スマホ依存症の俺は、スマホが命

こむぎこちゃん

スマホ=命、命=スマホ?

『……し、もしもし。マサヤ殿』

 ……?

『おお、お気づきですね。わしは、二か月前にあなたに助けられたおいぼれネコでございます』

 ……ああ、あの、道路にいた。

『わしはつい先ほど、寿命で死にました。短い時間でしたが、あなたに助けられたおかげで少し長く生きることができました。ありがとうございました』

 べ、別に大したことはしてないけどな。車にひかれそうなところを助けたっつっても、マンガみたいにぎりぎりで助けたわけじゃねえし。

『それでも助けてくださったことに変わりありません。そこでわしは、あなたに恩返しをしたくて、こうしてあなたの夢にお邪魔させていただきました』

 はあ。やっぱこれ、夢なんだな。

『あなたの寿命を、神様に頼み、あなたのスマホと同じ長さにしていただきました』

 ……なんだって? 寿命を、スマホと同じ長さに!?

『はい。スマホは、あなたの大事なものなんですよね?』

 いや、そりゃあ命くらい大事だけどさ……。

『それを聞いて安心しました。寿命は、命ぐらい大事なものでないと代えられないそうなので……』

 ちょっと待て、なんでこんなことするんだよ!?

『わしを助けてくださり、本当にありがとうございました……』

 おい、待てって言ってるだろ。消えるな!


「俺の寿命がスマホと一緒って、どー言うことだよ!」


 俺は自分の叫び声で目を覚ました。

 今の夢……なんだったんだ?

 前に助けたネコが出てきて、俺の寿命を……。

 いやいや、現実にそんなこと起こるわけないだろ。所詮夢の中の話だ。気にすることはない。

 そう思いつつも、手元のスマホを出してスマホの寿命をネットで調べてしまう。

 ……ちょうど買い替えたばっかだから五年ぐらい、か。

 いや、そんなことあるわけないけどな?

 うん、気にしない気にしない。

 俺は一つうなずいてそれ以上考えるのをやめ、スマホでゲームを始めた。


「歩きスマホはだめだからねー?」

「はいはい」

 キッチンから声をかけてくる母親にテキトーに返事をして、俺は学校へ出発する。

 まあ、バス停は目の前だし、歩きスマホをする距離でもないけどな。

 俺はいつも通りバスに乗り、いつもの席でスマホをいじる。

 いつも通り授業を受けて、休み時間にはスマホでSNSを見て、いつも通り塾へ行き、授業中にこっそりスマホを触る。

 世の中では、俺みたいなのをスマホ依存症と呼ぶらしい。

 別になんて呼ばれようと気にしないけどな。

 俺にとって、スマホは命だ。スマホがないと生きていけない……のに。

 

「なんで今日はスマホ没収なんだよ……」

 コンビニで飯を買いながら、俺は塾で席が隣のカイトに愚痴る。

「おまえが毎日スマホ見てるからだろー!」

「だって授業つまんねーし」

 真顔で言うと、カイトは「さすがマサヤだわー!」と言って笑った。

 今日の授業はあと二時間。退屈な授業をスマホなしで過ごすのか……。

「おまえ、塾きてる意味ねーじゃん」

 ため息をついたおれを見て、カイトがまた笑った。

「俺、先戻るわ」

「おっ、珍しくやる気?」

「寝る」

「いや勉強しろよ」

 レジに並ぶカイトを置いて、俺は一人コンビニを出る。

 車のライトで明るい夜道を、塾の校舎に向かって歩く。

 ――その時だった。

「危ないっ、マサヤ!」

「――は?」

 カイトの声で振り返った俺が見たのは、歩道に向かって突っ込んでくる車。

 そのまぶしいライトに目がくらんで目をつぶったところで、俺の意識は途切れた。


 目を開けると、そこは知らない真っ白な天井だった。

 ピッ、ピッ、という無機質な音だけが響いている。

「――っ!」

 体を動かそうとした俺は鋭い痛みに貫かれて、顔をしかめる。

「……マサヤ!? 起きたのね、よかった……!」

 母親の言葉を聞いて、ああそうか、と俺はぼんやりとした頭で状況をなんとなく理解する。

 塾の途中、飯を買って帰るときに、俺は事故にあったんだったな。

 てか、あれで俺、よく生きてたな。

 マジで死ぬかと思った。

 その時ガラガラっと扉が開く音がして、白衣を着た医者っぽい人が俺の顔をのぞきこんだ。

「おお! マサヤ君、意識が戻ったのか! 奇跡だな。普通なら、意識は戻らないような事故だったんだよ!」

「心配したんだからね、マサヤ!」

 医者と母親が口々に言うのを聞きながら、俺はあることを思い出していた。


『あなたの寿命を、神様に頼み、あなたのスマホと同じ長さにしていただきました』


 あのネコ、もしかしてこのときのために?

 もしそれがなかったら、俺はもう、死んでいたのか……?

 俺は自分の非現実的な考えを心の中で笑う。でももしそれが本当なら、あのネコに感謝だな。

 命=スマホなんて、俺らしいじゃねーか。

 そんならあと五年、スマホにとことんささげてやるよ。

 とりあえず退院したら、先生からスマホを取り返さないとだな。


(終)

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