第3話 通りゃんせ(帰りの道)

「ほうほう、お主は欲張りじゃの? 自分も生きて現世に戻り、また息子も助けたいと」

「あたりまえだろ!?」


 俺は見えない声に叫び散らす。


「帰りたいなら、帰ってみるがいい。ほれ、道はあっちじゃ」


 俺はしめされた方へ向かってよたよた歩きだす。二日酔いで気持ちが悪くなってきた。でもここで倒れ込むわけにはいかない。帰るんだ。



「今日は蒼空そらの誕生日だったのよ。約束したよね!? 何で今日ぐらい早く帰ってこれなかったわけ?」

「忙しいんだよ。それぐらいわかれよ」


「ちょっと、ジェットコースター乗る時くらい会社の資料みるのやめてよ!」

「本当は会議にでなくちゃならなかったんだよ。どうしても来たいっていうから付き合ってやってるんだろ? 文句言うなよ」


「ねぇ、旅行キャンセルってこと? 蒼空そらも楽しみにしてたんだよ?」

蒼空そらをだしに使うな。あぁ~もういいから、お義母さん誘って3人で行って来いよ」



―― なんだよ。これって、俺と愛奈のやり取りじゃないか…。


 帰り道、真っ暗だった両脇の家から聞こえてくる怒鳴り声は、俺と愛奈とのやりとりだった。


「俺、最低だな」


 俺は自然と涙が溢れてきた。俺は…愛奈を蒼空そらを見ていなかった。見ようともしてこなかった。蒼空そらが大変な時に側にもいてやれないなんて、最低だ。俺にとって大切なもの…。本当に大馬鹿野郎だ。


 ふと、今日の夕方の出来事が頭をよぎった。


「あれ? そうだ、俺…会社で倒れたんだ」



―― 行きはよいよい 帰りはこわい



「俺が戻るのを諦めたら、蒼空そらを助けてくれるんだろ? 俺が捨ててきた時間を永遠に後悔し続けていれば」


 俺は姿なき声の主に叫んでいた。ここは俺の住む世界じゃない。あの路地を通った瞬間から、戻ることはできなかったんだ。


 俺は誰の忠告も意見も望みも聞いてこなかった。仕事が全てだった。仕事を優先しても家族はついてくるモノだと思ってた。そんな事はなかった。これが俺の受ける報いなんだ。


 歩くのを止めて、とある家の軒先に腰を下ろすと俺の声が再び聞こえてきた。


「愛奈。俺、お、お、俺と結婚! してください」


 もっと気の利いたセリフないのか? 愛奈、やめておけ。こいつはグダグダなダメ男だ。結婚しても幸せになんてなれないよ。


「うぇっ。気持ち悪い…。頭いてぇ~。もういいよ。わかったから寝かせてくれ」


 俺は静かに目を閉じる。

 涙ってしょっぱいんだな。



―― こわいながらも

―― 通りゃんせ 通りゃんせ





「パパ! ほら起きて、風邪ひくよ」




END

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通りゃんせ 桔梗 浬 @hareruya0126

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