グラン・フェス
グラン・フェス
宙にひるがえる色とりどりの紙吹雪、腹の底に響く太鼓のリズムと楽しそうに道端で踊る人々。
カロンは青空の下で笑う人々を物珍しげに見ながら歩いていた。その隣にはブラックウッド領の領主にして公国の主、ルリエ=ピーコック・ブラックウッド。カロンの友人でもある。
「お嬢さん、エピタの飴 宙にひるがえる紙吹雪、腹の底に響く太鼓のリズムと楽しそうに道端で踊る人々。
カロンは青空の下で笑う人々を物珍しげに見上げながら歩いていた。となりには、彼女をこの場に連れ出した張本人。ピーコックである。
「お嬢ちゃん、エピタの飴はどうだい?」
屋台の向こう側から丸くてつやつやした飴を差し出して、店主が言う。「エピタって?」となりのピーコックは答えることなく、派手なマントの内側から膨らんだ革袋を取り出した。
「店主、いくらだ」
「1リブだよ、お父さん」
「おと……」
右手を袋に差し入れたまま、ピーコックはぴしりと固まってしまった。「父ではない」。店主の何気ない発言に気分を害したらしい。
「ほんなら、叔父さんかね」グッ、と断末魔が聞こえる。これ以上店主に言わせておくと、ピーコックは自分の地位を朗々と披露しかねない。とても思慮深い男だが、同じくらい見栄っ張りなのだ。
「ひとつください!」
カロンの勢いに驚いて、店主は差し出していた飴を取り落としそうになった。「わ、」なんとか串を掴んで悲劇を回避。
一方、ようやく革の袋から銀貨を取り出したピーコックはそれを店主の手のひらにぽとりと落とした。飴屋の店主は目を丸くする。
「これで足りるか? 値が出ていないので分からん。今後はしかと掲示せよ」
「あ、ああ……」
「私だって払えるのに」
「だ、旦那! 釣り、釣りを受け取ってないよ!」
ピーコックはちらりと店主を一瞥したが、差し出された銅貨の釣り銭を受け取りもせず歩きだしてしまった。「置いていくぞ」「え、あ、ちょっと」店主とピーコックの間で忙しく視線をさまよわせたものの、最終的にはピーコックの方に駆け出した。
「旦那ァ! 仕方がねえな……嬢ちゃん、またおいでな! 釣りの分、サービスしてやる」
店主の方にも商売人としての矜持があるのだろう。
「ありがとう!」
後ろに向かって声をかけ、また向き直る。ピーコックは人の波の間を意外にもすいすいと歩いていた。
「お釣り、いいの?」
「銅貨なぞ持っていたらどこでコレを手に入れたのだとうるさい者もいるからな――ああ、言っておくが、いまの金は私の『小遣い稼ぎ』の成果であって領民の懐から出たものではないぞ」
「そうなの?」
当然だ、とピーコックは鼻を鳴らした。そうなると『小遣い稼ぎ』の方が気になるが、そちらを話す気はないらしい。しばしの沈黙のあと、ピーコックはふたたび口を開いた。
「エピタは果実だ」
歩みは止めようとしない。目的地を決めているのかもしれない。
「酸味が強いが、糖蜜で包むと美味い。私が初めて屋台で買ったのもエピタの飴だったな」
「領主様が屋台でものを買っていいの?」
毒見役とか護衛とか色んな人から怒られそう。そんな独り言に反応してピーコックが気まずげに目をそらしたので、カロンにも合点がいった。おおかた、抜け出したかどうかして勝手に食べたのだ。今日と同じように。
✕
シグマ、と名乗る少年に住んでいた小屋と森を燃やされてから。カロンはかねてより親交のあった公爵・ピーコックのもとへ身を寄せていた。
友人だと思っていた黒い犬が、カロンを守るそぶりを見せながらも最終的にシグマに与したのはなぜなのか。嵐の前の静けさか、カロンの命を狙うエリジア教団も不気味な沈黙を保っている。ラヴェンクロス市に拠点がないおかげでいまは穏やかなものだが、いつまでも放っておくわけにはいくまい。
さらに、賢者ガーネッタが教えてくれた「カロン」が負っている神秘をどう扱ったものかも、カロンは決めあぐねていた。これに関しては師匠が何も言わずに失踪してしまったせいだ。せめて大事なことは伝えてから出奔してくれればよかったものを。
悩みは尽きない。当然、領土の一部を割いてカロン一族を守り守られてきたブラックウッド家の当主――ピーコックにとっても同じ、はずなのだが。
「カロン!
バァン、と遠慮なしに開け放たれた扉の向こうに、ピーコックが目をきらきらさせて立っていた。
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