第19話
「シア、」
背後からかけられる、甘く優しい声に私は自然に笑顔になって振り向く。
旅の志を考えて、サイモンには人型でいてもらうことになった。
サイモンが人間のサイズを経験したいと言ったのもある。
もちろん、龍体の方がいいと思えばいつでも戻るという話になっている。
いつでも戻れるのだから、特に執着しなくていい。
ここは、そういうところだ。
願えばいつでも、思ったままになる。
少しは苦労もあるかもしれない。
相手のあることでは、尚更。
それでも、少なくとも、生まれ直す前よりはずっと、私は自由だ。
「どこから行きましょうか」
サイモンが問いかける。
サイモンはいつでも私の希望を聞いてくれる。
そんな当たり前のことがとても嬉しい。
今は、この世界の生きとし生けるものすべてを抱きしめたい想いでいっぱいだった。
あれほど苦しくて、あれほど悲しくて、傷ついて、絶望して。
身も心もボロボロにして、私はあそこで何をしていたのだろうと思う。
あの時の私は、どこへ行ってしまったのだろう。
否、その子もまだ、私の中にいる。
私は彼女をも、ゆっくりと癒していかなければならない。
否、癒していきたい。
新たに出会ったこの世界の命たちとともに。
見上げる空に、見える母龍の姿は、この世界のものになった私の眼には昼間でもうっすらと見える。
キラキラと輝くそれは、私にとっては祝福のようだった。
私はここで、愛し愛されて生きていく。
そう、決めた
どこかで、セイランの声が聞こえたような気がした。
「風の向くまま、気の向くまま、かなぁ」
「いいですね。それ、」
私たちは微笑み合って、どちらからともなく手を取った。
人型のサイモンの手は、とても温かかった。
あの日、暗闇の中で見つけた明かりが見える。
マスターの笑顔が思い浮かぶ。
涙が溢れてきそうなほど、素晴らしいきせきが、そこで起きていた。
いつだってそのことに気づくのは、後からなのだ。
あの日、私は人生最高の日を迎えていた。
splinter spinner 零 @reimitsuki
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