第18話
あれから幾日か過ぎて、私たちは旅支度をしていた。
精霊たちが作る、便利な道を通ってではなく、自分の足でこの世界を知りたい。
そうお願いしたのは私だ。
ダイヤの妖精よろしく、長い髪を結い上げ、服は裾の短いものを用意してもらった。
そして、私の左の薬指には指輪。
前の指輪を外してから、そこに指輪がはまることは二度とないと思っていたけれど。
「シア、これを」
別れ際、ダイヤの精が美しい水晶の台座に乗った指輪を差し出した。
「これ、」
ダイヤの指輪だ。
その石は私にとってまだいい意味を持たない。
けれど、その石は緑色の石を添えて、人の手では為しえないような、流れるような美しい形を取っていた。
人間界で作られたものとは明らかに違う。
それに、添えられた緑の石はペリドットだ。
ペリドットの意味は、
「私がついてるんだもん。今度こそ、間違いないよ」
そう言ってペリドットの精がウインクした。
ベルガモットも一緒になって二人ではしゃいでいた。
「そのダイヤは変容する。絆は、永遠に変わらないものではなく、時に形を変え、意味を変える。その石はその意図に寄り添い、大切なものを末永く守る」
夫婦和合と、変容しながら永遠に続く絆を約束するもの。
「固いばかりでは、壊れてしまうものね」
私はその指輪をありがたく受け取った。
「さて、その指輪はサイモンにはめてもらいたいのだが、いかんせん龍体ではやりづらかろうと思ってな。勝手ではあるが、人型になってもらった」
「え、」
「案ずるな。人型もとれるようになった、というだけの話だ。いつでもそなたの好きな龍体に戻れる」
ダイヤの精はそう言っていたずらっぽく笑い、すっと横に身を引いた。
その後ろから、見覚えのない男性が姿を現した。
短く切りそろえられた黒髪の、細身の長身。
ドレスに合わせたのか人間界で言うところの礼服のようなものを着ている。
それでも少し形は違うけれど。
「シア、」
声と、瞳は、龍体の時と変わらない。
私はやっとほっと息を吐いた。
それを見て、水晶の精が笑う。
「よほどサイモンの龍体が気に入りと見える」
「いえその、知らない姿だと知らない人みたいで緊張するじゃないですか、ああ、知ってる声だ、と思って」
ひとしきり言い訳をして、私は一つ息を吐いた。
何を取り繕う必要があるのか。
馬鹿馬鹿しい。
「気に入りなのは違いないですけど」
胸を張って強気に笑うと、ダイヤの精も晴れやかに笑った。
「だ、そうだ」
そう言うと、サイモンは真っ赤になった。
龍体の時は分からなかったけれど、鱗を持たない柔らかな人の皮膚は、これほどまでに感情を豊かに表す。
「できるだけ、龍体でいますよ」
こほん、と小さく咳ばらいをして、サイモンは指輪を手にした。
そして、私の左手を取り、そっと薬指にはめる。
少し大きめだったリングはしゅるりと指に絡むように馴染んだ。
形を変えるのは石だけではないようだ。
「二人の絆が末永く続くよう」
水晶の精霊の言霊がキラキラと輝いて見えた。
二度とないと思っていた二度目の誓いは、本物だけが、存在する世界で。
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