草を編んで作ったカゴで、森できのみを拾うのにちょうどよかったのですっかり生活に馴染んでいた。馴染みすぎてそれがいつ生活の中に入ってきたのか忘れてしまうくらいに。


 そんな品も、先日燃えてしまった。


「ニナも呼ぶか?」

「あ……ううん。お屋敷の外では会わない方がいいんじゃない」

「シグマとやらが本気を出せば、どこにいようと変わりないとは思うがな」

「まあね。それでも、だよ」


 カロン自身やピーコックが危険な目にあう分には、仕方がないと割り切れる。


 片やすでに事件に巻き込まれてしまったカロン、片やブラックウッド領主であり公爵という肩書に加えて、誰に対してもふてぶてしい態度のピーコック。


 どちらも狙われることは割り切っているし、ピーコックなら自分でなんとかするだろう。しかしニナが巻き込まれ、万が一にも怪我などすることがあれば、カロンは自分を許せそうになかった。


 そんなカロンを見て、ピーコックはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「よろしい。ニナは祝祭の食事会に招待しよう。お前の基準では、屋敷の中でならよいのだろう」

「! うん!」

「ならば行くぞ。いざ大市グラン・フェス!」


 それからは目まぐるしく、人さらいと言っても過言ではない様子で小脇にかかえられ、気がつけばあっという間に屋敷の外の石畳を踏んでいた。護衛の騎士や同行する使用人は一人も見ていない。「ピーコック、お仕事は」「執務か。うむ」うむではない。これはどうやら抜け出すダシにされたぞ、と自覚したころには、もう人混みに揉まれていた。



 商いの神の祝祭というだけあって、あちこちに露天や屋台が並び、活気のある掛け声で客を呼び込んでいる。大道芸人のそばで座員が投げた紙吹雪が、風に乗って空高く舞い上がった。


(それにしても)


 カロンは果実の飴を片手に、前方を行くピーコックをそっと見上げた。


(急に、どうしたんだろう)


 当然、答えはない。ピーコックのことだ、危険は承知の上だろう。対処できると考えているのか、先ほど言ったように「どこにいても変わりない」と思っているのか。


「食べないのか」


 ピーコックが不意に立ち止まって尋ねた。物思いしながら後ろをついてくるカロンを怪訝に思ったらしい。


「た、食べる!」


 慌てて飴で包まれた果実にかじりつく。がりり、と音がして歯に硬い感触が当たる。一瞬ひやりとしたが、飴の膜は薄いようで、すぐにシャクシャクとした果実の食感に変わった。砕けた飴と共に口内に入ってきた果実はたしかに甘酸っぱくて、美味しい。果実のみでは少々酸っぱすぎるのだろうが、表面を包む飴がいい塩梅に甘さを足していた。


「そう急くな。しばし休む」


 急かした張本人がそう言いながら、路肩に置かれた鉄製のベンチに堂々と座った。カロンもそのとなりに腰かける。


「これ、おいしいね」

「そうだろう」


 ピーコックは満足げにうなずいた。ピーコックが屋台で初めて買ったのも、このエピタの飴らしい。彼も初めて食べたときにはこの味に驚いたのだろうか。そう思えば突然買おうといい出した心情もはかれるというものだ。


「あー、それで、だな」


 口いっぱいに果実をほおばったカロンへ気まずげに目をむけたり、あさっての方向へ視線をそらしたりしながら、ピーコックは珍しく何かを伝えあぐねているようだった。


 道行く人々は愉しげに笑ったり、くるくる踊ったりしながら二人の前を通り過ぎていった。首に小太鼓をさげた大道芸人が声を張り上げて呼び込みをしている。中央の広場で出し物があるらしい。


「お前に、なんだ、その、伝えなければならんことがある」

「あんまりいい話じゃなさそう」


 図星らしい。ピーコックは肚を決めたのか、フゥと息をはいた。


「悪いばかりでもないが……こればかりは心情の問題でな。つまり、己の立つ位置というか、うむ」


 どうも歯切れが悪い。もの珍しさに、カロンはピーコックをまじまじと見つめた。


「それって――――」

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冥誓の魔術師 碧海カツオ @katsuo_aoumi

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